第31話 依頼完了

「実は依頼でフォレストボアを狩ったんだ」

「ああ、ゴゴットの依頼だろう。それがどうしたんだ」

「ちょっと食材の納品をしたくてな」

「........受付が混んでるからここで納品したいと?」

「ま、そういうこったな。大蜘蛛の情報に免じて何とか頼むぜ、ギルドマスター様」


 ワロウが頭を下げながら頼み込むと、最初は渋い顔をしていたボルドーだったが、大蜘蛛の情報提供ということを前に出されると断りにくいようで、仕方がないといった表情で了承してくれた。


「ギルド長室を納品部屋みたいに扱いやがって...仕方ない、今回だけだぞ?」

「おお、ありがてえ。流石は我らがギルドマスターだ。懐が深いねえ! 」

「世辞はいらん。物はどこだ?」


 ワロウは背負っていた背嚢を下ろし、後ろに立っていた3人にも背嚢の中身を出すように言った。ボルドーが適当な布を持ってきたのでその上に今回の戦果を乗せてゆくと肉塊の山が出来上がった。


「結構な量だな。大きかったか?」

「ああ、そこそこでかかったぜ。...いくらぐらいになる?」

「この肉の量だと...金貨20枚くらいだな。正式な査定は後で出すが」

「おお、結構いい値段になったすね! 」

「結構大きかったんだし、もうちょっと高いと思ってた...」


 ダッドは見積額に喜んでいるが、ハルトは若干残念そうだ。思っていたほどの額にはならなかったらしい。確かに蜘蛛で死にかけたことを含めると確かに少々物足りないような簡易はある。


「牙はないのか?あれだけで金貨3枚はするが」

「ああ、討伐するときに魔法でふっ飛ばしちまったんだ」

「す、すみませんでした...」

「謝るなって。胴体狙って肉の方をふっ飛ばすわけにはいかねえからな」


 シェリーが申し訳なさそうな顔をしているが、ワロウの言う通り胴体の方をふっ飛ばしていたら依頼失敗になってしまう。魔法以外の討伐手段がない今のパーティでは頭をふっ飛ばすのが最善の討伐方法だろう。


「じゃあ、依頼達成証を発行できるか?」

「ああ、ちょっと待ってろ。取ってくる」


 依頼達成証はギルド以外の依頼主の場合、その依頼が達成されたことを示す証明書のことである。これを持っていけば達成したとわかるので、依頼主から報酬を受け取れるといった仕組みになっている。


 部屋を出ていったボルドーはすぐに戻ってきた。手には達成証が握られている。


「ほら、これでいいだろう」

「ありがとよ。これでうまい飯を食えるぜ」

「...成程な。腹が減ってたというわけか。だから急いで納品したがったんだな?」

「そういうことだ。さて、こいつらの腹の方も限界なんでね。行かせてもらうぜ」

「ああ、行くのは構わないが、次はきちんと受付で納品しろよ」


 ボルドーの苦言を聞こえないふりをしながら、軽く手を振りワロウは部屋を出て行った。

 3人も軽くボルドーに頭を下げると、ワロウの後ろへ着いていった。


「...うまくいっているようだな」


 ワロウたちが部屋を去った後、誰もいなくなった部屋の中でボルドーはポツリとつぶやいた。この2週間ワロウたちが何回か依頼を受けていること自体は知っていたが、実際に会話したのは実は一番最初の依頼のゴブリン退治以来だったのだ。

 今日話してみた感じでは順調に進んでいるようだったのでボルドーも一安心したのである。


「さて...書類仕事を片付けるか...む、夜の森に立ち入り禁止の掲示もしないといかんのか..」


 頑張って書類を片付けているボルドーだったが、厄介事は後からどんどんやってくるものである。また一つ仕事が増えてしまったボルドーは天を見上げた。


「これじゃあ、いつまでたっても仕事が減らんぞ...やれやれ...」


 ため息をついてみても机の書類の山が減ることはない。今宵のボルドーの書類との格闘はしばらく続きそうだった。


 その頃、ワロウたちはゴゴットの店についていた。相変わらず店の中は冒険者達で混雑している。


「うわぁ...結構混んでるな。席、空いてるのか?」

「...微妙だな。おい! ゴゴット! ちょっといいか?」


 席は相変わらずほぼ満席のようだ。ワロウはとりあえずゴゴットに依頼の完了について報告することにした。が、ゴゴットの方も料理で忙しそうである。


「おう、なんだ! 今、忙しいんだけどよ! 」

「悪い、悪い。今日フォレストボアの依頼出してただろ?今しがた完了したぜ」

「なに?お前らが受けてくれたのか...ちょっと待ってろ。これだけ作っちまうからよ」


 そういうとゴゴットは持っていた大なべの中身を豪快にかき混ぜる。すると、そのかき回す動作によってかはわからないが、芳醇な香りが漂ってきて元々腹ペコだったワロウたちの腹を刺激した。


