第40話 ハルトの回想
sideハルト
なんだこのおっさん。
師匠と初めて会った時の感想がこれだった。ちょっと思い返してみると、師匠と俺たちの最初の出会い方はあまりよくない方だったなって思う。
かすかな情報を頼りに迷宮都市を飛び出て、やっとディントンの町にたどり着いたとき
俺達の財布はすっからかんだった。元々そこまで貯金していたわけでもないし、とにかく早く行こうとして途中の町で一切依頼を受けてなかったから当然と言えば当然だ。
とにかく金を稼がないとお宝を見つける前に飢え死にしちまう。そこで、ディントンの町で依頼を受けようとしたんだけど、そううまくはいかなかった。迷宮都市とディントンの町じゃ全然依頼の種類が違ったんだ。
ディントンは森が近くにあるせいか採取依頼がすごく多かった。でも、俺たちは迷宮都市を出るまでそんな依頼自体があることすら知らなかった。
もちろん依頼に出てる薬草なんて見たことも聞いたこともなかったから、採取依頼はあきらめるしかなかった。討伐依頼もなくはないけど報酬が低かったり、どこに魔物がいるかわからなかったりして全然だめだったんだ。
そこで俺たちは一発大きな討伐をして稼ごうと思った。おあつらえ向きにギルドから大蜘蛛の注意が出ていた。これだったらどこにいるかわかるし、相手も掲示板に乗るくらいの魔物なんだから討伐すれば絶対に稼げると思ったんだ。
強い魔物だってことはもちろんわかってた。でも、シェリーの魔法なら倒せるって思ってた。実際に迷宮ではシェリーの魔法のおかげで格上の魔物を倒したことだってあった。
...そのときは、運悪く遭遇しちゃっただけで俺たちが自分で狩りにいったわけじゃないけど。
大蜘蛛を倒そうって言ったとき、シェリーは危険だって反対してたんだけど、俺とダッドで強引に説き伏せた。
もう食事に使う金額すら危うくて下手すりゃ餓死...なんてことも頭をよぎってたからな。四の五の言ってる場合じゃなかったんだ。
そんなわけで俺たちは大蜘蛛を狩りに行こうとして森へと向かった。途中でダッドの奴が日和りやがって、やっぱりやめようとか言いだしたんだけど、今更戻ったところで稼ぐ手段も思いつかない。
”ここまで来たんだから絶対に狩りに行くぞ”ってそう言おうと思って、俺が後ろを振り向いたときに一人のおっさんが音もなくすぐそばまで来てたんだ。
30から40歳くらいかな?いかにもベテランの冒険者って感じで、くたびれたマントと帽子、腰にはロングソード、左腕には小さい盾を持ってた。
いきなり俺たちの後ろに現れたから思わず驚いて声をあげちまった。そしたらそのおっさんが顔をしかめて聞いてきたわけ。”お前らどこの誰だ”ってね。それが俺たちと師匠との最初の出会いだった。
ひと悶着はあったけど、自己紹介して、俺たちが大蜘蛛退治に行こうとしてることを聞いたそのおっさんはすごい嫌そうな顔をしてそれを止めてきたんだ。
今から思えばなんの準備も無しに格上の魔物を倒しに行くなんて考えられないけど、その時は自分に自信を持ちすぎていたのと、金が無くて追いつめられていたせいで頭が動いてなかったんだ。
で、結局大蜘蛛退治は無理ってことになって、俺たちがどうしようかって悩んでいるときに師匠が手を差し伸べてくれた。採取のやり方を教えてもらったんだ。
その時思ったのはすげえ薬草に詳しいなっていうこと。初心者の俺たちでも取れそうな薬草をすぐに思いついて、それが生えてるところとか採取のやり方とか全部知ってたんだ。...結構すごいよな?それともみんなこれぐらいは知ってるのかな?
...後でわかったけどあの時取ったにおい草はディントンの冒険者なら誰でも知ってるものだったみたい。でも、師匠が薬草に滅茶苦茶詳しいってのは違わなかったぜ。
におい草の採取が終わって町に戻ったら、なんかよくわからないけどギルドマスターから言われて師匠が俺たちの面倒を見てくれることになった。
正直な話、最初は俺は嫌だった。ダッドとシェリーは喜んでたけど、誰かに指図されるのってなんか嫌いなんだよな。ベテラン冒険者ってプライド高そうだし、ウマが合わないんじゃないかなって思ったんだ。
でも、ダッドとシェリーが乗り気だったから俺だけ反対するわけにもいかなかった。...しかも大蜘蛛を勝手に狩りに行こうとしたことをバラすとか言われたしな。こっちの弱みを的確に突いてくるの、やめてほしいんだよなぁ...
師匠の最初の指導はゴブリン討伐の依頼だった。ゴブリンなんて所詮Fランクの魔物だし全然余裕だと思ってた。でも、実際戦ってみると今までと全然感覚が違っててうまく戦えなかった。シェリーを危険な目に合わせちゃったしな...
その後、シェリーが気づいたんだけど原因は広い場所で戦ったことがなかったってことだった。まさか戦う場所が変わるだけでこんなにも勝手が違ってくるなんて思ってもみなかった。
後、迷宮では普通に使ってた炎矢が使えないってのも驚いたな。確かに燃えるものが近くにあるんなら燃え広がっちゃうもんな。一つの魔法一辺倒じゃなくてその場にあった魔法を使っていかなきゃいけないってことだ。
それで、俺達がゴブリンなんかで苦戦したのを師匠にばっちり見られて、馬鹿にされるか怒られるんだろうなって思ってたんだけど、そんなことはなかった。
淡々とダメなところとこうやった方がいいっていうことを教えてくれたし、後は他の魔法の使い方を考えてくれた。
珍しい人だなって思った。今まで知ってた冒険者っていうのは基本的に力押しが多くて
師匠みたいに色々考えて戦ってる人はほとんどいなかった。もしかしたらもっと高ランクの冒険者たちは師匠みたいに考えて戦ってるのかもしれないけど。
前にそのことを言ったら”腕がある奴は力押しでいいのさ。オレは腕がない分頭を回さないと生きていけなかったってだけだ”って笑いながら言ってた。
確かに師匠は普通のDランクどまりの冒険者だ。特に戦闘に関していえば多分Eランクの俺たちの方が強いと思う。でも、それなのに師匠はソロで冒険者を続けてきたんだ。
正直、師匠くらいの強さでソロで森に行くなんて今の俺たちからすると危険すぎて考えられない。でも、師匠はそんな状況をずっと何年も何年も続けてきた。
すげえなこの人って思った。腕っぷし以外の”強さ”ってものがあるんだなって思った。
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