第63話 昔の仲間
『逃げるのか』
唐突に声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だ。ワロウは辺りを見渡すがそれらしき人物はいない。急に辺りを見渡し始めたワロウに対してボルドーが訝し気な視線を送ってくるのみだ。
『また、逃げるのか。あの時と同じように』
(なんだと...? なんのことを言ってやがる...?)
また、聞こえてきた。しかし、その内容は全く身に覚えがない。逃げるとは一体何のことなのだろうか。
『とぼけるな。お前は知っているはずだ。まだ、可能性があることを』
(クソ...一体何だってんだ...! 誰だてめえは!)
『わかっているはずだ。お前は意図的にそれを忘れようとしているだけだ』
(........!!)
気づいてしまった。聞き覚えがあるのは当然だ。なぜならそれは...自分の声なのだから。
自分の中にもう一人の自分がいる。そんな感覚だった。
『何故あきらめようとしている? 何故最後まであがこうとしない?』
(....無理だ。可能性は確かにゼロじゃない。だがオレが行ったところで...)
『弱いから逃げ出すのか。あの時と同じように』
(クソが...! さっきからなんのことを言ってやがるんだ!?)
『決まっているだろう。...お前があのパーティから逃げだしたときのことだ』
その瞬間ワロウの頭にはかつての記憶がよみがえっていた。
Side ワロウ
オレが初めてパーティに入ったのは16歳の時だった。商家の3男だったオレは14歳の時に二人の兄が商家を継いだから、独立することになった。
元々そこまで商売が好きでもなかったオレはこれ幸いとずっと憧れていた冒険者になった。実家で読み書き計算を習っていたから、なろうと思えば他にいくらでも働き口はあった。でも冒険という言葉に惹かれたんだ。
パーティに入るまでの2年間は苦労の連続だった。まだ、初心者だったオレは色々なところで騙されたり、ひどいときには依頼中に裏切られて死にかけたこともあった。とはいっても読み書きができたから、すぐに依頼で騙されるようなことはなくなったんだがな。
そのパーティに入ることになったのは偶然だった。パーティがまだできたばかりで、まともに読み書きできる人材がいなく苦労していたらしい。
だから、たまたま一緒に依頼を受けたときにオレが読み書きができることを知って、ぜひうちのパーティに入ってくれないかと誘われたんだ。
今までソロでやってきて散々苦労していて、そろそろパーティに入って安定した生活をしたいと思っていたオレはそれを快諾した。そして、そこからオレのパーティでの冒険者生活は始まったのさ。
最初のころは、まさしく順風満帆だった。たまに大喧嘩してあわや解散になるかといったことも何回かあったが、何度か一緒に死線を潜り抜けることで、仲間意識は強固なものへと変わっていった。
元々パーティメンバーが優秀だったのもあって、オレ達のパーティは次から次へと依頼を達成していった。
依頼を達成するにつれて、少しずつ知名度が上がってきた。それはオレ達のパーティが全員かなり若く、珍しかったということもあったのだろう。
それにつれて怪しい依頼も増えていった。それは出る杭を叩こうとする先輩冒険者のたくらみだったり、単純にオレ達から金を巻き上げようとする詐欺師達の暗躍だったりした。
そいつらは言葉巧みにオレ達を騙そうとした。だが、オレがそれを許さなかった。今までの経験もあったし、文字の読み書きができれば契約書で騙されることもない。たまに、メンバーの誰かが騙されそうになると、強引にでもそれをやめさせたりした。
そのせいで最初の方は関係がギクシャクしたこともあったけれども、最終的にはオレの判断が正しいと認めてくれていた。
そんなこんなでオレ達はどんどんランクを上げていった。当然依頼も難しくなっていったが、それすらも全く問題なくクリアしていった。その頃はオレも戦闘で貢献できていて、パーティの一員として十分に活躍できていた。
そして難しい依頼を達成するたびに仲間と喜びを分かち合っていたんだ。最高の気分だった。...いつからだっただろうか。その喜びがいら立ちや無力感に変わっていったのは。
明らかに足手まといになっている。そう感じたのはパーティがDランクの認定を受けたときだった。
依頼である魔物の討伐を行ったんだが、そのときオレは相手の動きについていけず大けがを負うところだった。間一髪のところで仲間が援護してくれたから、九死に一生を得たんだが、一歩間違えば大けがを負うところだったんだ。
その時は危なかったとしか思わなかった。だけど、その後の打ち上げで聞いてみるとどうやら他のメンバーは一対一で問題なく対処できたみたいだった。リーダーには気にするな、そういうときもあると励まされたんだが、オレの心は晴れなかった。
その後も似たようなことが続いた。オレはずっと援護を受ける側で、援護することはほとんどなかった。Dランクの魔物に対して苦戦していたのはオレだけだったからだ。他のメンバーに比べて戦闘力が低いことは明らかだった。
そのことに気づいたオレは必死に鍛錬を重ねた。一日中剣を振ったり、走りこんだり、ほかのメンバーと立ち会ったり、リーダーに頼み込んで危険を承知でソロで魔物を狩ってみたり...とにかく考えられることはすべてやった。
しかし、そのどれもがダメだった。全く効果がなかったわけじゃない。少しは強くなったさ。でも、それはあくまでもEランクの中で少し強いといった程度であって、到底他のメンバーと一緒に戦えるレベルには到達できなかった。
当然、リーダーもそのことには気づいていた。だから、オレには戦闘をさせず、徐々にパーティのサポートを専門で任せるようになっていった。
計算や読み書きのできるオレにとっては適材適所だと思ったのだろう。それは客観的に見て正しい判断だったと思う。でも、オレはそう思えなかった。どんどん疑心暗鬼に陥っていった。
