第6話 骨折り損のくたびれもうけ

「ウーン...アイツツツツ.....どこだここは?」


 ワロウが眠りから覚めると、見覚えのない景色が目の前に広がっていた。もちろん、昨日たどり着いた部屋の中なのだが、寝起きのワロウはまだ頭が回っておらず状況を掴めていなかった。


(...思い出したぞ。そういや、ここを見つけたんだったな...)

(...! すっかり忘れてたが、キール花は無事か?)


 ワロウは慌てて自分の道具袋の中身を漁り始めた。手にそれらしきものが当たったのでそのまま引き抜くとそこには多少傷ついたものの、採取した時と変わらず咲いたままのキール花があった。昨日、森狼に追いかけられる前に入手していたのである。


(あぶねえ、あぶねえ。昨日飛び降りたときに駄目にならなくてよかったぜ)


 改めて一通り辺りを見渡すと、昨日とほとんど変わっていない様子だったが、何か違和感を感じた。何か変化が起こっているのかもしれない。もう一度よく目を凝らしてみると、昨日どうしても開かなかった扉の横の手の模様がうっすらとだが光っていた。


(この手の模様は結局何なんだ?隣の扉と関係してそうだが...)

(もう一度やってみるか)


 ワロウは昨日と同じくもう一度手のマーク部分に手を置いた。すると、手の模様の部分が激しく光り始めた。明らかに昨日とは違う反応である。思わず飛び退くワロウだったが罠の類ではなかったようで、特に攻撃されるようなことは無かった。


『指紋パターン識別中...』

「うおッ...!いきなり声だすんじゃねえよ...!相変わらず意味わかんねえし」

『指紋パターン不一致。指紋パターン不一致』


(どういうこった。何も起こらないみたいだが...)

(どうにかして開かねえかな...)


 昨日との変化があったのはここだけである。何かあるとすればここしかないだろう。そう思ったワロウは諦め悪く、もう一度装置に手を置いてみた。


『指紋パターン不一致。指紋パターン不一致』

『後2回デ防衛プログラムガ作動シマス』

(無理か?...この先は守られてるみたいだな。これ以上は危険か?)


 危険かもしれない、と今までの冒険者としての経験が告げていた。しかし、この状況の中ワロウはやめようとは思わなかった。彼の中の好奇心が未知の場所に対する恐怖を上回っていた。

 普段ならこのような状況になったときは、いくら好奇心があったとしても罠を警戒して、安全第一で動くのがワロウの冒険者としてのスタンスだったのだが、今は不思議と冒険者としての勘が大丈夫であると感じていた。


(何となくだが大丈夫な気がする...今回は勘を信じてみるか)


 ワロウは何回もその部分に手を置いた。するとそれまで何も反応がなかったにも拘わらず急に大きなサイレン音が鳴り始め、赤い光が辺りを照らし点滅し始めた。


「なんだなんだ!?何だってんだ!?」

『指紋パターン不一致。指紋パターン不一致』

『防衛プログラム作動...』

『生体センサー起動シマス...』


 何を言っているのかは相変わらず全く分からない。だが、ワロウはその雰囲気に危険を感じ、サッと荷物を掴むと一目散に出口へと駆け出した。

 急いであちこちに体をぶつけながらも入口に戻ってきたワロウ。だが、彼の目の前には無情にも閉まりきった入口の扉があった。あきらめきれないワロウは勢いそのまま体当たりするが扉はびくともしない。


(チクショウ...!やはり罠か!勘が外れちまった...!)


『生体センサー反応1名。入室許可チップ反応ナシ。侵入者ト判断』

『帝国兵チップ反応ナシ。味方兵力ガ除外サレタト判断』

『機密保持ノタメ自爆シマス...60...59...58』


(仕方ねえ。一か八かだ!)


 少しでも被害を抑えようとワロウは持っていた小盾を構えるとそのまま姿勢を低くしじっと待った。するとその時ドオンと少し遠くからすさまじい音がするのが聞こえてきた。


(...少し遠いな。...もしかしてここらへんには罠がないのか?)


