第26話 宴
幸いなことに目的の店はギルドのすぐ近くにあり、さほど時間もかからずに到着した。
”ゴゴット食堂”という名前の看板を掲げたその店はそこまで大きな建物ではないものの、外からでも中の喧騒が聞こえるほど繁盛している様子だった。
「よお、ゴゴット。...席、空いてるか?」
「お、話題の男がおいでなすったぞ。みんな、わりいがテーブルを一つ開けてやってくれ!」
ワロウが店の奥で料理を作っていた店の主人のゴゴットに声をかけると、ゴゴットは席を開けるよう周りの冒険者に促してくれた。ゴゴットの要請に従って周りの冒険者たちが他のテーブルに移動したりして一つのテーブルがあっという間に空いた。
「よく来たな。後ろの3人が例の駆け出しか」
「おいおい、もうお前まで知ってんのかよ...」
「おうよ。今や時の人だぜ。...で、注文は?食いながら今日の話でも聞かせてくれや。初めて依頼を受けたんだろ?」
「ああ、まあな。...とりあえずこれで適当にうまそうなやつを出してくれ」
そういうとワロウは3人に見えないようにこっそりとボルドーから受け取った2枚の金貨をゴゴットに渡した。ゴゴットはそれを見ると少し目を見開いて驚いたようだった。
「おいおい、こいつぁ太っ腹だな。どれだけ食う気なんだ?」
金貨は1枚で銀貨10枚程度の価値がある。ゴゴットの店は冒険者用の店のため、安くて量が多い料理が多く、高いものでも銀貨2枚はしない。金貨2枚も出したら到底4人で食べきれない量の料理ができてしまうのだ。
「我らがギルドマスターのおごりだ。...余った分は席を譲ってくれた奴らの酒代にでもしてくれ」
「ふうん?期待されてるみたいだな。...おい、さっき席をどいた奴ら! ワロウが席代の酒をおごってやるってよ!」
「お、マジか!」
「今日はやけに太っ腹じゃねえか、ワロウ!」
「“今日は”は余計だ。黙って飲みやがれ」
おごりで酒が飲めると聞いて、席を譲った冒険者たちのテンションは一気に上がったようだ。そのままの勢いでワロウの周りに集まって宴会を始めてしまった。周りの冒険者の勢いについていけず、駆け出し3人組はやや取り残されたようになってしまっている。
「おら、ちょっとどけどけ。料理が運べねえだろうが」
そこに、冒険者達の中をかきわけるようにしてゴゴットが料理をもってやってきた。
「おいおい、やけに早いじゃねえか。料理してる時間あったか?」
「とりあえず、残り物を集めてきた。ほら、お前ら腹減ってんだろ?食いな食いな」
ゴゴットはそういうと、3人組の前に料理を置いた。取り急ぎ残り物をまとめてくれたらしい。こちらが空腹で限界だったのを察して気を利かせてくれたのだろう。おいしそうなにおいを放つその料理に3人の視線は釘付けになってしまった。
「あ、ありがとっす! 腹減って死にそうだったっす...」
「よっしゃー! 飯だ飯だ!うおおおお!!」
早速その料理をがっつこうと、ハルトが食器を持って構える。その気迫たるや、ゴブリンを相手にしていた時よりもやる気は上かもしれない。が、そんなハルトをワロウは手で制したのであった。
「おっと、ちょっと待て。ゴゴット、こいつらに何か飲み物を用意してやってくれ。オレはエールで頼む」
「ああ、そうか。わかった。適当に持ってくるぜ」
「ええっー!まだ待つのかよ!」
「まあ、少しだけ待てよ...ほら、もう持ってくるぞ」
ワロウの言う通り、ゴゴットはすぐに飲み物を用意して持ってきてくれた。ワロウにはエールを、3人には果実水を持ってきてくれたようだ。
ワロウは持ってきてもらったエールの入った杯を持つと、3人の前に掲げた。その様子を見て彼らも何をするかすぐにわかったようで同じように自分たちの杯を前に掲げる。周りの冒険者たちもそれに合わせて次々と自分の杯を前に突き出した。
「ディントンの町の新たな冒険者に...乾杯!」
「「乾杯!」」
その後は飲めや歌えやの大騒ぎとなった。
新しく外から入ってきた新米冒険者に興味津々なのか、店にいた冒険者たちは酒の勢いもあって次々と3人に話しかけてきた。最初は、見知らぬ冒険者たちに戸惑っていた3人もガンガン話しかけてくれるのですぐに打ち解けることができたようだ。
(どうやら他の冒険者とも仲良くやっていけそうだな)
ワロウは3人が楽しそうに他の冒険者たちと話しているのを眺めながらエールを口にしていると、その横にゴゴットがどこからか椅子を持ってきて座ってきた。手にはしっかりとエールの入った杯が握られている。自分用のエールらしい。
「おいおい、仕事中だろ?エールなんか飲んでていいのか?」
ワロウがからかい気味にケチをつけると、ゴゴットは軽く眉を寄せて言い放った。
「あん?そんなこと気にする奴はここにはいねえよ。お前含めて、な」
「ふん...まあな。...で、何の用だ?」
ワロウがそう聞くと、ゴゴットは困ったように頭を掻いた。なにか言い出しにくいことでもあるのだろうか。
「いや、用って程のことでもねえんだが...お前、ギルドの職員になるんだろ?」
「まだわからねえぜ。試験に受かるとは限らないからな」
