第61話 諦めきれない思い

 部屋の出入り口はその扉だけだ。ワロウがそこに立ちふさがれば当然ハルト達も外に出ることはできない。


「...師匠...退いてくれ。時間がないんだ...! 」

「...ダメだ。ここを通すわけにはいかねえな」

「なんで...なんでだよ! なんで邪魔するんだよ!! シェリーが死んでもいいのか!!」


 ハルトはワロウにとびかかってきそうな勢いで詰め寄った。その場に不穏な雰囲気が立ち込めてくる。ワロウは詰め寄ってきたハルトを手で押しとどめる。


「...冷静になれ。ハルト。そもそもキール花は昼の明るいうちに見つけておかなきゃいけねえ。今から暗い夜の森の中を這いずり回ったところで見つけられるものじゃない」

「.........」


 夜の視界も狭い中で、月明かりだけでそこまで大きな特徴もないキール花を探すのはとてもではないが不可能に近い。


 本来ならワロウの言う通り昼の間に見つけて、その場所を覚えておいて夜に取りに行ってようやく手に入るといったものなのだ。


「それに...土ごと持って帰って来ても使えるかどうかなんてわからない。そんな薄い可能性のために十中八九死ぬような場所にお前らを放り出すつもりはない」

「........そんなことくらいわかってるさ。望みなんてほとんどないことぐらい」


 そこまで現実が見えないほどハルトも馬鹿ではない。今からキール花を探して、見つけて無事に戻ってくる。そして薬を作ってシェリーが助かる。

 そんな夢物語は現実には起こらない。ハルトも十分にわかっていることだった。


「だったら...」

「でもッ....!!!」


 ハルトが声を張り上げる。


「それでも...! 可能性が少しでもあるなら..! やらないわけにはいかねえんだよ...!!」

「..........」


 ハルトのふり絞るような声に、ワロウは咄嗟に言葉が出てこなかった。夢物語だろうとなんだろうと、少しでもあるその可能性に縋りつきたいという気持ちは痛いほどわかったからだ。


「退いてくれ!! 俺達はもうあんたの弟子じゃないんだ! 自分の行動は...自分で決める...!!」


 “俺達はもうあんたの弟子じゃないんだ”その言葉は思ったよりも大きくワロウの心に響いた。確かに彼らは自分たちの力で見事に水亀の討伐依頼を達成してみせた。


 一人前の冒険者と言ってもいいだろう。その彼らの行動に対してワロウが口出しすること自体が余計なお節介なのかもしれない。だが、ワロウにも引けない理由がある。


 別に高尚な理由ではない。ただ単にワロウがハルト達の死ぬ姿を見たくないというだけだ。


「...退かねえさ。お前らみたいなガキを死地に送り込むわけにはいかねえ。...これはオレの...”わがまま”だ。お前らの師匠かどうかは...関係ない」

「....ッ!!」


 あくまでも退かないと言い放ったワロウをハルトは睨みつけた。一瞬即発な状態で今にも乱闘が起きそうな気配だ。

 

 その時、ボルドーが何かに気づいた。何かが聞こえたのだろうか。周囲をしきりに見回している。


「...! この声は...!」

「なに...?」


ハルトがその言葉に訝し気な視線をボルドーにぶつけるが、ボルドーはそれを全く相手にする様子もなく、床に横たわっているシェリーの元へと駆け付けた。


何事かとシェリーの様子を見るとうっすらとではあるが目をひらいているではないか!


 ここで言い争っている場合ではない。ワロウとハルトはすぐにシェリーの元へと駆け寄った。そこにはすでにボルドーとダッドが彼女の傍らで必死に彼女の言葉を聞いているところだった。意識が戻った彼女に対してハルトが泣きそうな顔で話しかける。


「おい...! 目が覚めたのか!」

「...はい。さっきよりも...少し、ましになったような気がします...」

「も、もしかして毒が消えかかってるっすか...!?」


 ダッドが新たに見えた希望に目を輝かせる。だが、ワロウは静かに首を横に振った。自然に治癒するほど魔物の毒は甘いものではない。


「魔物の毒が自然に消えることはない。今は小康状態になっているだけだ」

「クソ...だったらやっぱり...」


 ハルトはやおら立ち上がると、部屋を出ていこうとする。ワロウはあわててそれを止めようとするが、その前にシェリーがハルトを呼び止めた。


「...待ってください。ハルト....」

「シェリー...! ここで少し待ってろ。今、薬の材料を取って来てやる...! そうしたらお前は助かるんだ。前にも聞いただろ?アデルが助かったって。絶対に死なせなんかしない...!」


 あくまでもキール花を採りに行こうとするハルトに対して、シェリーは静かに首を振った。


「...さっきの話、聞こえてました」

「.......!」

「ワロウさんとギルドマスターの言う通りです。今からキール花を採りに行くのは無謀でしょう。...私のせいでハルトとダッドまで死んでしまうなんて...嫌です」

「でも...!」

「そうっす..! キール花さえあれば...助かるっす! また、3人で冒険できるっすよ...!」


 なおも言い募る二人に対して、少し困ったように眉を寄せるシェリー。どうしたら二人を説得できるか考えているのだろう。そして何か思いついたように頷くと二人に語りかけた。


「じゃあ...私の最後のわがままを聞いてくれますか?」

「最後だなんていうな!! 何度でも聞いてやるから...! これからもずっと...!」

「ふふ...ありがとう。じゃあ...私の手を握ってください」


 そういうとシェリーは右手をハルトの方へ、左手をダッドの方へと向けた。二人は困惑していたが、おずおずとシェリーの手を握る。


「こ、これでいいっすか?」

「もっとしっかり握ってください。両手を使って」


 そう言われて、ハルトとダッドは戸惑いを隠せない様子だったが言われたとおりに両手を使ってシェリーの手を握りこんだ。


「もう一つだけ、わがままを聞いてくれますか?」

「何個だっていい。なんでも言ってくれ」

「言いましたね? 絶対にやってくれますか?」

「もちろんだ。絶対にやってやる」


 その言葉を聞いたシェリーはニコリとほほ笑んだ。





「じゃあ...このままずっと私の手を握っていてください」




 その言葉に、思わずハルトとダッドは息を飲んだ。ずっとこのまま手を握っている。つまりそれはここから動けなくなることを意味する。...当然キール花を取りになど行けるわけがない。


「シェ、シェリー! それは...」

「さっき、絶対にやってくれるって言いましたよね?」

「うっ...そ、それは...」


 シェリーは明らかに困っている様子のハルトとダッドを見て小さく笑った。


「ふふ...ねえ、覚えていますか? 私たちが初めて会ったときのこと...」

「ああ...覚えてるさ。迷宮都市のギルドで...だろ?」

「そう...私が先輩冒険者に絡まれているところに二人が来てくれた...あの時のことを」

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