第59話 ワロウの葛藤
今の状況はワロウの想像していた最悪の予想と全く一緒だった。最初に呼び出しを受けたときには誰かが変異種の大蜘蛛に噛まれたのであろうと思っていた。
...だが、ただ一つ予想外だったのはそれがシェリーだったということである。よりによって何故...という思いが心の中で浮かぶ。
ボルドーは彼女が助かる見込みを聞いてきた。それに対する答えは簡単だ。薬さえ作れれば助かる。逆に薬が作れなければ助からない。二つに一つだ。
「...この前作った薬の余りはあるか?」
「ない。全部使い切った。そもそもあったとしても一カ月ももたないだろう」
一カ月ほど前にアデルのために作った薬は余っていないか。そう思ったのだが、残念ながら使い切っていたようだ。
それにボルドーの言う通り、作った薬は基本的に一カ月も持たない。保存用の魔法装置の中に突っ込んでおけばその限りではないが、そんな高価な魔法装置はディントンには無かった。
「ああ...それもそうか。なら、キール花の在庫は?」
「...それもない。あれを採取できるのはお前くらいだ。うちの冒険者達が納品することはまずありえない」
「....そうかよ。クソッ...!」
(落ちつけ...まだ、方法はあるはずだ...考えろ...)
何か、何かほかの手段はないのか。キール花が無くても何とかなる方法は。
ワロウは必死になって考え込んだ。しかし、考えれば考えるほど他の方法などないという結論がはっきりしてくる。
キール花が無い限り薬は作れないし、シェリーを助けることはできない。今のワロウにはこのまま彼女が弱っていくのを見ていることしかできない。
その事実から無理やり目をそらして必死に考え続けるが、どうしても他の方法を思いつくことができない。その事実を認めるしかない。シェリーはもう...助からないのだ。
思わず手が震えた。その様子をボルドーが心配そうに見てくる。ワロウの長い冒険者生活の中で冒険者の知り合いが死ぬことは何度もあった。そのたびに悲しい思いをしたし、涙を流して友人の死を嘆いた。
しかし、その友人たちの死はワロウがどうこうできるものではなかった。だから、逆に諦めがついたのかもしれない。それは不可抵抗力だったのだと。
だが、今は違う。薬さえ作ることができればワロウの手でシェリーを救うことは可能なのだ。まだ、救える。まだ今なら救うことができる。薬さえ、薬さえ作ることができれば。
しかし、材料がない。キール花はそう簡単に手に入るものではない。
手にすくった水が、指の隙間からこぼれていくような感覚に襲われる。救うことができる命が、自分の初めての弟子が、自分を慕っていてくれた少女が、明日には死んでしまう。
自分の手を見る。手の震えが止まらない。今、自分にできることはないのか。このままシェリーが弱っていく様を見ていることしかできないのか。...このまま彼女が亡くなるのを看取ることしかできないのか。
「...ワロウ。無理...なんだな?」
「...待ってくれッ...! まだ...まだ考える余地は...」
ボルドーが確かめるように聞いてくる。それはまるで死刑宣告のようだった。ワロウはそれをむきになって止めた。まだ、その事実を認めたくはない。
「...前の薬以外で他に効きそうな薬はあるのか?」
「今のところ...思いつかない。デススパイダー用の薬を作るしかない」
「...キール花が無くてもそれが作れる可能性はあるのか?」
「それは...」
ボルドーは冷静だった。こんなときでも冷静にいられるのはさすがギルドマスターといったところだろうか。
確かに彼が言うように他の薬がない以上、デススパイダー用の薬を作るしかないのだが、それはキール花が無ければ作ることはできない。さっきからワロウが何度も達した結論だ。
「...わかった。アイツらには俺から伝えよう。お前はここで待っていろ」
答えることができないワロウの様子を見て、ボルドーは万策尽きたのだろうと判断したようだ。その事実をハルト達に伝える嫌な役目をかって出てくれた。
ワロウよりもハルト達との付き合いが短い自分の方が伝えやすいだろう。そう思ったのかもしれない。
「..........ッ...!」
待ってくれ。そう言葉が口から出かけた。だが、実際は言葉が出なかった。止めたとしても意味がない。もはやあきらめるしかないのだ。
ボルドーが言うように早く伝えてしまった方がいいのかもしれない。これからの時間は彼らが一緒にいられる最後の貴重な時間になるのだから。
「待て...」
だが、ワロウはボルドーを呼び留めた。ボルドーが訝し気にこちらを振り返る。
「オレが言う。...オレが、あいつらに伝える」
「...いいのか。付き合いが浅い俺の方が...」
ワロウの方を心配そうな表情で伺いながら聞いてくるボルドーを途中で遮って、ワロウは首を静かに横に振った。
「いや...いい。オレはあいつらの師匠だからな。オレから...言わせてくれ」
「...わかった」
シェリーの横に座り込んでいる二人の元へと戻る。近づいてくるワロウの足音にすぐに気づいたのかこちらを向く。そして、ワロウとボルドーの険しい表情から察したのかもしれない。今にも泣き出しそうな顔になる。
「...な、なあ。なんで二人ともそんな顔してるんだよ。いつもみたいに...いつもみたいに何とかしてくれるんだろ...?今までだってそうだったじゃないか...」
「師匠...もしかして...もしかして...無理なんて言わないっすよね...?あれだけ薬に詳しい師匠なら...これくらいどうとでもなるっすよね...?」
「.....すまない」
ワロウのなんとか口から言葉を絞り出した。それはたった4文字の言葉だったが、その意味は果てしなく重いものだった。シェリーのことはあきらめるしかない。そういう意味だ。
「...な、なんでっすか...前にアデルさんが噛まれたときは師匠が薬を作って助かったってベルンさんから聞いたっすよ!」
「そ、そうだよ! それを聞いてたから何とかなると思って...!」
「...知ってたのか。確かにアデルのときはオレが薬を作ってアイツは助かった。だが、今回はその材料がない。薬は...作れない」
ハルト達は愕然とした表情になった。彼らにとって以前にワロウの作った薬でアデルが助かったという事実だけが最後の頼みの綱だったのだ。その最後の希望は...今、潰えた。
「だったら...今からその材料を採りに行けばいいじゃないっすか!」
「無理だ。キール花は希少だからそう簡単には見つからない。それに採取方法も特殊で、薬師がいないと採取できない」
無理だと告げるが、そう簡単に諦めがつくようなことではない。必死な表情でハルトが言い募る。
「師匠! 師匠だったら採取できるんだろ!? 希少かもしれないけど、見つからないわけじゃないんだろ!? 」
「.....................」
「夜の森は危険かもしれないけど...俺たちだって一緒に行って手伝うから...! 頼むよ...!」
「.....................」
行こう。そう答えたかった。心情的には今すぐにでも森に飛び出して行ってキール花を探しに行きたかった。
だが、理性の部分がそれを否定する。ハルトが考えている以上に夜の森は危険だ。ハルト達と一緒に行ったところで3人とも仲良く森狼の餌になるのが関の山だろう。
しかし、それをどう伝えればいいだろうか。今の彼らは冷静な状態ではない。行っても死ぬだけだと言っても聞かないかもしれない。
ワロウが返答に悩んでいると、そこまで見ているだけだったボルドーが静かに、だがはっきりとした口調で言葉を発した。
「ダメだ。森に行くことは許可できん」
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