第29話 一難去ってまた一難
しばらくフォレストボアを倒した余韻に浸っていた4人だったが、何かを思い出したのかワロウは胴体だけになったフォレストボアの辺りをうろうろと歩き回り始めた。それを不思議に思ったのかダッドもそばに来て辺りを見渡し始めた。
「なんか探してるんすか?さっきからこの辺うろうろしてるっすけど...」
「ああ、ちょっとな...ん?もしかしてこれか...?」
ワロウはフォレストボアの近くの茂みに白いかけらが落ちているのを見つけた。
手に取りすこし調べてみると、それは爆発の衝撃でバラバラになってしまったフォレストボアの体の一部のようだった。
一応探していたものは見つかったもののこのようにバラバラになってしまっては価値はほぼないと言ってもいいだろう。ワロウが残念そうな顔をしているとそれを不思議に思ったのかダッドが疑問を投げかけた。
「どうしたっすか?なんかがっかりしてるみたいっすけど...」
「ああ...ほら、これだ。フォレストボアの牙の一部だ。そこそこいい値段で売れるんだがな...どうやら爆発でバラバラになっちまったみたいだ。まあふっ飛ばしちまったもんはしかたねえ」
その会話を聞いていたシェリーが申し訳なさそうな顔になる。
「そ、そうでしたか...顔面に当てない方がよかったですか...?」
「いや、胴体に当てて肝心の食材の方が吹っ飛んじまったほうが困るからな。これでいいさ」
そういうとワロウは、頭を失ったフォレストボアの胴体を持ち上げようとした。が、思ったよりも重く持ち上げることができない。いくらこのフォレストボアが大きいとはいえ、頭がない状態でもここまで重いとは思っていなかった。
「ホントにでかいな...中々お目にかかれない大きさだぞ」
「持ち上げてどうするんだ?」
「血抜きをする。どっかに吊り下げたいから手伝ってくれ」
シェリー以外の3人で何とかフォレストボアの胴体を持ち上げると、若干引きずりながら木のそばへと移動させる。そして、足にひもを結びつけ、そのひもを木の枝に引っ掛けて3人がかりで思いっきり引っ張った。
するとフォレストボアの体が少し宙に浮いたが、枝が大きくきしむ音を立ててしなり始めた。折れるかとも思ったが、木の枝は何とか耐えてくれたので、引っ張っていた部分を他の木に結びつけて固定した。
吊るされて宙に浮いているフォレストボアの体からは血がしたたり落ちている。どうやら血抜きはうまくいっているようだ。
重いものを動かしたせいか、疲労がどっと押し寄せてくる。ただでさえ気が抜けなかった戦闘の後なのだ。少しくらい休憩しても罰は当たらないだろう。
しばらく血抜きの様子を見つつ休憩していると、徐々に血の落ちる勢いが落ちてきた。血抜きはもう十分だろう。その時、吊るされたフォレストボアを見ていたハルトがぼそりとつぶやいた。
「これ、持って帰んないといけないんだよな?」
「当然だ。食材の納品依頼だからな」
「うげ...これを持って帰るんすか...めちゃキツそうっすね...」
いくら頭から上がないとはいえ、胴体だけでも冒険者3人がかりでようやく引きずりながら運べるほどの重さだ。
これをそのまま持って帰るとなるとかなりの重労働になりそうだし、そもそもいつ魔物が現れるかわからない森の中を担いで歩くというのはさすがに不用心が過ぎるだろう。
「仕方がない。あまりやりたくはねえがここで解体して、いらないところは捨てていくしかねえな。多少ぶった切れば背嚢に入るだろ」
「か、解体っすか...やったことないっすけど大丈夫っすかね?」
「そんな細かく分けるわけじゃねえ。内臓を捨てて、足を落とすくらいだ。ただ、皮がかなり硬いからな...時間はかかるぜ」
「どっちかっていうとにおいの方がキツそうっすけど...」
「それは我慢するしかねえな。...あまりのんびりしてると血の匂いで余計なやつが寄ってくるかもしれん。さっさと解体するぞ」
4人はナイフを使ってフォレストボアの解体を進めていったが、ワロウの予想通り皮が硬くなかなか作業が進まない。そうこうしているうちにいつの間にか昼を過ぎて、もうすぐ夕方になりそうな時間になってしまった。
(まずいな...思ったよりも時間がかかっちまった)
(さっさと戻らないと森狼がでてくるぞ...)
