第34話 英雄とは
「おう、ワロウ。もう戻ったのか。随分と早いな?」
「ちょいと急ぎでね。通らせてもらうぜ」
ワロウたちがかなり早く戻ってきたのを見て、ジョーが訝しげな顔をする。そんな彼をよそにワロウは軽く挨拶しただけでその横を通り過ぎたのであった。
ワロウたちがギルドへ向かって歩いていると何やらギルドの前に大勢の冒険者達が集まっているのが見えた。
何が起きたのかとよく目を凝らしてみるとボルドーがその集団の前に立って何かを話しているようだ。ワロウたちも急いでその話を聞こうと冒険者たちの中に潜り込んだ。
「...以上だ。状況はわかったな?準備ができた奴からすぐに採取に向かってくれ! 」
「「おうッ!」」
タイミングの悪いことにちょうどいま話は終わってしまったようだ。話を聞き終わった冒険者たちがあわただしく散ってゆく。その流れに逆らいながらボルドーの元へ向かうと、こちらに気づいたボルドーが近づいてきた。
「なんだワロウ、お前らは採取に行かないのか?」
「いやいや、今来たところなんだよ。いったい何の採取なんだ?」
「何?聞いていなかったのか。間の悪い奴だな...火竜がネクトに来たことは知ってるか?」
「ああ。逆に言うとそれしか知らねえ」
「ほとんど知らねえじゃねえか。いいか今の状況は...」
ボルドーによると、ネクトの町には一つだけだがBランクパーティが所属していたようだ。だが、火竜の襲撃があったときには運悪く別の依頼で不在にしており、ネクトの町には対抗手段はなかったのだ。
そこでネクトの町のギルドマスターが付近のギルドに窮地を伝え、救援を募ったのだがワロウの予想通り、他の町のギルドは自分の町の有力パーティを向かわせるのを渋ったらしく、交渉は難航した。
そんな時に、ネクトの町のBランクパーティが依頼を終えて戻ってきた。自分たちの町が襲われているのを目の当たりにして、依頼終わりで万全の状態ではなかったであろう体を押して獅子奮迅の活躍を見せ、なんとか討伐まで持ち込めたようだ。
「...成程な。結局なんとか討伐できたってわけか」
「だが、それでめでたしめでたしというわけにはいかねえ。今回の襲撃の被害はあまりにも大きかった」
討伐はできた。ただ、そのパーティが戻ってくるまでは町の兵士やCランク以下の冒険者たちが体を張って火竜の猛攻に耐えており、彼らの被害はかなり大きいものとなってしまった。
脅威が去った今、必要なのは町を守り、傷ついた彼らを癒す薬である。そこで、近くに森があり薬草の供給が比較的容易なディントンに薬の支援依頼が来たということらしい。
「わかったか?ワロウ、お前には森の奥の方に生えているゴヤク草を取って来てほしい。ちっと見分けがつきにくい薬草だが、お前ならできるだろ?」
「...まあな。ところで...俺は瞬間移動が使えるんだ。知ってたか?」
ニヤリとワロウが笑うと、ボルドーはあきれたように肩をすくめた。瞬間移動などおとぎ話の世界にしかないものなのだ。
「...悪いがお前の冗談に付き合ってる暇はない。さっさと取ってこい」
「まあまあそういうなって。ほら、これが証拠だ」
そういうとワロウはもったいぶるように自分の背負っていた背嚢を下ろすと、ゆっくりとその中身をボルドーに見せた。中にはさっき採取したばかりのゴヤク草がぎっしりと詰まっている。それを見たボルドーは驚きの表情を浮かべた。
「お前...これは...一体」
「火傷薬が必要なんじゃないかと思ってな。先回りして取ってきたのさ。これだけじゃねえぜ。おい、お前らも見せてやれ」
「わかったっす!」
3人もワロウに続き、袋の中身を見せる。その中にはワロウの背嚢と同じようにゴヤク草が大量に入っていた。全員分合わせればかなりの量になる。
「よくやってくれた...!これだけあればかなりの量の薬ができるはずだ」
「ま、朝から慌てて採取しに行ったかいがあったぜ」
「そうだな。お前の判断のおかげだ。ネクトで助かる命も増えるだろう。...お前たちもよくやった。感謝する」
そういうとボルドーは3人に頭を下げた。ギルドマスターに急に頭を下げられた3人は目を白黒させて慌てている。
「あ、いや...大したことじゃないし...」
「あ、頭をあげてくださっす! 下げられたままだと心臓に悪いっす!」
「...おいおい、お前ら大げさだな。で、ボルドー。査定額には期待していいんだろ?」
「嫌なプレッシャーをかけてくるな。...まあ多少、色を付けておいてやろう。今回はお手柄だったからな」
そういうとボルドーは足早にギルドの中へと向かっていった。まだやることが山ほどあるのだろう。ボルドーがギルドの中に入っていくのを見届けた後、ワロウは3人に今日はもう解散だと告げた。
「え?もう解散でいいんすか?」
「ああ、今日の稼ぎは十分だろう。ボルドーも色を付けるって言ってたしな」
「やったぜ! じゃあオレ、武器屋に行きたい! 」
「まあ、行っても見るだけしかできないっすけどね」
ある程度依頼に慣れてきたとはいえ、高価な武器を買えるほどの収入は確保できていないようだ。ワロウが指導しているとき以外は自由に依頼を受けてもいいし、採取に行ってもいいと言ってあるのだが、稼ぎ方があまりよくないようだ。
ワロウがもう少し金策のやり方を教えようかと考えていると思い出したかのようにハルトがつぶやいた。
