第32話 火竜の襲撃

 フォレストボアを討伐し、大蜘蛛の変異種に遭遇して1週間後、ワロウたちはギルドの前にいた。今日もいつも通り朝にギルドの前で待ち合わせして依頼をうけるつもりだったのだ。


 しかし、何やらギルドの中の冒険者たちの様子がおかしい。いつもなら受付前に長蛇の列を作っていたりするのだが、今日はギルド内をうろうろしているだけで受付に並ぼうとしない。


 受付の方を見てみるとその理由が分かった。そこには誰も座っておらず、受付の奥の方で職員たちがあわただしそうに動き回っていたのだ。どうやら何かがあったようだ。


「師匠。なんか今日は騒がしいっすね」

「...そうだな。なにかあったのかもしれん」


(...もしかしたら変異種の件で何かあったのかもしれんな)


 ワロウたちが大蜘蛛に遭遇した次の日にはギルドから夜の森への進入禁止が言い渡された。若干の不満の声もあったが、命には代えられない。渋々といったところもあるだろうが全冒険者がその指示に従っていた。

 その後、変異種の大蜘蛛は発見されていなかったが、逆にそれが不気味でもあった。もしかしたら誰かが発見情報をもたらしたのかもしれない。


(いや...それにしては騒ぎが大きすぎる気がする...ギルド全体がこんなにざわついてるのなんて何年ぶりだ?)


 ワロウの記憶だと、こんなにギルドが騒然としているのはディントンの草原にCランクモンスターのアンデッドナイトが現れた時以来だった。そのときもこんな感じで大騒ぎになったのだが、ノーマン率いるDランクパーティと元Bランクのボルドー自身が討伐に向かい、数時間にも及ぶ壮絶な死闘の末になんとか撃退したのであった。


 もしかしたらその時と同じことが起きてしまったのだろうか。強力な魔物だったらディントンの町の冒険者では対応できないかもしれない。

 ワロウは嫌な予感がしてやまなかった。とりあえずこの騒ぎの原因を探るために近くにいた知り合いの冒険者に声をかける。


「よお。なんか騒がしいみてえだが、なんかあったのか?」

「おお、ワロウか...いや、俺も詳しいことは知らないんだが、強い魔物が出たってうわさだ」


(予感的中...か。全く、嫌な時だけ当たるぜ)


 ワロウの嫌な予感は当たっていた。正直、全く嬉しくはない。


「魔物の種類は?」

「それもわからん。まだ正式な発表がないんだ。まあ、正確な情報を知りたいなら職員に聞いた方がいいぜ」

「それもそうか...ありがとよ」


 強い魔物と言っていたが、もしかして、またCランククラスの魔物が現れたのだろうか。いや、Cランクならまだ撃退もできるだろうが、それより上のBランク以上の魔物が出てきていたら、ディントンの町も無事では済まないだろう。


 ワロウの予想がどんどん悪い方向へと向かっているところに、サーシャがギルド長室から慌てて出てくるのが目に入った。今の状況が気になって仕方がないワロウはこれ幸いと声をかけて事情を聞くことにした。


「おい、サーシャ。何があったんだ?随分騒がしいじゃねえか」

「あ、ワロウさん。私も今聞いてきたばかりなんですが、実は...」


 サーシャの話によると、ディントン付近の大きな町ネクトで火竜の襲撃があったとのことだった。火竜はBランクに位置する魔物で非常に強力な魔物である。Bランクともなると小さな町は全滅する可能性がある強さで、災害といっても過言ではないレベルである。


「で、状況はどうなんだ?対応できるパーティはいるのか?火竜はBランク6人以上だろ、確か」

「それが...わからないんです。ネクトは大きな町なので、多分Bランクパーティはいるんじゃないかと思うんですけど...如何せん情報が入ってこないんです」


(...まずいな。対応できるパーティがいないと被害が尋常じゃないくらい大きくなるぞ...)


 冒険者のランクは一階級違うと結構強さが変わってくる。そのなかでもBランクとCランクには大きな差があるのだ。一般的にはDランクで一人前で、更にその一個上のCランクまでは常人でも血のにじむような努力を重ねれば到達できるといわれている。


 だが、それより上のBランクになるためには才能が必要となってくる。それは圧倒的な剣術だったり、すさまじく正確な弓の技術であったり、破壊力抜群の魔法であったり、個々人によって異なるが、常人の努力だけでは到達できないような強さがBランクには必要なのだ。


 今回の場合、火竜にはBランクの6人パーティが必要となっているため、一個下のCランクの冒険者達で対応しようとすると何人必要になるのか見当もつかない。BランクとCランクにはそれくらいの実力の差があるのだ。


