第38話 職員試験の開始

 てんやわんやの薬作りからさらに1週間が経った。ついに試験の日だ。

 朝ギルドに集合するようボルドーから伝えられていたので、4人は今ギルドの前に来ていた。3人組の顔は若干こわばっており今回の試験に緊張している様子が覗えた。


(やけに緊張してやがるみたいだな...)

(緊張感0ってのも問題だが、あんまりガチガチだとそれはそれで動けなくなっちまうからな...)


「おいおい、緊張しすぎだろ?これはオレの試験で、別にお前らの試験じゃねえっての」

「いや...これまでお世話になったっすからね。これで失敗したら面目なさすぎるっす」


 今までのワロウの指導に恩を感じてくれているらしい。その恩を返すためにもという意気込みもあるのだろう。だが、このまま試験依頼に向かわせると、緊張しすぎで何か失敗しそうだ。


 人間緊張すればするほど目の前のことしか見えなくなってしまう。戦闘を伴う依頼でそれは致命的にもなりうる。彼らの緊張ほぐす必要があるだろう。


「なあ、お前ら。オレが最初にした話を覚えてるか?」

「え?最初にした話?俺ら大蜘蛛を狩りに行こうとしてたときのか?」

「違う違う。初めてゴブリンを狩りに行ったときの話だ」


 3人はお互いの顔を見合わせて黙ってしまった。思い当たる節がないらしい。流石に漠然としすぎた質問だったかと反省してもう少し具体的な話をする。


「冒険者にとって一番大事なものはって話だ。...覚えてるか?」

「...ああ! その話なら覚えてます。一番大事なのは自分の命...ですよね?」

「そうだ。今のお前らは気ぃ張りすぎだ。一番大事なのは自分の命、依頼はその次だ。ヤバそうと思ったらまず逃げる。いいな?」

「でも...俺達が逃げたりしたら、試験失敗になるんだろ?」


 ハルトはどうやら自分の就職先を心配してくれているようだ。自分が心配されていたとわかって思わずワロウは笑ってしまった。それを見てハルトは少し不機嫌そうな顔になる。


「な、なんだよ。人が心配してやってるのに笑いやがって...」

「....悪い悪い。だが、一回逃げたくらいで失格になるわけないだろ?冒険者ならよくあることだ。ついでに言うと別に職員になれなかったところで別にそこまで困るわけじゃない。お前らが気にすることじゃねえよ」

「な、なんだよ。心配して損したぜ! ...ほら、さっさと行ってさっさと終わらそうぜ!」


 そういうとハルトはギルドの中へと駆け込んでいってしまった。ワロウに気を使っていたことがばれて少し気恥ずかしいようだ。

 

 いきなり走っていってしまったハルトの後を少し慌ててダッドとシェリーが追いかける。ワロウはその様子を見ながらゆっくりとギルドの中へと入っていった。


(少しは緊張がほぐれたか?いずれにしろあんまり気負わないでやってもらいたいもんだ...)


 ギルドの中に入ると、受付にはサーシャと今日は珍しくギルド長室から出てきたボルドーが待っていた。ボルドーは3人と何やら話していたが、ワロウの姿を見ると声をかけてきた。


「来たか。調子はどうだ?師匠殿」

「うるせえ。大体オレの調子は関係ねえだろうが。依頼を受けるのはこいつらなんだからよ」

「ふむ。まあそれもそうだな。...さて、悪いがあまり時間がなくてな。早速試験について説明させてもらおう」


 試験という言葉を聞いて3人の顔が引き締まる。しかし、それは朝あったときのようにガチガチに緊張しているわけではなく、程よい緊張感といった雰囲気だ。先ほどのワロウの言葉が効いたのかもしれない。


「いいか。よく聞けよ。...といっても内容自体はシンプルだ。今回お前らにやってもらう依頼は”水亀”の討伐だ」

「水亀?」

「ああ。もちろん普通の亀じゃなくて魔物の方だ。この依頼を成功させたとき、試験は合格とする。ただし、ワロウからの助言はナシだ。お前らの今まで培ってきた経験で依頼を達成しろ。...何か質問はあるか?」


 ボルドーが3人の顔を見回すが、3人からの反応はない。質問がないと言うよりかはあまりにもシンプルすぎる説明に対して困惑しているようだ。

 その様子を見てボルドーが少し内容を付け足す。


「まあ、いつも通り依頼を達成すればいいだけだ。難しいことは無い」

「...うーん...まあ、わかったよ。やってみる」

「よし、じゃあ試験開始だ。...一応言っておくが、お前らはまだ依頼を受けていない状態から始まる。いつも通り受付から依頼受注しろよ?...ほら、そこの列だ」

「あ、そうなんすね。了解っす」


 ボルドーがさりげなく列の方に誘導すると、3人はそれに従ってそこの列へと並んだ。その後ろ姿を見ながらワロウはボルドーから提示された依頼の魔物について考えていた。


(...”水亀”か。厄介なところ選んできやがる...)