 安心して気を抜きかけたその瞬間、通路の奥の方から轟音が近づいてきた。先ほどの爆発の勢いが入り口付近まで押し寄せてきたようだ。その瞬間に凄まじい衝撃がワロウの体を襲った。


(さっきの爆発の衝撃ががこっちまで来てるだと...!? なんつー威力の罠なんだよ...!)


 咄嗟に盾を構えて衝撃に耐えようとしたが、あまりの威力にワロウは盾ごと吹っ飛ばされてしまった。そのまま扉に頭を打ったワロウはそのまま気絶してしまったのであった。





「......うぐ....クソ、なんつー爆発だよ...」

(この短い期間に何回死にかけるんだオレは)

(凄まじい威力だったな...それにしてもなんで入口の近くには罠がなかったんだろうか)


 ワロウが目を覚ますとそこには爆発によってボロボロになった謎の物体があった。強固であったであろう外壁部分にも大きな穴がいくつも開き、その穴から朝の太陽の光が差し込んできている。

 そのなんとも言えない幻想的な風景にしばらく見とれていたワロウだが、我に返るとそのボロボロになった謎の物体の様子を探ってみることにした。


 昨日は夜でよく見えなかった部分も朝の光を浴びてその容貌がよく見えるようになっている。

 もうすでに爆発によってかなり損傷しているが、入り口だった部分の外装を見ると、昨日ワロウが着地したところと同じように装甲がはがれ中がむき出しになっている。また、その部分から水が浸入したようでその部分は錆が生じボロボロになっていた。


(入口部分で爆発がなかったのはこれのせいか)

(長い年月で罠が劣化してたのかもしれん)

(ん?あれは....)


 ワロウが辺りを見渡してみると奥の方は爆発が直接起きた場所らしく、バラバラになった部品が転がっていた。そのバラバラになった欠片に見覚えがあったワロウは近づいて調べてみることにした。

 手に取ってしげしげと眺めてみると、どうやらそれは昨日開かなかった扉のかけらのようだ。昨日の爆破に巻き込まれて扉自体が粉々になったのであろう。


(あの扉、ぶっ壊れたのか!コイツは幸運だ)


 扉が壊れたとなると、当然気になるのはその扉の先に何があるかである。ワロウは早速壊れた扉が元あった場所へと向かった。

 そこには爆発によって大きな穴が空いた昨日の扉があった。恐る恐る中を覗き込んでみるが、そこは暗く中はよく見えない。昨日の爆発でもその部屋は壊れていないようだ。


(...やけに防御が硬い部屋だな)

(もしかしたら...お宝か?)


 早速ワロウはその大きく開いた穴から部屋の中へと侵入した。部屋の中は完全な暗闇ではなく壊れた扉からや壁の隙間から光が差し込み部屋の中をうすぼんやりと照らしている。よく目を凝らすと部屋の中は紙が散らばっていて謎の機械がところ狭しと並んでいた。


(なんだ...昨日の部屋と変わんねえじゃねえか。お宝の一つくらい置いておけよ)

(うん?あれは...)


 ふとワロウが部屋の中央を見るとそこには大きな机があった。他の周りにある机よりも立派なもので明らかに何かありそうな感じである。机の上を見ると、そこには透明な箱に覆われた一つの腕輪が鎮座していた。


 その腕輪の横にはなにやら紙が置いてあり、謎の文字のようなものと絵が描かれていた。文字の方は全く読めないが、そこにある恐ろしく精密な絵はすぐ横の腕輪そっくりだった。

 ワロウはとりあえず紙の方は置いておいて、腕輪の方を手に取るとしげしげと観察し始めた。


(見た目は普通の腕輪みたいだが...)

(コイツを守ってたわけじゃないのか?)


 他に目当てのものがないか、辺りをゴソゴソと漁ってみたが出てくるのは何が書いてあるかわからない紙と本、そして機械のみであった。これは昨日漁っていた部屋の中で見つけたものとほとんど変わらなそうだ。


(...おいおい、骨折り損のくたびれ儲けってか。何のために死にかけたんだか)

(まあ、キール草は手に入ったしな..最低限の目標は達成できた...か)


 冒険には危険がつきものである。しかもその危険に対していつも十分な利益があるとは限らない。未発見の遺跡を見つけたとしても、大したものがなく空振りに終わったなんて話は星の数ほどあった。


 ワロウは今回の冒険の結果に多少がっかりしながらも、落ち込んでいる場合ではないと帰り道のことを考え始めた。

 早く帰らないとボルドーが心配するだろうし、そもそもノーマンの結婚式にまにあわなくなってしまう。結婚式に間に合わなければ何のためにキール花を採ってきたのかわからない。


(...あきらめて帰るしかないな)

(とりあえずこれだけもらっておくか...)