「そういえばさ、師匠。採取に行く前にネクトを助けに行くって言ってたよな。まさか薬の材料を取りに行くことになるとは思ってなかったぜ」
「あ、そういえばそんなこといってましたね」
「町を救うっていっても色々なやり方があるってわけだ。勉強になっただろ?」
そんなワロウの言葉に、ハルトはいまいち腑に落ちないといった表情をしている。
「でもさ。町を助けるっていうんだから火竜の方を何とかするのかと思ってたよ」
「いやいや、それは死にに行くのと一緒って何回も言ってるじゃないっすか」
「わかってるよ。でもよー。やっぱり俺だって英雄になりたいよ」
英雄。町を救った英雄。それはいったい誰のことだろうか。何をすれば英雄足り得るのだろうか。
「英雄...か。ある意味お前らだって英雄さ。ま、小さな英雄くらいかもしれないがな」
「へ?なんのこと?」
「俺たちが薬草を取ったおかげでネクトの町で助かる奴らがたくさんいるんだ。人を救ったんだから十分英雄だろ?」
「えー?なんだそりゃ。そんなことで英雄なのか?」
その言葉にハルトはわけがわからないといたような感じだ。ワロウは苦笑しながら続きを話し始めた。
「まあ気持ちはわからんでもないぜ。普通英雄っていうと、強大な敵を倒した奴とかだろ?例えば今回だと火竜を討伐したネクトのBランクパーティとかな」
「そうそう。そういうのが英雄さ。薬草採取じゃ英雄にはなれないよ。誰だってできるし」
誰でもできる。果たしてそうだろうか。
「本当か?」
「え?」
「本当に薬草採取は誰でもできるのか?」
「え、そんなこと急に聞かれても...できるだろ...?なあ?」
ハルトは困ったように視線をダッドとシェリーに同意を求める。だが、二人も戸惑ったように黙りこくるばかりでなかなか言葉が出てこない。
「いいか。まず、採取を行うためには森の近くの町に住んでる必要がある。ゴヤク草は森にしか生えないからな」
「そ、そうですね...」
「さらに、採取に慣れていてゴヤク草のことを知っていて、森のどこに生えてるかも知っている必要がある」
「それは...師匠が知ってただけでオレたちは知らなかったぞ」
「自分で知らなくても知っている冒険者が近くにいればいい。ちょうどオレみたいにな」
「....」
「後は...どれだけ早く採取できるかだな。いくら採取ができるからと言ってもけが人が死んだ後に薬ができても何の意味もない」
「...で、結局何が言いたいんだ、師匠?」
ハルトからするとワロウは今回の採取に必要な条件を並べて言っているだけで、それが自分たちが英雄になっていることと何の関係があるのか全く分からなかった。
「わかんねえか?誰でもできると思ってた薬草採取は、実は誰にでもできるわけじゃないってことさ。意外と条件があるだろ?」
「そりゃ...まあ誰でもできるっていうのは違うかもしれないけどさ...」
「そうだ。もっと自分のやったことに誇りを持っていい。お前たちはお前たちにしかできないやり方でネクトの町を助ける一助を担ったんだ」
ワロウの説明にダッドとシェリーはある程度納得したようだ。だが、ハルトはまだいまいち腑に落ちないのか微妙な顔をしている。
「まあ、言ってることはわかるんだけどさ....やっぱり強い魔物を倒して町を守るっていうのが華っていうか...」
「ま、それはそうかもな。元凶を倒した奴らが一番大きい功績ではあるさ。でも、そいつらはオレ達がやった薬草採取はできないだろ?...おっとそれが悪いって言ってるわけじゃないぜ。要は役割分担があるってことだよ」
「役割分担?」
小さい物事なら一人だけでもどうにかできるかもしれない。だが、事が大きくなればなるほどそれは個人単位でどうにかできるものではなくなる。
そういう場合はどうすればいいのだろうか。答えは簡単だ。”分業”をするのである。役割を決め、個々人ができることをやっていく。それを集約することによって大きな物事を初めてどうこうできるようになる。
「戦闘ができる奴は元凶を倒す。逆に戦闘ができない奴はそれ以外のことをする。広い視野を持って魔物の討伐に対して貢献すればいいのさ」
「広い視野...か。オレらがやった薬草採取みたいに?」
「ああ。オレら以外だって薬を作る薬師もいるし、物資を運ぶ運送屋もいるし、それを護衛する冒険者だっている。そういう奴ら全員英雄みたいなもんさ。町を救ってるからな...ま、貢献の大小はあるかもしれないが」
「...そういうものか。そんな考え方、したこともなかったよ」
ハルトは神妙な顔をしながらワロウの話を聞いていた。他の二人も思うことがあったのかまじめな様子でワロウの方を見つめている。
「ちょっと真面目臭い話になっちまったな」
「そうっすねえ...ちょっと頭が痛くなってきたっす」
「よし、じゃあついでにもう一つ真面目な話をしておくか」
「...完全にいやがらせじゃないっすか...」
「何のお話ですか?」
頭を抱えるダッドとは正反対で、シェリーの方は興味津々のようだ。今まで採取のやり方などは教えてきたが、こういった心構えといったような話はしてこなかったからかもしれない。
「そうだな...今度はお前たちが”倒す側”に回ったときの話だ」
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