第62話 最後の願い

Side シェリー


 私の父と母は冒険者でした。これだけでも珍しいと思いますけど、更に母は魔法使いでした。これは世界中探してみても中々いないんじゃないでしょうか。


 母の魔法を使う姿に憧れて、私が小さいころはよくその辺の木の棒を杖に見立てて母が魔法を使う真似したりしていました。母は笑いながらそれを見ていたんです。「あら、将来は大魔法使いになるかもしれないわね」って。


 ある日、私がいつものように木の棒を振っていると棒の先端から火花が散ったんです。その時の母の驚いた表情を今でもよく覚えています。私にも魔法の才能がある証拠でした。


 それから、私は母に魔法の使い方を教わりました。最初は全然上達しなくってあきらめかけたときもありました。でも、母の魔法に憧れていた私は何とかその壁を乗り越えることができました。


 早く魔法を使えるようになって両親の手助けしたい...そんな気持ちも支えになってくれました。その頃は一緒に様々なところを冒険してまわっていたんです。あの時はすごく毎日が充実していて...とても冒険が楽しかったんです。


 その楽しくて幸せな生活が終わりを告げたのは突然でした。ある町で討伐依頼を受けた父と母はもう二度と戻ってきませんでした。何故、両親が死んでしまったのか...当時のことはよく覚えていません。でも...深い悲しみの中で絶望していたことは覚えています。


 そこからは大変でした。当時、父と母が仲良くしていた冒険者の方に引き取られたんですが、その人にとって私は明らかに負担になっていました。


 まともに戦えない子供でしたし、その人の所属するパーティが町を移動するときも私の体力がないせいで遅くなってしまったり...


 でも、私にとっては幸いなことにその人は子供に当たり散らすような人ではありませんでした。不器用で、寡黙な人でしたが優しい人だったんです。だからこそ私は負担になりたくなかった。その人の優しさにつけこみたくなかった。


 私は魔法の猛勉強をしました。幸いなことに母の遺した魔導書があったおかげで勉強自体はできました。そして、なんとか魔法を実践でも使えるレベルまで持っていくことができました。


 その時点で、その人に無理やり頼み込んで冒険者になったんです。...かなり反対されたんですけどね。


 冒険者になったばかりの私はまだ初心者で右も左もわかっていませんでした。でも、魔法が使えるということだけで色々なところからお誘いがありました。


 でも、その人たちは私の魔法にしか興味がなかったんです。だから、私が全然戦い方もわからないのに、いきなり魔法でどうにかしてくれって言われたり...散々な目に遭いました。


 ある日、私がギルドに行ったときに、ある先輩冒険者達から声をかけられました。その人たちは迷宮都市のギルドの中でもそこそこ強い方で名前も知られていました。


 でも、態度が大きくて、よく他の冒険者に対して威圧的な言動をすることも多かったんです。前にワロウさんが言ってた悪い冒険者の典型みたいな人達でした。


 私はそんなパーティには入りたくなかったので、断ったんです。でも、それが気に入らなかったのかネチネチとしつこく言い寄ってきました。私は困り果てていたんですが、周りに助けを求めることはできませんでした。


 いくら嫌な人たちと言ってもそれなりの実力があるパーティなので、ギルドにいる人達は私のことを見てみぬふりをしていたんです。


 そこで、声をかけてくれたのがハルトとダッドでした。「よう、待たせたな。さっさと行こうぜ」って。初対面なのにまるで元々パーティを組んでいたかのように。


 もちろん、先輩冒険者達もそれでは納得しなくって、言い争っているうちに乱闘騒ぎになっちゃったんです。


 当然ハルトもダッドも当時はまだ子供で、駆け出しもいいところだったので相手になるわけもなくコテンパンにされちゃいました。

 でも、その乱闘騒ぎを聞いた迷宮都市のギルドマスターがすごい勢いで出てきてその先輩冒険者達をぼこぼこにしちゃったんです。


 1対5くらいだったんですけど、全く相手になってませんでした。元々すごく有名な方だったみたいで、結構お年を召されていたんですけど圧倒的な強さでしたね。


 その一件から仲良くなった私たちは一緒にパーティを組むようになりました。私もハルト達も初心者同士だったから逆にやりやすかったんです。


 私が意見を出しても初心者だからって馬鹿にしないし、むしろ頭いいなって褒めてくれて色々と頼ってくれるようになりました。私のすることが役に立っている。それがすごい嬉しかった。


 そう...そこからが私の冒険者としての始まりだったんです。ハルトとダッド、あなたたちと出会った時から。





 そこまで話すとシェリーは大きく息を吐いた。毒に侵されている身ではしゃべることすら大きく体力を消耗するのだろう。ハルト達はシェリーの言葉を一言も聞き漏らすまいと黙ってその話を聞いていた。沈黙が続く中、シェリーが話を続ける。


「あなたたちと会っていなかったら、きっと私の人生もここまで楽しく過ごせなかったと思います。だから...」


「だから...もし、今日が私の最後の日だったとしても...いや、むしろ最後になるかもしれないから...一緒にいて欲しい。最後の瞬間に一人だけなんて嫌なんです。だから、お願いです。私の手を...握っていてください...ずっと」


 そこまで言い切るとシェリーは静かに目を閉じた。閉じた目から一筋の涙が零れ落ちる。

 彼女だって死ぬのは嫌に決まっている。しかもまだ子供と言ってもいい年齢なのだ。死への恐怖で泣きわめいていてもおかしくはない。


 だが、彼女は強かった。ダッドとハルトに話している間、一回も涙を見せなかった。大の大人でさえ耐えられるかわからないその恐怖を押さえつけて、ハルトとダッドを説き伏せた。


 彼らが自分を助けるために無茶をしないように。もしかしたら自分が助かるかもしれない、その最後の小さな可能性を捨ててまで。


「...シェリー....! シェリィィィィ...!!」

「...ずるいっす...そんなこと言われたら...もう...」


 ハルトとダッドはシェリーの手を握りこんだまま動かなくなった。...最後のシェリーの願いを無下にするわけにはいかない。これで彼らが森に行くことは無いだろう。


「...いい奴から死んでいく。ギルドマスターになって一番嫌なのはそれを見送らなきゃいけないことだ。...何度経験しても慣れることはない」


 ワロウにだけ聞こえるようにぽつりとボルドーがつぶやく。ギルドマスターの彼は普通の人間の何倍も人の死を見送ってきたのであろう。


 そこには、深い感情が込められていた。それは後悔なのか、理不尽に対する怒りなのか、やるせなさなのか、それともそのすべてなのか。ボルドーのその苦い表情からは読み取ることができなかった。

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