第58話 大蜘蛛の執念
Side ハルト
俺達は今日、フォレストベアの討伐依頼を受けて森へと向かったんだ。フォレストベアはD級の魔物でその鋭い爪と、なんでもかみ砕く強靭な顎が武器の魔物だ。
その圧倒的な攻撃力は他のD級の魔物と比較しても、一つ頭が抜けるほどの脅威だったし、俺たちには少し荷が重いかもしれないって最初は思ったんだ。
でも、よくよく考えてみると俺たちなら討伐できると思った。前の水亀との戦闘で自信がついたのかもしれない。それでとりあえず行ってみて危険そうだったら引き返そうってことになったんだ。
実際に、フォレストベアと戦ってみたら、思いのほか俺たちはフォレストベアを圧倒できたんだ。奴の豪快な攻撃をかいくぐって、足とか腕に剣を叩きつけて、奴の動きを鈍くした。
動けなくなったフォレストベアはもう単なる的にしかすぎない。シェリーの炎玉が決まってあっさりとフォレストベアの討伐は終わった。
フォレストベアを討伐し終わって、素材をはぎ取った俺達は町へと戻ろうとした。その時だった。俺達の目の前に赤い大蜘蛛が現れたのは。
ソイツが近くにいるなんて全く気付いてなかった。足音もしなかったし、気配もほとんど感じなかった。もしかしたら木の上に潜んでいたのかもしれない。
前、師匠と一緒に出くわしたときに、一回噛まれたら死ぬって聞いてたから俺たちはパニックに陥りかけた。でも、ここで慌てたら死ぬ。そう思ってなんとか踏ん張って落ち着いて逃げようとしたんだ。
でも、この前は師匠が肉塊を投げつけてそっちに気を取られている間に逃げ出しただろ?
でも、今回はフォレストベアの肉は売り物にならないって聞いてたから全く採取してなかったんだ。俺たちは奴の気を引けるものがなかった。
苦し紛れに素材の皮を投げつけてみたんだけど、それには見向きもしなかった。やっぱり食べ物じゃないと反応しないんだろうな。
俺達がそんなことをしてまごついてる間にも赤い大蜘蛛はこっちに近づいてきていた。
いくら大蜘蛛の足がそこまで早くないって言っても、奴の庭のこの森の中で逃げ切れるとは思えなかった。何かしら手を打たなくちゃいけないと思ったんだ。
でも、その手段を考える時間は無かった。もう大蜘蛛は目の前まで迫って来ていたんだ。どうせ逃げ切れないなら、ここで一戦交えるしかない。そう思った。
とりあえず攻撃を仕掛けてみて、相手が逃げ出すならそれでよし、立ち向かってくるなら足になんとかダメージを与えて動きを鈍くさせよう。
それに、もしチャンスがあるならシェリーの炎玉をぶち込んでやればいい。
そう短く作戦会議をした後に、いつものように俺とダッドが盾を構えながら前に出た。構えた盾で一番危険であろう噛みつきを防ぎつつ、時間稼ぎをするつもりだった。
その作戦は最初はうまくいっていた。自分の最大の武器が毒であることをわかっているのかはわからないけど、アイツは頻繁に噛みつきをやってきた。
でも俺もダッドも噛みつかれて毒を注入されたらまず助からないということは前回の遭遇のときにわかっていたから、とにかく噛みつきだけはガードするように徹底したんだ。
結果として、アイツからは致命的な攻撃を喰らうことなく時間稼ぎは順調にできていた。
でも、次の瞬間なかなか俺とダッドに攻撃が届かないことに対して業を煮やしたのかわからないけどアイツは思いもよらない行動に出たんだ。
アイツは糸を吐き出すとそれを投げ縄のようにして丸めてこっちに投げつけてきたんだ。粘着性のある糸に絡め取られたらまず助からないだろう。俺達はあわててそれを避けた。それが失敗だった。
俺達が避けた後に、そのまま糸はドンドン飛んで行って、俺達の後ろにいたシェリーの更に後ろの木のところまで届いた。べちゃり、と音を立ててその木にくっついた。
次の瞬間、アイツはその糸を手繰り寄せるようにしてシェリーに向けて宙を舞ったんだ。いつまでたっても攻撃できない二人よりも後ろにいる一人を狙った方がいいって思ったのかもな。
俺達はそれに驚いて、止めようとしたんだけど全然間に合わなかった。大蜘蛛はシェリーのそばまで一気に近づいてしまったんだ。
シェリーの元まで移動した大蜘蛛はシェリーに対して噛みつき攻撃を仕掛けた。シェリーはまさかこちらまで大蜘蛛がいきなり移動してくるとは思ってなかっただろうから、その噛みつきを避けられなかった。
でも、シェリーもただやられるばかりじゃない。俺達が大蜘蛛の足止めをしている間に炎玉の準備を終わらせていたんだ。
シェリーはその完成した炎玉を大蜘蛛に向かって投げつけた。大蜘蛛の噛みつきと炎玉が交差した。
ドォォォォン!