「途中だがこれくらいで切り上げるぞ。さっさと町に戻る」
「えッ...マジっすか。ちょっと休憩はさんだ方がよくないっすか?」
ワロウの言葉に思わずといった様子でダッドが声をあげる。先ほどまでの解体は慣れない作業ということもあり、彼らの体力を大きく消耗させていた。休憩を取りたいというのも十分にわかる。だが、今はそういうわけにはいかなかった。
「いや、あんまりもたもたしてると森狼が出てくる時間になっちまう。その前にさっさと森を抜けないとまずい」
ワロウは少し焦っていた。あまり遅くなると森狼の活動時間になってしまうからである。
ワロウも休憩したいのはやまやまだが、ここで時間を浪費するわけにはいかない。泣く泣く疲労困憊の3人を急かしてフォレストボアの素材を背負うと足早に帰路へとついたのであった。
今までの疲れもあり、帰る途中の森の中では4人とも無言で森の中をひたすら歩いていた。その間にも辺りは徐々にが暗くなり始めていた。
森の中は外よりも数段暗い。生い茂った木々たちの枝葉が光を遮るからだ。ワロウたちが解体を行っていた場所は多少開けていたのでまだ明るく感じていたが、こうして森の中をに入ると辺りはすでにかなり暗い。
辺りは不気味に静まり返っており、自分たちの歩く音以外は何も聞こえない。
後ろからついてきている3人は、この森の不気味な状態を目の当たりにして少し動揺しているようだった。辺りを警戒しているのかこころなしか歩くペースも落ちているようだ。
「お、おい...大丈夫か...?結構暗くなってきたけど...」
「森の中は暗くみえるが、外はそこまで暗くない。時間的にはまだ大丈夫なはずだ。このペースを落とさなければ森狼に出くわすことはないだろう」
ワロウの経験上では、このくらいの時間であればまだ森狼は動き始めていない時間帯のはずだった。実際に魔物の気配は感じないので森狼が動き回ってはいないのだろう。
そんなワロウの言葉に安心したのか、3人の歩みに元気が戻る。ペースも元に戻ったようだ。
そのまましばらく森の中を進み、町まであと半分くらいにまでたどり着いた時だった。
ワロウのすぐ後ろを歩いていたハルトが異変に気付き声を上げた。
「な、なあ。あそこ...何かいないか?」
ハルトが指さす先を見ると、確かに森の木々の間に何かが動く様子が見える。
よく目を凝らしてみると、それは赤がかった体色をした何かのようだ。
「....よく気づいたな。もしかしたら魔物かもしれん。少し避けていこう」
(もしかして...いや、まさかな)
ワロウの記憶が正しければ森の中で赤色の魔物というのは今まで見たことも聞いたこともなかった。そんな魔物はいないはずなのである。
だが、ワロウには一つだけ心当たりがあった。ベルンのパーティメンバーを噛んだあの変異種の赤い大蜘蛛である。まだ討伐されておらず、毒も通常のものではなく非常に危険なためギルドでは要注意事項として掲示板に情報が載っている。
ただ、ベルン達が遭遇してからは、一回も発見情報が出てこなかったため、ディントンの冒険者たちの間ではどこか違う狩場へと移動したのだろうと考えられていた。
ワロウもまさかそれはないだろうとは思っていたが、念のためその怪しい何かを避けていこうと道を外れて横に行こうとしたその瞬間、こちらの物音に気づいたかのようにその赤い物体木々をかき分けこちらに迫ってきた。
「う、うわあああ!!こっちに来たぞ!!!」
「ど、どうするっすか!?」
「落ち着け馬鹿野郎...! 大声上げると他の魔物が寄ってくるぞ...!とりあえず盾を構えておけ!」
4人が態勢を整える間もなくその赤い物体は目の前に姿を現した。
森の木々の間からぬっと現れたその姿はまごうことなき赤い大蜘蛛であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます