第33話 ゴヤク草の採取
ぽかんとした顔でお互いを見つめあうハルト達。一体何を言ってるんだろうといった表情だ。
まあ、先ほどまで当のワロウが火竜にどうこうするなんて無理だと言っていたのだから当然かもしれない。
「えーと...ネクトにはいかないんすよね?
「そりゃそうに決まってる。お前らだって死にに行きたくはないだろ?」
「...じゃあ何をやるんすか?ネクトに行かないで救うってどういう...」
「おっと、それは後でのお楽しみってやつだ。今、採取道具は持ってるな?今日は森に行くぞ」
「...全く意味わからんっす。採取するんすか?」
「どういうことなんでしょうか...」
3人はワロウの答えを聞いて余計に混乱し始めたようだ。だが、今は悠長に説明している時間が惜しい。この採取は時間が命なのである。行くと決めたならば早急に動かなくては意味がない。ワロウは3人を急かしてギルドを飛び出した。
森につながっている方の門へ向かうと、今日はいつもの門番のジョーとダンが見張りをしていた。ワロウたちが急ぎ足で門を通ろうとする姿を不思議に思ったのかジョーがそれを止めた。
「よお、今日は森に行くのかい?やけに急いでるみたいだが」
「まあな。...お前たち火竜の話はもう聞いたか?」
「ああ、ネクトの町に出たんだろ?災難だよなあ。まあ、でかい町だから高ランク冒険者もいるとは思うけどよ」
ギルドではまだ発表されたばかりだが、町の兵士たちにも情報が伝わっていた。どうやら、彼ら兵士には先に情報が流されたらしい。町の防衛が役目の彼らに先に情報が行くのは当然と言えば当然だ。
「...ギルドの方ではなにか新しい情報は出たか」
ジョーと話していると、ダンも話に入ってきた。どうやら火竜の襲撃自体は知っているようだが、詳細についてはわかっていないようだ。とはいってもワロウも大した情報を持っているわけではない。
「いや、今ギルド間の通信ができていないらしい。襲撃の情報は来たみたいだから一回は通信できたとは思うんだがな。それ以降はディントンにつなげる余裕はないんだろう」
「まあ、こっちに援護頼まれても困っちまうよな。最高でもDランクしかいねえし」
「そりゃそうだ。向こうもそれをわかってるから、こっちに連絡してこないってとこだろう」
ディントンの町の最高ランクパーティはベルンのパーティと後もう二つのDランクパーティの計3つがあるのみだ。こう言うとかなり規模が小さいように聞こえるが、むしろディントン程度の規模でDランクパーティが3つあるというのはそこそこいい方だ。
とはいえ、Bランクの火竜相手にDランクの冒険者が挑んだところで意味がない。ネクトのギルドとしては少なくともCランク、欲を言えばBランク以上の冒険者の増援が欲しいはずだ。ディントンにはまずお呼びはかからないだろう。
「さて、じゃあそろそろ行かせてもらうぜ。少し急いでるんでな」
「ああ、行ってこい」
「気をつけろよ。遅くなってまた森狼につかまるんじゃねえぞ?」
「...わかってるさ。今日はさっさと帰ってくる予定なんでね」
言われなくても、今日は早く戻る予定だった。目的の物を手に入れたら即撤退だ。時間は早ければ早いほどいいのだから。
先を急ぐワロウたちは門番達と別れると、早速森の中へと潜っていった。
今回ワロウたちは、いつもにおい草を採取している場所よりもやや森の奥の方へと向かって進んでいた。あたりの草木はうっそうと茂っており、しばらく人が入っていなさそうな雰囲気だ。
今彼らが通っている道もかなり狭くまさに獣道といった様相で人一人が通るのがやっとといったところである。
ワロウがそんな悪路の中を目的地に向かって早足で進んでいると、そのすぐ後ろを小走りで追いかけていたハルトが息を切らしながら話しかけてきた。
「ちょ、ちょっと速いって師匠...しかもどこに何しにいくんだ?」
「あん?言ってなかったか。今からゴヤク草を取りに行くんだ」