「どうせ受からなくても薬師かなんかでギルドには所属することになるぜ。多分。ボルドーはお前を手放したがらないだろうからな」
意外と言っては失礼かもしれないが、ゴゴットは鋭かった。実際、全く同じ会話が前に行われたばかりである。
「で、それがどうしたんだ?」
「いやあ...お前がこの町に残ることをついに決めたかと思ってよ」
「なんだそりゃ。今まで出ていこうとしたことなんかないぜ」
「そうか?ボルドーが前言ってたぜ。”あいつはディントンにいたくているわけじゃない。いつ外に出て行ってもおかしくない”ってな」
「ボルドーが?...そうか」
今まで町を出ていこうとした素振りを見せたことはないし、自分でも出ていこうと思ったこともない。だが、ボルドーから見るとワロウはディントンから出たがっていたように感じたようだ。
ワロウも自分が気が付かないうちにそういう行動をとっていたのだろうか。そこからボルドーはワロウの冒険者への未練を感じ取ったのかもしれない。
(鋭い奴だ。オレ自身でも冒険への未練は気づいていなかったのにな)
(いや、違うか。気づいていなかったんじゃない。忘れようとしてたっていうのが正しいか)
だが、もうその未練は断ち切った。新たな人生をギルドの職員として過ごそうと決めたのだ。その未練が戻ることはないだろう。...今のところは。
(もっとオレが強かったら...あいつらと一緒に冒険して、世界中を旅してたんだろうか)
(そして、英雄として称えられていたんだろうか)
ワロウのかつての仲間たちはある災害級と呼ばれるAランクの中でも上位の魔物を倒して、英雄となったらしい。才能があったのだろう。
その功績は大きく、はるか遠くの地のディントンでもその噂は耳に入ってきた。彼らと一緒にいればその英雄の仲間入りを果たしていたのかもしれない。
(...可能性の話をしても仕方ない。今は目の前のことに集中しろ)
「おい、どうしたよ。いきなり考えこんじまって」
「ああ、いや...何でもない。それよりも職員になったら、ここに来ることも多くなると思うからよろしく頼むぜ」
「ああ、ここが一番ギルドから近いからな。うまいもん食わせてやるよ。楽しみにしておけ」
そう言って、ゴゴットが自分の杯をワロウの前に差し出すと、ワロウも自分の杯をゴゴットの杯に軽くぶつけた。
その後も二人は談笑しつつ、ときおり他の冒険者も交えながら話に花を咲かせるのであった。そして、気が付くとかなりの時間がたっていたようで、店の時計を見るとすでに深夜といっていい時刻になっていた。辺りには調子に乗って飲みすぎたせいか何人か床で寝ている冒険者もいる。
(おっと、もうこんな時間か...あいつらはどうした?)
ワロウが最初に座っていた辺りをみると、3人とも疲労からか眠りこけてしまったようで3人ともつけに突っ伏して寝息を立てていた。ここで眠らせておくわけにもいかないので3人を揺さぶって起こす。
「おい、起きろ」
「う、うーん...ここは...」
「まだ店の中だ。寝るんなら宿に帰ってから寝ろよ」
「うぐぐぐ...帰るのが...面倒っす...」
「気持ちはわからんでもないが、ここで寝るのはダメだ。ほら、さっさと覚悟きめて起きろ」
「し、仕方ねぇな...よっこらせっと...おいシェリー起きろ起きろ。宿に戻るぞ」
「...ううん...こ、ここは...」
最後まで起きていなかったシェリーもようやく目を覚ましたようである。
3人全員目が覚めたことを確認したワロウはさっさと引き上げることにした。このままゆっくりしているとまた誰かが眠りだしそうだ。
「全員目が覚めたか?ほら、帰るぞ。...ゴゴット今日はありがとな。楽しかったぜ」
「おうよ。また来てくれ。...今度はボルドーもつれてきたらどうだ?」
「こいつらがびびっちまうだろ。まあ、ボルドーはまた今度連れてくるさ。じゃあな」
ワロウはゴゴットに挨拶すると店の外へでた。後ろに3人もちゃんとついてきている。
...が、シェリーは立ったまま若干うとうとしており、眠るのも時間の問題のようだ。まあ、残りの二人がついているので宿まで帰るのはおそらく問題は無いだろう。
「で、お前らはどっち方向なんだ?オレはここを右に曲がっていくが」
「あー...俺達は...左っすね。多分」
「そうか。じゃあここでお別れだな。明日は...昼の後でいいか。午後一でギルドの前に集合な。依頼じゃなくて採取をメインにやる」
「わかった。明日の午後だな。...なあ師匠」
「ん?なんだ」
「今日はありがとな。師匠のおかげで何とかこの町でもやっていけそうだ」
「そうっすね。さっきの人たちとも仲良くなれたっすからね」
「...そうか。そいつぁよかったな」
ワロウはそっぽを向きながら答えた。
面と向かってお礼を言われたのが照れ臭いのである。
「あ、照れてるな、師匠」
「うるせぇ。さっさと帰れ」
「怒らないでくださいっすよー」
そんなことを言い合いつつ4人はそれぞれ自分の棲み処へと戻ったのであった。
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