「ぐぐぐ...早く飯を食いたいっす...腹減りすぎてどうにかなりそうっす...」

「腹減った...飯...飯...」

「幽鬼みたいな声出すんじゃねえよ。もう少しでありつけるから待て」


 ダッドとハルトが空腹に苦しんでいる間に、ゴゴットは素早く料理を作り終えたようでこちらへと話しかけてきた。


「今日出して今日に納品されるとは思ってなかったぜ。どうだったよ?フォレストボアは」

「結構な大きさの奴にあってな。金貨20枚は行くってボルドーが言ってたぜ」

「金貨20枚か...中々の大物に当たったみてえだな...よし! じゃあなんかうまいモンでも食わせてやるよ。依頼達成のお礼だ!」

「やったぁ!! うまいモンだってよ!!」

「そいつぁ楽しみだ。ほら、こいつが達成証だ」


 ワロウはそういうとゴゴットに先ほどギルドでもらった達成証を手渡した。ゴゴットはそれを一瞥するとそのままカウンターの奥へと放り投げた。


「おいおい、いいのかよ?もうちょっと丁寧に確認しろよ」

「いい、いい。お前が嘘をつくとは思っとらん。ちなみに今肉は持ってるか?」

「え?ど、どういうことっすか?」

「うん?フォレストボアは高級食材だぞ?それで何か作ってやろうってことだ」

「えー!! もう納品してきちゃったぞ!」


 ゴゴットの言ううまいモンとはフォレストボアの肉を使った料理のことだったようだ。当然ついさっきギルドに納品してしまったばかりであり、肉など当然残っていない。


 ハルトの悲鳴のような声を聞いて、ゴゴットは若干申し訳なさそうな表情になった。


「ああ、いや...別になくても構わないぜ?普通の料理だったら出せるから、好きなモン頼んでくれや」

「うう...うまいモンがぁ...」


 なんでも好きなものを頼めと言ってくれたゴゴットであったが、ハルトの頭の中は食べるはずだったうまいモンで埋め尽くされていたようで、限りなく落ち込んでいる。

 そんなやり取りを見ていたワロウは仕方がなさそうに自分の背嚢からあるものを取り出した。


「やれやれ...仕方ねえな。ほらよ、肉はこれを使ってくれ」


 実はさっきギルドで納品するときに一部を残しておいたのである。本当は自分で干し肉に加工して非常食にする予定だったのだが、今回は仕方がない。


「おお、流石だなワロウ! ...助かったぜ。あんなに落ち込むとは思わなかったからよ...」

「飯の恨みは恐ろしいからな。存分に感謝してくれ」

「...そう言われると一気に感謝する気が失せてくるな。まあいい。ちょっと待っとけ。すぐにコレを使ってうまいモン、作ってやるぜ」

「マジか! やったぜ!」

「何でもいいから早く食べたいっす~」


 その後は、ゴゴットがいくつも料理を運んできて、あっという間に豪華な食卓が出来上がった。3人は空腹だったこともあり、大はしゃぎしている。

 運ばれてきた料理の中でもフォレストボアの肉を使った料理は、舌にのせた瞬間に溶けてなくなってしまうような食感や、その圧倒的な肉の旨味が活かされておりまさに絶品だった。


 周りの冒険者たちは大層うらやましがった。が、そもそもそこまで肉の量があるわけではない。そこでゴゴットがすかさずに”明日にはフォレストボアの肉が大量に入る予定だ”と伝えると大騒ぎになった。


 こうなれば、明日はフォレストボアの肉を求めに大量の冒険者たちが押し寄せることは間違いなさそうだ。こういう機会を逃さない辺り、ゴゴットも抜け目のない男である。


 それでゴゴットからその情報を聞いた冒険者達は明日にはごちそうが食えるとわかったっこともあって、テンションが天井知らずに上がっていった。こうなれば飲めや歌えやの大騒ぎである

 ワロウたちはそんな彼らに巻き込まれながらも、めったに食べることができない高級食品の料理に舌鼓を打ちながら、その日の夜を過ごしていったのであった。

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