第24話 初依頼を終えて

 戦闘の後、ハルトが興奮した様子で話しかけてきた。ワロウが提案したこの閃光による目くらまし作戦によってあまりにも簡単にゴブリンに勝つことができたため、この戦い方は非常に強烈な印象を彼に残したようだ。


「なあ、師匠。なんであいつら目が見えなくなったんだ?」

「ああ...たいていの生き物はいきなり明るすぎる光を受けると一時的にだが目が見えなくなるんだ。もちろんオレらも閃光を喰らったら目が見えなくなっちまうから、シェリーが光玉の魔法を使うときには目をつぶったってわけだ」


 ワロウが閃光に関する知識を披露すると、ダッドは目を丸くしながら驚いた様子だった。この世界で閃光など喰らう機会はほぼ皆無なので、その反応も当然だろう。


「へえ...そうなんすねえ。全く知らなかったっす。どこでそんなの知ったんすか?」

「昔、魔物に追いかけられてるときに閃光系の罠にひっかかったことがあってな。その時は目が見えなくなって死んだと思ったが、追いかけてきた魔物の方も閃光くらってて何とか助かったんだ」


 ワロウのパーティでの思い出の一つである。ある遺跡に潜ってお宝を探していた時に強力な魔物に見つかって、命からがら逃げ出している最中に先頭を走っていたメンバーが罠を踏み抜いたのだ。

 今となってはいい思い出で済むが、当時は生きた心地がしなかった。


「成程...経験ってやつっすね。偶然とはいえ運がよかったすね」

「昔から運はいい方なのさ。そのおかげで何度か死にかけたがいまだに生き残れてる」

「へえ。ちょっと興味あるっす。その話」

「死にかけた話か?ついこの前も森狼に追いかけれられて死にかけてたぜ。あれはホントにヤバかったな...」


 二人と昔ワロウが死にかけたときの話をしていると、視界の隅でシェリーが地面に座り込んでしまったのに気づいた。慌てて近くによってみるとあまり顔色がよくないようだ。どうしたのだろうか。


「おい、大丈夫か?顔色がよくねえが...ケガでもしたか?」

「あ、い、いえ...す、すみません...さっきの魔法で思ったより魔力を消耗しちゃったみたいで...」


 どうやら顔色が悪かったのは光玉の魔法に魔力を使いすぎたためのようだ。攻撃する魔法ではなかったが意外と魔力を消耗してしまったらしい。


「厳しそうならここで休憩するが?」

「あ、いえ...大丈夫です。いざとなったら奥の手もありますから...」


 奥の手とはなんだろうか。すこし気になったワロウだったが、他人の奥の手を聞くのは冒険者としてマナー違反である。わざわざ無理して聞くほどのことでもないかと思い直し、

先ほどの閃光の魔法について思案を巡らせた。


(...意外と魔力を食うんだな。いい戦法だと思ったが...それだと微妙か)


 思いっきり魔力を込めた光玉の魔法はワロウの想像以上に魔力を消耗するものだったらしい。少なくともシェリーが二発目を使うのは難しそうだ。

 閃光が効く相手ならばかなり有力な戦法だと思っていたのだが、一回で魔力切れではなかなか使いどころが難しい。世の中そううまくはいかないようである。


「でも、魔力消費を気にしなかったら滅茶苦茶強い魔物にも勝てるんじゃないか?」

「そうっすね。格上相手に勝てるかもって考えるとわくわくしてきたっす!」


 二人は、大して苦労もせずゴブリンたちを倒せてしまったことが記憶に残っているようで、魔力消費のことはそこまで気になっていないようだ。それどころか、閃光が効けばより上のランクの魔物も倒せるのではと期待しているらしい。


「やめとけ、やめとけ。閃光が効かない相手もいるし、目が見えない間ずっと暴れて逆に危険な場合もある。絶対の戦い方なんてあるわけねえんだから、あまり一つの戦法に固執するんじゃねえよ」

「確かにずっと暴れられたら近づけないっすねえ。...諦めるっす」

「ちぇー。いい案だと思ったのによ」


 二人を説得したところでワロウは草原を見渡したが、もう近くにゴブリンの群れはいないようであった。シェリーの調子もあまり良くなさそうなので、ゴブリン討伐はそこまでとして町に引き上げることにした。