 ワロウはその腕輪を何の気なしに腕にはめた。

 その瞬間声がどこからか聞こえてきた。


『装着を確認しました』

(...!どこから聞こえた)

『試作機000-1号起動...初期設定を行います』

「どこだ?どこにいやがる!」

『マスター設定を行います。装着したままお待ちください』


 ワロウは辺りを見渡すが人らしき姿は見えない。ふと自分の腕をみるとそこには先ほどはめた腕輪がある。しかし、先ほどと違いその腕輪はうっすら発光していた。


「...お前がしゃべってんのか?」

『マスター設定終了しました。本製品の効果の説明を行いますか?』

「クソ...何言ってんだか全然わからん」

『返答なしのため、説明を行います。本製品は人間に眠る可能性”スキル”を具現化するために開発された装置です。』

(とりあえず外すか...気味悪いしな)


 突然しゃべりだした腕輪を不気味に思い腕輪を外そうとする。

 しかし...


(なにっ!なんで外れねえんだ?)


 その腕輪はぴったりとワロウの腕にはまっており全く抜ける気配がない。


『本製品は安全のため一度装着するとの腕から外れないよう設計されております。もし、外す場合はセキュリティコードを発声してください』


 そのワロウの外そうとする行動に反応したかのように、腕輪が赤く点滅する。慌てて腕輪から手を離すと、腕輪は元に戻った。


(なんなんだ...この腕輪もしかして”呪いの装備”ってやつなのか)

(うわさでしか聞いたことなかったんだがな...つけるのは少し迂闊すぎたか。)


 ワロウが反省している間、腕輪は説明を続ける。


『“スキル”は様々な種類が存在しております。例えば軍艦の操縦から戦闘の指揮、果ては料理、裁縫、魔術、回復術に至るまでスキルは存在します』

『本製品はそのスキルの発現を補助しマスターのありとあらゆる行動を補助するために開発されました』

『次に、スキルの取得方法について説明いたします。スキルを会得するためにはエーテルと呼ばれるエネルギーが必要になります。エーテルはマスターのありとあらゆる行動で手に入れることができます。一般的により困難なことを行えば行うほどエーテルを貯めやすいといわれています。...経験を糧にスキルを得ることができると言った方がわかりやすいでしょうか』

『スキルの取得は本製品AIの私が状況に応じてスキルを取得するオートモードとご自分でスキルを取得するマニュアルモードがございます。どちらのモードにしますか?』


 腕輪は説明し続けているが、ワロウは相変わらず何を言っているのか全く分からない。特に体にも異常が現れる様子はないので、腕輪のことは一旦放置することにした。

 もうこれ以上お宝のようなものは部屋の中にはなさそうだ。ワロウはまた扉の穴を潜り抜けると外へと出た。


(そろそろ時間がまずそうだ。さっさと帰らんとな)


 あまりのんびりしていると結婚式に間に合わなくなってしまう。だが、帰るためには一つ問題があった。昨日落ちてきた崖を登らなければならないのだ。

 上の方を見上げるとその崖の上ははるか彼方のように見える。


「やれやれ、この崖を上るのか。コイツぁ骨が折れそうだ」


『.............返答なしのため、オートモードに設定いたします。このモードは状況に応じて自動的にスキルが取得されますが、現在試作段階中のため、マスターの身に危険が生じる状況などの条件に達さない限りスキルが自動取得されません。また、エーテルの消費を抑えるため必要最小限のスキルのみ習得いたします。スキルに慣れてきましたらマニュアルモードへの移行をおすすめいたします』


「よっと...」


 崖を上り始めたワロウだったが、崖はその見た目に反して意外と上りやすかった。また、ワロウも腐っても冒険者である。そんじょそこらの一般人よりかははるかに身体能力はあった。

 するすると崖を上り終えるとその後は何事もなく森を抜けて町に帰ることができたのであった。

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