「今、ギルドマスターがネクトのギルドに通信をしてるんですけど中々つながらないんです。他の町に救援を求めてるのかも...」


 ギルドはギルド間で遠距離での連絡ができる魔法装置を持っている。いざというときに他のギルドへ救援を求めるためである。ただ一つ難点があって、一度に通信できるギルドは一つまでという制限がある。今ボルドーが繋げられないのは、ネクトのギルドが他のギルドと通信しているためだと思われた。


「そうか。わかったぜ。悪いな、忙しいときに呼び止めちまって」

「いえいえ、じゃあ失礼します」


 サーシャは軽く頭を下げると、急いで受付へ向かっていった。今の話を他の冒険者達にも伝えるためだろう。


(さて...どうするかな。普通の依頼は受けられなさそうだが...)


 今はギルドもてんてこ舞いの状態で、とてもではないが普通の依頼を受けれるような状況ではない。かといってそれを待ってるのも時間の無駄なような気もする。


 そんな悩むワロウを他所に、ハルトが興奮した様子で話しかけてきた。


「なあ、師匠! 火竜が出たって言ってただろ?オレたちもネクトに行こうぜ!」

「馬鹿野郎。Eランク程度の実力じゃいても意味がねえ。死にに行くのと一緒だ」

「でも、シェリーの魔法ならチャンスはあるんじゃないか?もしかしたら火竜を倒して町を救った英雄になれるかもしれないぜ!」


 ハルトの語った”英雄”という単語。その単語はワロウにとって非常に印象的なものだった。


(英雄...か。あいつらを思い出すな...)

(今頃、何をやってるんだろうか)


 かつてワロウとともに冒険をしていたかつてのパーティメンバー。彼らは災害級と呼ばれるAランクの中でも上位の魔物を倒したという。そして彼らは英雄となったのだ。その噂は遠く離れた地にいるワロウにも届いていた。


「あー、英雄っすか。いい響きっすね。まあ、師匠の言う通り俺達じゃ無理だと思うっすけど」

「おいこら、何諦めてんだ! お前、どっちの味方だよ!」

「あた、あたたた! 髪の毛を引っ張るんじゃないっす!」


 ハルトとダッドが喧嘩を始めたが、そんなことも気づかないほどワロウは深く思考の海をさまよっていた。


(火竜...か。あいつらが倒した魔物に比べりゃ大したことは無いが...)

(今のオレじゃどうしようもできない。行っても無駄だろうしな)


 ハルトにも言ったが、今のワロウたちがネクトに行ったところでできることはほとんど何もない。今の実力でBランクの魔物相手など、数秒時間を稼げればいい方だろう。行っても無駄死にするだけだ。


(...やっぱり俺はお前たちのようにはなれないみたいだな。リーダー)


 かつてのパーティのリーダー。いつもニコニコしていてどちらかと言えば優男だった彼だが、その判断力と剣の腕前は確かだった。そしてワロウもそんな彼のことを尊敬していた。頼れるリーダーだと。


“君には君にしかできないことがある。それをやればいいんだ。無理をする必要なんてないんだよ”


 その時、ワロウの頭の中にふと彼が話した台詞が浮かんだ。ワロウが他のメンバーとの実力差に悩んでいた時に言われたことだ。その当時は何を言っているんだと思っていた。戦闘に参加できないで何がパーティメンバーなのかと。


 だが、今になって思い返してみると、その言葉はすっとワロウの心の中に納まった。


(オレにしかできないこと...か)

(今の実力じゃ火竜は倒せない...だったらオレはオレのやり方でやるだけだ)


 この話を聞いたときから、ワロウには一つ当てがあった。今回の相手は火竜だ。ならば、きっと”あの依頼”が出るだろう。だから先読みして今のうちに動き出してもいい。ただ、もちろん依頼が出ない可能性もあり、その場合は骨折り損になってしまう。動くべきか動かざるべきか、ワロウは悩んでいた。


 だが、リーダーのかつての言葉がワロウの背を押してくれた。そうだ。今はやれることをやるしかない。ワロウにしかできないことを。例え無駄になったとしても。


「よし、今日は依頼は受けん。他のことをやる」

「お! ネクトに行くんだな!」

「さっき無理だって言っただろうが。ネクトには行かねえよ」

「じゃあ、何をやるんすか?」


 そこでワロウはニヤリと笑みを浮かべると、自信満々に言い切った。


「...ネクトの町を救いに行くのさ。興味あるだろ?」


 それを聞いた3人はワロウの言葉が理解できなかったのかポカンとした顔をしてお互いを見つめあったのであった。

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