「そろそろ町に戻るか」

「えー!?まだ10体しか倒せてないぞ?」

「流石にまだ稼ぎたいっすよ、師匠!」


 ワロウの言葉に不満そうなハルトとダッド。ゴブリン10匹ということは銀貨10

枚程度しか稼げていないということだ。彼らが不満に思うのも仕方がないかもしれない。


「そもそもこっちの草原の方はそんなに魔物がいねえんだ。ゴブリンの群れを二つ見つけただけでも幸運な方だぜ。今からこれ以上探すとなると日が暮れちまうぞ」


 辺りはまだ明るいが、町を出てからかなり時間は経っている。森とは違って草原では夜でもそこまで強い魔物は出ないが、夜という視界が悪い中で戦闘を行えば万が一やられてしまうという可能性もある。

 帰りの時間も考えるとここでさらにゴブリンの群れを探すのはあまり得策ではないとワロウは判断したのであった。


「それに昼飯食ってねえだろ?もういい加減腹減ってるんじゃねえか?」

「う...言われたら猛烈に腹が減ってきたぞ」

「昼飯のことすっかり忘れてたっす。腹減ったっすねー」

「わ、私も今日は帰って休みたいです...」


 今回のゴブリン退治では、朝からなにも食べずにぶっ通しで動き続けてきたので腹が減るというのは至極当然である。まあ、冒険者が依頼を受けるときに荷物を減らすのと食事にかける時間を減らすために飯を抜くといったことはよくあるのだが。


 今まで緊張し続けていたのかハルトとダッドは、ワロウに言われて初めて自分たちが思っていたよりも空腹だったことに気づいたらしい。口々に腹が減ったと言い始めた。

 シェリーの方は空腹もあるだろうが、疲労の方が体に堪えているようである。もともと駆け出し3人組の中で最も体力がないのに加え、先ほどの魔力消費がとどめをさしたようだ。


「ほら、お前らも結構限界だろ?今日はもう町に帰った方がいい。報酬に関しては帰りに薬草の取り方教えてやるから、それで少しは稼げるだろ」

「おっ!この採取セットを使う時が来たっすね」

「よっしゃ、いっちょたくさん取って稼ぐぜ! 今日は初依頼だしいいもの食いたいからな!」

「ほ、ほどほどに頑張ります...」


 その後、4人は町へと戻るのであった。帰り道では特に魔物とは遭遇しなかったが、

途中採取をはさみつつ帰ったため町に着いたのはもう夕方になっていた。

 町の門を通ろうとすると門番が何か言いたげな目でこちらを見てきたが、それを無視して軽く会釈して黙ったままそのまま門を通って町へと入ってギルドへと向かった。


 ギルドにつくと、そこには依頼を達成し終わった冒険者達でごった返していた。

 受付では職員たちが忙しそうに動き回っているが、順番待ちの冒険者の数はなかなか減っていかない。


「あっちゃー。めっちゃ混んでるっすねえ」

「ちっと時間をミスったな。さて、どうするか...先に飯にするか?」

「あ、ワロウさん! 戻ったら部屋に来てくれってギルドマスターが!」


 先に夕飯の方を済ませてしまおうかとギルドを出ようとしたその時、受付の職員からワロウたちを呼びとめる声が聞こえた。どうやらボルドーがワロウたちを待っていたようだ。

その声は、周囲の冒険者にも聞こえたようで、一気に周りの視線がワロウ達に集まった。


「おい。ワロウだぞ...」

「みたいだな。ということは後ろの連中が今回の生徒ってわけか...」

「見たことねえ顔だな...」

「どうやら、外から来たらしいぜ...」

「なあ、ワロウ。外に行ったんだろ?どうだったんだ?」


 ワロウが指導員になるために試験を受けているということはすっかり彼らの中で知れ渡っているようだった。それだけではなく3人組の素性も若干知られているようである。

 ワロウはやれやれと首を振ると声をかけてきた冒険者達に向かって説明した。


「おいおい、そんな興味津々の目で見られても特に話すほどのことはねえよ。お前らが駆け出しを指導するのと変わんねえからな」

「なんだ。本当か?つまんねえな」


 ワロウが何もなかったというと、それで冒険者達の興味は薄れてしまったらしい。彼らはそれ以上何も聞こうとせず、そのまま散っていった。

 思ったよりあっさり切り抜けられたので少し拍子抜けしたが、結果としてはいろいろ根掘り葉掘り聞かれて面倒なことになるのを避けられたので万々歳である。


 冒険者達から首尾よく逃げられたワロウ達はそのままボルドーに呼び出されたギルド長室へと向かっていったのであった。

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