第39話 水亀狩りへ


「主に傷のことです。あまり派手に壊れているとその分値段も下がります」


 ハルトとサーシャのやり取りを聞いて、ボルドーは感心したような顔になった。報酬についてきちんと詰めていることがいい印象を与えたようだ。ワロウとしても自分が教えたことができている様子を見ることができて一安心する。


「うーん...傷かあ...どうだろうな...」


 といいつつハルトの視線はシェリーへと向いている。爆発で甲羅がどうなってしまうかわからないので悩んでいるようだ。そこにサーシャが助け舟を出す。


「別に今決めなくても大丈夫です。討伐が終わった後にギルドに報告するついでに言っていただければ。もしボロボロにしちゃったら別に頼まなくてもいいですし」

「なるほど。じゃあ後でいいや...後なんかあるか?」


 ハルトが何かほかに聞くことはないかと二人に確認するために振り返る。するとダッドがあきれたように首を振った。


「いやいや、その水亀についてなんも聞いてないっすよ。ランクはいくつなんすか?」

「あ、やっべ...すっかり忘れてたぜ...」

「ランクはDランク3人相当といったところです。...よろしいでしょうか?」


 水亀についてダッドが突っ込むと、サーシャはそわそわと若干挙動不審となって話を終わらせようとする。どうやら水亀に関する情報は自分から出してはいけない部分のようだ。


「Dランクですか...格上ですね」

「まあ、大丈夫じゃないか?俺達普通のEランクよりは強いだろうしな」


 その言葉を聞いたボルドーがどうなんだと言わんばかりにワロウに視線を向けてくる。その視線に対してワロウは短く頷いた。ワロウが見る限り彼らはEランクの中でもかなり強い方だ。シェリーだけではなくハルトとダッドも。


 ワロウも最初はシェリーの魔法に目が行きがちだったが、一緒に依頼をこなしていくうちにハルトとダッドもかなりの腕前であることに気づいた。


 最初の方こそは広い場所での戦い方に慣れておらず失態を演じることもあったが、最近の戦いぶりはDランク冒険者に匹敵すると言っても過言ではなかった。知識、という面では少し怪しい部分もあるが。


「さっき甲羅とか言ってたっすけど結構硬いんすかね?」

「はい。生半可な攻撃は効かないと思った方がいいですよ。後...」


 サーシャが何かを言いかけて、ちらりとボルドーの方を確認する。言っていいかどうかを確認しているのだろう。それの返事としてボルドーは黙って首を振った。どうやら駄目なようだ。


「後...なんだ?」

「あ、いや、すみません! 他の魔物と間違えてました! 何でもないです! 」


 ハルトが言葉の続きを促すと、慌てて誤魔化すサーシャ。傍から見ていると明らかに怪しい反応だが、ハルトたちは気づかなかったらしくそのままスルーしてしまった。


「まあ、硬いっていうっすけどシェリーの魔法なら一発じゃないっすか?」

「それは...その...試してみないとわからないというか...なんというか...」


 ダッドの言葉にもしどろもどろで返すサーシャ。水亀は甲羅が硬いだけではなく、もう一つ厄介な特性を持っている。だが、これもボルドーから口止めされている事項のようだ。


「うーん...まあこんなもんか...他は何かあるか?」

「とりあえずないっすかね」

「えーと...あの...あ、わ、私も大丈夫です」


 これ以上サーシャから聞くことは無いと思ったのかハルトが質問を切り上げようとする。ダッドとシェリーにもその確認をすると、ダッドはないと返したが、シェリーは何か言いたげな様子を見せた。


 だが、途中で意見をひっこめてしまった。察しがいい彼女のことだから、ここで粘っても情報はもらえないだろうと察したのかもしれない。もしくはこれ以上何か聞かれるのかと悲壮な顔をしたサーシャを哀れに思ったのかもしれないが。


「じゃあ出発だ! 行ってくるぜ、師匠!」

「気合入れるのはいいが、あんまり無茶すんなよ?今朝言ったこと、覚えてるだろ?」

「わかってるって! 心配性だな師匠は」

「うるせえ。わかってるならいいんだ。さっさと行ってこい」


 ワロウは少し恥ずかしそうにそっぽを向きながら3人を急かす。その様子を見て笑いながら3人はワロウの言葉に頷くと、ギルドの外へ出発していった。


 この3人だけで依頼を受けたことは迷宮都市でも当然あるだろうし、こっちに来てからも何回か受けているはずだ。


 だが、ワロウ自身が彼らだけで依頼を受ける様子を見るのは初めてである。やはり自分の目の前でそれを見ると、どこかで不安な気持ちになってくる。その不安からかワロウはその3人の後ろ姿をずっと眺めていた。


「相変わらずだなワロウ。そこまで心配しなくても大丈夫だ」

「どっかのギルドマスターが意地悪しなけりゃ安心できてたんだがな」


 ワロウが皮肉を込めてそう返すと、ボルドーは困ったように頭をかいた。


「別に意地悪することが目的じゃない。依頼を受けるときに情報がいつも全部手に入るわけじゃないし、準備が万全にできるわけでもない。今回はそんな状況下での練習みたいなもんだ。頼りになる試験監督だっているし、危険度は低い。いい経験になるだろ?」