「ゴヤク草?何に使うんすか?初めて聞いたっすけど...」
「火傷の薬になる。それ以外に使い道がないから取ることもあまりないがな」
「火傷?」
ワロウはそこで足を止めると、辺りを見渡した。ワロウの記憶によればこのあたりにゴヤク草は生えていたはずである。だが、辺りは大量の蔦や雑草が生い茂っておりそう簡単には目当ての薬草を見つけることはできなさそうだ。
(確かここら辺だと思ったが...滅多に取りに来ないから忘れちまったぜ。もう少し奥だったか)
(...だが、これ以上奥は危険だ...朝とはいえあの大蜘蛛にまた出くわす可能性もなくはないしな)
ワロウたちが大蜘蛛と遭遇してから、大蜘蛛は忽然と姿を消していた。全く目撃情報が出ないのである。逆にそれが不気味だった。
もしかしたら、森の浅いところまで出てくるのは捕食をするときだけで、普段は冒険者達が滅多に来ない場所で潜んでいるのかもしれない。まさにこの場所のように。
「け、結構奥に来たっすね...」
「つ、強い魔物とか出てきませんよね...?」
「そんなのオレ達で返り討ちだぜ! せいぜいDランクまでしか出ないんだろ?」
ダッドとシェリーは、今まで来たことがない森の深いところにいるのが不安らしく、少しおびえているようだ。もっともハルトの方ははやる気満々で襲ってきた魔物を逆に狩ってやろうと辺りを見渡している。
そんな彼らを横目で見つつ、ワロウはゴヤク草を探すために辺りの茂みの中を漁り始める。すると3人もそれに倣って辺りを調べ始めた。彼らはゴヤク草の見分け方を知らないはずなのだが。
しばらく茂みを漁っていたワロウだが、中々目当ての植物を見つけることができない。
少々焦ってきたワロウがさらに奥の方に行こうか迷っていたとき、ふと森の奥の方に群生している草を見つけた。間違いない。アレだ。
「...おい、あったぞ。あれだ」
ワロウはその草が生えているところまでずんずん進んでいく。その後を慌てて追いかけてきた3人に対して、ワロウはその草をスコップで根っこごと丁寧に採取して手に乗せて見せた。
「なんだか...雑草と区別がつかないですね」
「これじゃあ、わからんっすね」
ゴヤク草の見た目はほぼ雑草と変わらずあまり特徴がない。しかもにおい草のように強いにおいも持たないため区別は非常に困難だ。だが、ゴヤク草には他の雑草と一発で区別することができる一つの変わった特徴があった。
「まあ待て。こいつは傷をつけると赤く変色するんだ。...見てろ」
そういうとワロウは採取用のはさみを取り出すとゴヤク草の一部を傷つけた。すると切った直後は緑色だった葉っぱが徐々にではあるが、傷つけた部分だけ赤く変色し始めた。
「おお。すげえな!」
「これならわかるっす!」
「こいつもにおい草と一緒で根っこがちぎれると薬効が抜けやすくなるから気をつけろ。スコップで丁寧に根っこごと掘るんだ。...わかったか?」
「了解です。根っこを切らないように採取ですね」
「よし、じゃあ手分けして集めまくれ。夢中になってはぐれたりするんじゃねえぞ?...後、魔物を見かけたらすぐに知らせろ」
森の中はいつも危険に満ちている。特に視界が木によって遮られるため近くまで魔物が来ても気づけないこともままあるのだ。
ワロウが採集の号令をかけた後は、ある程度距離を保ちつつひたすらに薬草を集め続けた。人があまり来ない森の奥、かつ使い道が限られているゴヤク草は採取する冒険者はほぼおらず、一回群生しているところさえ見つけてしまえば後の採取は楽だった。
楽とは言ってもハルト達はゴヤク草かどうか見分けがつかない。なのでとにかくそれっぽい草に切り込みを入れ、色の変化を見ながら採取をするという方法をとっていた。
その一方でワロウは傷をつけなくてもわかるので、3人に比べると圧倒的な早さで採取を進めていった。そんな事情もあってワロウは3人の合計を上回る量を集めていた。