自分が弱いから戦闘から外された。そういうことなんだろうと思った。しかし、戦えないならすぐに解雇というのは心苦しいだろうし、外聞だってよくない。
だから自分はまだパーティにいる。それはパーティに必要だからじゃない。他のパーティメンバーのお情けでなんとか所属しているだけだ。...そう思ったのさ。
悔しかった。悔しさをバネにがむしゃらに特訓をしたりもしたが、逆にケガをして、リーダーに心配されたりもした。情けなかった。自分がこまごまとした事務作業を町でやっている間にも仲間たちは強い魔物と戦っている。そう考えると情けなさ過ぎて涙が出た。
そんな状況でも、パーティメンバーはオレのことをけなしたり軽く見るような発言は一切しなかった。そいつらが底抜けのお人よしだったってのもあるが、オレの戦闘以外でのパーティへの貢献を評価してくれていたのかもしれない。しかし、そのことですらもオレは気を使われていると思ってしまった。
歳をとった今から考えてみると、当時のオレは悲観的過ぎるし、考えすぎなところがあった。少し客観的な視線で見てみれば、他のパーティメンバーやリーダーが本当にオレのことがパーティに必要だと思っていることぐらいわかったはずだった。
でも、まだ若かったオレはそこまで冷静に物事を判断できるほど大人じゃなかった。
パーティを結成してから3年がたったある日、うちのパーティがCランク昇格試験の権利を得た。オレがいたその町は結構大きな町だったからCランクパーティも何組か在籍していた。
でも、その時のオレ達みたいに十代後半でCランクまでいった冒険者達は今まで存在していなかった。
その夜は宴会で大盛り上がりだった。まさかパーティを結成してからわずか3年でCランクパーティになれるかもしれないだなんて誰も予想していなかったからな。
Cランクは普通の冒険者が到達できる最高のランクと言っても過言じゃない。そこの領域に足を踏み入れたんだ。
リーダーが酔っぱらいながら上機嫌で話していた。”このまま行けば、僕たちはBランク...いや、Aランクにだってなれるかもしれないぞ!!”ってな。その言葉に他のメンバーは大いに盛り上がったんだ。...オレを除いて。
リーダーの言葉を聞いたときに反射的に思っちまったんだ。お前が言ってる”僕たち”にはオレは入っているんだろうかって。確かに勢いもあったし、個々人の才能も十二分にあった。冒険者の頂点ともいえるAランクになる素質は十分だった。
オレもいずれAランクになったこのパーティを思い浮かべた。リーダーは剣の扱いがうまいから剣聖みたいになってるかもしれない。見た目もさわやかだからモテにモテるだろう。
逆にゾグニフは見た目がごついからあまり女子受けはよくなさそうだ。でも、その見た目通りのパワーで強敵をも粉砕しているに違いない。
ミリカは狩人の娘で弓の扱いがうまい。だが、最近になって魔法の才能があることが分かった。Aランクになるころには大魔導士になっているかもしれない。
エルフのルルはエルフにしては珍しくそこまで魔法が得意じゃない。でも、その圧倒的な知識と頭の良さで、その特異じゃない魔法を工夫して使って、圧倒的な戦果を叩き出していた。きっとAランクになるころにはその戦い方が進化してすごいことになっているだろう。...今はまだ想像できないが。
なんとなくこのパーティがどうなっていくか想像できる。どんどん強くなってゆく様子が想像できる。...でも、その想像の中にオレの姿はなかった。どうしても彼らとともに歩んでゆく自分が想像できなかった。このパーティに、オレは必要ない。そう思った。
そこから先はあまり覚えていない。とにかくパーティを抜け出したい一心だった。でも、いきなり抜けるとなるとアイツらにも迷惑がかかる。それは嫌だったから、適当に物覚えの良さそうな初心者をパーティに引き込んでそいつに仕事を教え込んだ。
そいつ...ああ、名前はアルトっていうんだが、元々そこそこ裕福な出だったみたいで読み書きはできたから引き継ぎは割とスムーズにいった。
そして、アルトにすべての仕事が任せられるようになったときに、リーダーに直談判した。このパーティをやめさせてくれってな。
その時はオレも驚くくらいに猛反対された。けれども、オレの意思はもう決まっていて翻すつもりはなかった。オレの意思が固いとわかったリーダーは、結局最後には折れてくれた。でも、一つだけ約束をさせられたんだ。
“君の意思が強いことはわかった。無理やり引き留めるのは僕としても本意じゃない。だけどワロウ。一つだけ約束してくれ”
“約束?”
“ああ。いつになってもいい。必ずこのパーティに戻って来てほしい”
“おいおい、オレはこのパーティを辞めるんだぜ? 戻ってくるも何もないだろう”
“そうだね。だからワロウ。君はこのパーティを辞めるんじゃない。一時的に離脱するだけだ”
“..........”
“...戻ってくると約束してくれるかい?”
“.........わかった。いつかオレがこのパーティにふさわしいほど強くなったら戻ってくる。必ずだ”
守られる可能性は限りなく0に近い約束だった。あれだけがむしゃらにやってもオレは強くなれなかった。きっとこれからもそれは変わらない。強くはならない。
だから、最初から守るつもりすらない約束だったんだ。リーダーもそんなことはお見通しだったとは思う。アイツは昔から人の機微を読み取るのが抜群にうまかったからな。でもリーダーはそのまま送り出してくれたんだ。
“ああ、待っているよ、ワロウ。君が強くなった姿を楽しみにしている”
“でも、今でも君は強い。戦闘のことじゃない。その在り方が強いんだ。そして...それは何かを成し遂げられる強さだ。...それを覚えていてくれ”
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