「...ああ、わかってるさ」


 別にワロウも本当にボルドーが意地悪のために情報を教えていないとは思っていない。冒険者はいきなり何の事前情報もなしに魔物と戦うことも多い。そのための訓練は確かに必要だし、今回の試験はいい経験になるだろう。


 そんなことはもちろんわかっているのだが、心配なものは心配なのだ。ワロウの性格上、これは仕方がない。


「あのー...すみません。ちょっといいですか?」


 じっと黙って3人を見送っていたワロウに話しかけてきたのは、先ほどまで部屋の隅にいたベルンだった。そういえば彼らはこの試験の監督役だったはずだ。3人組の後を追いかけなくていいのだろうか。


「どうした?あいつらを追いかけなくていいのかよ?」

「あ、今行こうと思ったところです。でも、あんまり近くで尾行してるとバレちゃいますからね」


 そういうとベルンは自分のパーティメンバーを呼んだ。その中にはこの前大蜘蛛に噛まれて死にかけていたアデルの姿もあった。アデルはワロウと目線が合うと深々と頭を下げた。ワロウも軽く会釈をする。


「この前は本当にありがとうございました。おかげさまでこの通りアデルも完全に復活できました。...お礼といっては何ですけどこれを...」


 そう言ってベルンが差し出してきたのは何かの燻製肉のようだった。見た感じではそこらへんで売っている安い燻製肉ではなく、もっと質の良いもののように思える。


 ワロウには、最近の高い燻製肉といえば一つ思い当たることがあった。


「もしかして...フォレストボアの燻製肉か?」

「そうです。ノーマンさんの結婚式のときにおっしゃっていたので合わせてお礼といったところですね。奮発したんで結構いい燻製肉だと思いますよ」

「それ、ゴゴットの店で買ったのか?」

「よくわかりましたね。そうです。なんで知ってるんですか?」


 まさか、そのフォレストボアを狩ったのが自分だとは言いづらい。別に問題があるわけではないのだが、お礼のつもりで燻製肉を届けた相手がその燻製肉の元を狩ってきたと知ればベルンが気まずい思いをするだろう。


「ベルン、それは元々ワロウ...ぐおっ!?」


 そのことをバラしそうになったボルドーの脇腹をつついて強引に中断させる。ボルドーが非難の視線を向けてくるが、逆に黙ってろと目で伝える。ワロウの意思は通じたようでボルドーは口を噤んだ。


「いや、たまたま知り合いに聞いてな。行ってみたらもう売り切れちまってたから助かったぜ。ありがとよ」

「はは...お気に召したようでなによりです。では、そろそろおいて行かれちゃうんで失礼しますね」


 そういうとベルンのパーティはギルドを去っていった。3人組を追いかけていったようだ。結構話していたので相当距離が離されていると思うが大丈夫だろうか。


「おい、ワロウ。人の脇腹をいきなりつつくんじゃあない」


 振り返るとぶすっとした顔のボルドーがいた。どうやら先ほど脇腹をつつかれたのを根に持っているらしい。


「あのまましゃべらせてたら気まずい雰囲気になるだろうが。むしろ止めてやったオレに感謝してほしいぜ」

「むむ..まあいい。今回は許してやろう」

「なんでそんなに上から目線なんだよ...というかお前、時間がないとか言ってたが仕事の方は大丈夫なのか?」


 ワロウがギルドの中にある時計を指さすと、ボルドーの顔が焦りが浮かぶ。


「うん?...む...もうこんな時間か。またジークの奴に文句言われちまうな。じゃあなワロウ。言っておくがくれぐれも様子を見に行ったりするなよ?」

「わかってるっつーの! やらねえよ!」


 ボルドーはワロウに釘をさすとギルドの奥へと去っていった。その後には副ギルドマスターのジークの怒ったような声が聞こえてくる。どうやら遅れてきたのを怒られているらしい。


 相変わらずだな...と思いつつ、やることが無くなったワロウはぼんやりと受付の掲示板にある依頼を眺めてみた。が、とてもではないが今日は依頼を受けようという気分にもならない。とりあえず依頼を受けるのはやめてギルドの外へ出ることにした。



(...さて、どうなるやら。しかしまさか水亀とはな。元々あまり見かけねえ魔物なんだが...運が悪かったとしか言いようがないな)

(“水亀”はお前らにとっては厄介だぜ。うまく切り抜けろよ)


 もう依頼へと向かってしまった3人に対してワロウできることは祈ることだけだ。3人の成功を祈りながらワロウはゆっくりとギルドを出て行こうとした。とその時後ろから呼び止める声が聞こえた。


「あ、ちょっと待ってください! ワロウさん!」


 呼び止めたのはサーシャだ。何か用事でもあるのだろうか。


「なんだ?なんか試験のことで何かあるのか?」

「あ、いえ! この後ってお時間あったりしますか?」

「...まあ、今日依頼を受ける気はしねえからな。空いてるっちゃ空いてるぜ」

「よかった! 少し手伝ってほしいことがあるんです。実はですね...」


 その依頼は少し面倒な内容だったが、今から何かをやるわけでもないし、ここで一つギルドに恩を売っておいても悪くないかと思いワロウはそれを引き受けたのであった。

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