炎玉があたり爆発音がして、煙が辺りを覆った。煙が晴れた後に俺が大蜘蛛の方を見たときには、そこには胴体にぽっかりと穴が空いた大蜘蛛の姿があった。
当然ピクリとも動かなかったし、この様子じゃ生きてはいないだろうと思った。でも、そんなことを気にしてる場合じゃなかった。
...俺達が急いでシェリーの元に駆けつけたとき、そこには肩のあたりを押さえてうずくまるシェリーの姿があったんだ。
恐るべき執念ともいえようか、大蜘蛛の最後の噛みつきはシェリーまで届いてしまっていた。
このままではまずい。毒でやられてしまう。一刻も早く町に戻らなければ。そう思った俺達は手に入れた素材もなにもかもをそこに放り出して一目散に町まで帰ってきたんだ。
俺達は町に戻ったら真っ先にギルドに駆け込んで、ギルドマスターに大蜘蛛に仲間が噛まれたから助けてほしいと頼み込んだ。
それを聞いてギルドマスターもすぐに大蜘蛛用の薬を持ってきてくれたんだけど、投与しても一向に回復する気配がなかった。その様子をギルドマスターは見て、すぐに師匠を呼べって...
そして、今に至るということのようだ。
一通り話しながらも、ハルトの視線はちらちらとシェリーの方へと向かっていた。彼女の様子が気になって仕方がないのだろう。
その様子を見たボルドーは”もういいからシェリーの様子をよく見ていろ”と告げた。
ハルトはそれに頷くと、すぐさま先ほどと同じようにシェリーが横になっている場所の横に座り込んで必死に彼女に呼びかけ始めた。
その様子を見ていたボルドーはワロウに”こっちにこい”と目で伝えると彼らから少し距離をとった。彼らに話を聞かれたくないのかもしれない。
「...まだあいつらに聞かれたくない話でもするのか?」
「それはまだわからんが...とりあえず、俺から先ほどの続きを話そう」
Side ボルドー
シェリーの症状で薬が効かないというのは記憶に残っていた。お前も覚えてるだろう?アデル(ベルンのパーティメンバー)の件だ。
変異種にやられたとわかったから、俺はすぐにお前を呼ぼうと、たまたまそこらへんにいたお前と知り合いの冒険者をとっ捕まえて、至急ワロウを呼び出して来いと伝えたんだ。
その後は、シェリーが横になる場所を準備していたりしてたんだが...やはり時間経過とともに彼女の体調は悪くなっていった。
今の状態はお前も見ただろうが、明らかに最初ここに来た時よりも発熱しているし、呼吸も荒い。最初は意識もあったんだが、今はない。
このままじゃまずいと思ったが、俺にできることはお前をできるだけ早くここに連れてくることくらいだからな。だからギルドの扉のところでお前を待っていたんだ。
で、後はお前が到着して今に至る...ってところだ。
...どうだ。助かる見込みは...あるか?
ボルドーの最後の言葉は、ハルト達に聞こえないようにごくごく小さな声で発せられた。
そこにはハルト達にはまだ聞かせたくないというボルドーの配慮を感じ取ることができた。
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