「ふぃー...割とすぐに集まったっすね。...まあほとんど師匠が集めてたっすけど」
「私たちは傷をつけて色を見て...とやっていましたからね」
「よくわかるよなあ。他の草とどこが違うんだこれ?」
3人は不思議そうに草を眺めている。残念ながら今回採取してみただけではその微妙な違いについてはわからなかったようだ。もちろんワロウも最初から区別できたわけではない。
薬師ルーロンからもらった本と実際の薬草をにらめっこしながら十数年間採取を続けることで、ようやくその技術を身に着けることができたのである。採取初心者の彼らがわかったと言われてしまったらワロウの立つ瀬がない。
「慣れだ、慣れ。そのうちわかるようになる」
「慣れ...かぁ。とにかく経験を積まないとってことっすかね」
「そうだ。いくら本とかで知識を蓄えたところで実物を見なけりゃなにもわからんからな」
「修行あるのみってか?面倒だなぁ...」
「まあ、どこまでやるかにもよるがな。...さて、量も集まったし戻るか」
そういうが否や袋を担ぐとワロウはさっさと来た道を戻り始めた。3人もあわててそれに続く。
「な、なんでそんなに急いでるんすか?」
「薬を届けるならなるべく早い方がいいだろ?」
「薬?届ける?何言ってるんだ師匠?」
流石に説明を省きすぎたようだ。ハルトは何が何やらといった感じで今回のワロウの目的は全く分かっていないようだ。
「なんだ。説明してなかったか?ネクトに火傷薬を送るんだよ」
「...火傷薬。なるほど、そういうことでしたか」
「ええ?どういうことだよ」
「...ちったあお前も頭を使え。飾りか?この頭は」
「あだ、あだだっ! 頭掴まないでくれよ!」
自分で考えようとせず間髪入れずに聞いてくるハルトにあきれて、ワロウは頭をわしづかみして少し懲らしめてやった。涙目のハルトがこっちをにらんでくるが、ワロウはどこ吹く風でまったく気にしていない。
そのとき、シェリーからワンテンポ遅れてダッドも気づいたようで声を上げた。
「あ、あー! やっとわかったっす。火竜の襲撃だから火傷が多いってことっすよね?」
「そういうこった。まあ、被害が小さけりゃいらねえお節介になっちまうかもしれないけどな」
「えーっ! ここまで苦労したのにそれはないぜ」
ハルトは唇を尖らせる。この採取が無駄になるのが不満なのだろう。だが、そんなことはないだろうとワロウは思っていた。被害は大きいだろうと予測していたのだ。
「いや...多分だが被害はでかいと思う。すぐ襲撃に対応できてたらギルドの通信がずっとつながらないわけがねえ。...ずっと通信で他の町のギルドに救援を頼んでるのかもしれん」
「自分たちでは対応できていない可能性もあるということですか...?」
「その可能性も十分にある。Bランクなんてそう簡単に準備できるものじゃねえからな」
「そうっすねえ...でも、それって他の町でも同じっすよね?」
ダッドの指摘に頷くワロウ。別にネクトだけではない。どの町だってBランク以上の冒険者なんてほとんどいないのだ。
「その通りだ。しかも、もしいたとしても火竜相手には救援を出しづらいだろう。Bランクの冒険者なんてそうそういねえ。もし救援に出して死んじまったら困るのはその町だからな」
B級冒険者という存在はそれだけ貴重なのである。当然町のギルドはその貴重な人材を死ぬかもしれない火竜討伐に差し向けるとは考えにくかった。おそらくだが、救援を頼み続けているが、なかなか決まらないのだろう。
「...なんか今まで他人事だったすけど、すげえ大事みたいに感じてきたっす」
「元々Bランクの魔物が襲撃してきた時点で大事も大事だ。...今回採取したのはその大被害を被っているであろうネクトへの救援物資ってわけだ。なるべく早く届けてやりてえだろ?」
ワロウの言葉に3人は一斉に頷いた。
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