 ワロウが難しい顔をしていると、それを見たボルドーが話しかけてきた。


「どうした?別にお前の依頼じゃない。お前が顔をしかめて考える必要はないだろう?」

「よく言うぜ。よりによって”水亀”なんか選びやがって。一番面倒な奴じゃねえか」

「困難な状況を潜り抜けてこそ冒険者だ。お前の指導はそこを鍛えてやったんだろ?違うか?」


 そう言われてしまうとワロウとしても反論はできなかった。冒険者はいつどんな時でも危険や不測の事態が起こる可能性が付きまとう。それに対応できる力がないと冒険者としては生き残っていけない。


 ワロウ自身も彼らがそういう局面に遭遇した時にどうにかできるよう指導してきたつもりだ。


「...心配する気持ちはわからんでもない。が、いざとなったときの手段は用意してある。そこまで深刻にならなくていい」


 そういうとボルドーはギルドの隅の方へあごをしゃくった。その方を見ると、ベルンのパーティの面々が机を囲んで座っていた。彼らは何気なく雑談しているように見えるが、よく見るとちらちらと駆け出し3人組の方に視線を向けている。


 ワロウがそちらを見ていると、リーダーのベルンがこちらに気づき軽く頭を下げた。...どうやら彼らが今回の試験の監督役ということらしい。いざというときは手助けしてくれるということだろう。


「...なるほど。わざわざうちの町の最高戦力を出してくれるとはな。豪華なことだ」

「あいつらはお前に借りがあるからな。快く引き受けてくれた。...どうだ?心配性の師匠も少しは安心できたか?」

「...まあな」


 ワロウたちが話している間に、列は進んだらしい。3人は既に受付の前にいた。そこに座っているのはいつもの受付嬢サーシャである。


 ワロウがぼんやりとそれを眺めていると、なぜかボルドーが3人の横に移動し始める。

 気になったのでワロウもその後ろについていった。ここからだとサーシャとのやり取りを聞くことができるからだろうか。


「おはようございます。今日はどの依頼を受けられますか?」

「えーっと...”水亀”の討伐依頼を受けたいんだけど」

「はい。水亀の討伐依頼ですね。こちらになります。受注されますか?」

「...?ああ、いや、うん?なんか調子狂うなあ。サーシャってそんな感じだったっけか?」


 サーシャの様子がいつもと違うので、ハルトは戸惑っているようだ。確かにいつもはおしゃべりで依頼について細かく(余計な事含め)教えてくれるのだが、今日はより他人行儀というか、簡素というか淡々と事務的な返事をしているように聞こえる。


 何かの意図があるのだろうか。ワロウがちらりと横のボルドーの様子を伺うと、ボルドーは何も言わずに軽く頷いた。


(成程ね...情報を制限するつもりなのか...)

(こいつぁ...厄介なことになりやがったな...)


 試験のことは当然サーシャが知らないはずはない。おそらくだが自分から試験の手助けとなるような情報は出してはいけないということになっているのだろう。


 今から思えばボルドーが最初並ぶ列をさりげなく決めていたのは、サーシャの受付に誘導するためだったのだ。


 サーシャの淡々とした反応に面食らっていたハルトだったが、必要なことは聞かなくてはと気を取り直して質問し始めた。


「これって場所は草原のほうの川沿いってなってるけど、川ってどこら辺にあるんだ?」

「この町を通っている川のことです。場所はご存じですよね?」

「ふーん...あの川ね。あれを上っていけばいいってこと?」

「....はい。そうです。今回発見情報があったのは町から歩いて2時間くらいのところですね」


 それを聞いたシェリーが少し頭を傾げた、気になることでもあったのだろうか。が、ハルトはその様子に気づかなかったようでそのまま質問を続ける。


「後は...報酬だけどこれってどういう意味?」


 ハルトが掲示板の方を指さした。そこには”報酬:金貨3枚。素材買取代金は含まない。素材回収を依頼する場合は別途金貨5枚が必要”と書かれている。


「はい。水亀なんですけど、素材がその甲羅なんですよ。でも、滅茶苦茶重たいんで普通だと運べないんです。そこで、ギルドに頼んで荷物運びを雇って回収しに行くことが可能で、その料金が金貨5枚ということですね」


 だんだんいつもの調子が戻ってきたようでサーシャの話し方が若干砕け始めた。その一方で説明を聞いたハルトは顔に?マークを浮かべている。


「それってマイナスになっちゃうじゃないか。報酬は金貨3枚だろ?」

「その点は大丈夫です。普通の甲羅だったら大体金貨10枚以上で売れますので」

「普通の甲羅ってのは?」

「主に傷のことです。あまり派手に壊れているとその分値段も下がります」

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