第7話 ノーマンの結婚式

 ワロウが森を抜け、町に着くといつもの二人の門番の姿が見えた。

 彼らは険しい顔で何かを話している様子だった。だが、ワロウの姿に気づくとこちらを指さしてあわてた様子で片方の門番のジョーが駆けつけてきた。


「おい、ワロウ無事だったか! 帰ってこないから死んじまったのかと思ったぜ」

「ああ、ちっと森狼の群れに追われてな。撒くのに時間かかったんだ」

「森狼に!?ホントかよ。よく逃げ切れたな」

「運がよかったのさ」


 ワロウがジョーと話しながら門の前まで来ると、そこには顔をしかめたダンの姿があった。何か不機嫌になるようなことがあったのだろうか。そんなことを考えていると、ダンがジョーのことを叱り始めた。


「ジョー。門番が門を離れるんじゃない。なにかあったらどうするんだ」

「ああ、わりいわりい。わが町の英雄ワロウの一大事だったからな。大目に見てくれよ」

「おい、オレを巻き込むんじゃねえ」


 ジョーが手をひらひら振りながら軽く謝る。ジョーに名前を出されたワロウは自分まで説教に巻き込まれてはたまらないと、ジョーに文句を言う。

 だが時すでに遅し。ダンの説教の標的はワロウへと変更されてしまった。


「ワロウ。森に行く前にも無茶するなといっただろう。なんで昨日戻ってこなかったんだ」

「面目ない。いや、別に無茶する予定じゃなかったんだがな...やつらの縄張りが変わったのか見つかって追いかけられたんだ。それから逃げきるのに時間がかかっちまってよ」

「やつら?」

「森狼だよ」

「なんだと?森狼が...」


 森狼の縄張りが変わっていると聞いてダンは顔色を変えた。

 森狼はこの辺ではもっともランクが高い魔物の一つである。その森狼の縄張りが変わり、出没する場所が変わるとなると様々なところに影響が出てくる。

 これはかなりの大事で、ダンが顔色を変えるのも無理はなかった。


「お前が知っている森狼の縄張りが変わってたのか?」

「ああ」

「...ボルドーに伝えておいたほうがいいな」

「元よりそのつもりだ。...それにしても森狼の縄張りが変わるなんて何年ぶりだろうな」

「ここ5,6年は聞いてない。厄介事じゃなければいいが...」


 二人で森狼の件で話し込んでいると、ジョーが割り込んできた。


「おいおい、ここで話してる場合じゃない。ボルドーもノーマンも心配してんだろ?

とりあえずギルドに顔出してさっさと結婚式に向かえよ。きっと今頃お前が死んだかもしれんって思ってるぜ。早いとこ顔を見せて安心させてやれよ」

「...そうだな。ひとっ走り行ってくる」


 ワロウは軽く手を振り、二人に別れを告げるとギルドへと向かった。

 門番の二人は足早に去ってゆくワロウの後ろ姿を見送ったのだった。


 その頃、ギルドの受付では心ここにあらずといった様子のサーシャがボーっとしながら書類の整理をしていた。が、手元からはパラパラと紙が落ちており整理どころか余計な仕事を増やしているようにも見える。


 そこに門から急いでギルドへと向かっていたワロウがギルドの扉から姿を現すと驚きのあまりサーシャの動きが一瞬止まった。そしてワロウの姿を自分の目で確認すると安堵のあまりかプルプルと震えながら動かなくなってしまった。


「お、おい...大丈夫か?どうした急に止まっちまって...ちょいとボルドーに話したいことが...」


ワロウがボルドーへ取り次いでほしいと頼もうとしたところで、サーシャがようやく動き始めた。そして、目から涙をぼろぼろこぼしながらワロウにしがみついてきた。


「ワロウさん...!ワロウさぁん.....!無事だったんですか...!もう私駄目じゃないがどおもっでばじだぁ...」

「後半何言ってんだかよくわからんが、無事だ。....心配かけちまったか」


サーシャの声を聞きつけたのか奥の部屋から扉が壊れそうな勢いで開き、中からボルドーが飛び出してきた。

 そのまま大股でワロウの元にくるとそのままげんこつをワロウの頭に下した。元Bランク冒険者のげんこつの威力はすさまじく一発でワロウは床へと崩れ落ちるのであった。


「ぐおおお......い、いきなり何しやがる....」


 ワロウは抗議の視線を向けるが、それをはるかに上回る怒りの視線を受けて、思わず目をそらす。


「おい、ワロウ。てめえ、こんな時間までどこをほっつき歩いていやがった?」

「む...悪かったって。そんなおっかない顔でにらむなよ。ちっと森狼を撒くのに時間がかかっちまったんだ」


 ワロウが弁解すると、それまで怒りの表情を浮かべていたボルドーは怪訝そうな顔になった。


「なんだと?縄張りじゃなかったんじゃないのか?」

「いや、どうやら縄張りが変わったかもしれん」


 その言葉を聞くと、ボルドーは急に難しい顔をして黙り込んでしまった。ダンと同じようなことを考えているのだろう。

 そこでサーシャがそんなこと話してる場合じゃないといわんばかりに割り込んできた。


「ワロウさん!早く結婚式に向かってください!もう終わっちゃいますよ!」

「そうだったな。ボルドー。細かいことは後で相談しようぜ」

「...わかった。早く行ってこい」

「場所はドギーさんの宿の裏です!」

「おお、ありがとよ。いってくるぜ」


 ワロウがギルドを飛び出して急いで会場に駆けつけると、そこではすでに式が始まっていたようで多くの人々が集まっていた。ざっと70~80人くらいはいそうである。見知った顔の冒険者もちらほらとうかがえた。


 式はもう終盤近くのようだ。非常に盛り上がっているようで、ノーマンの周りに人が集まっているのが見える。


(危ない、危ない。何とか間に合ったな)


 ワロウはノーマンの元へと行こうとも思ったが、盛り上がっている輪の中に無理やり割り込んでいくのもあまり気が進まない。とりあえず、贈り物を送る段階になるまでしばらく式を見ていようと、会場のわきの方へ移動しようとした。

 そのとき、ノーマンの周りを囲んでいた若者の一人がワロウに気づいた。


「ワロウさん!戻ったんですか!」

「ちっと遅刻しちまったがな...もう式は終盤だろ?」

「ええ。もうすぐ贈り物を送るころですよ。...おい、みんな! ワロウさんが来たぞ!道をあけてくれ!」


 若者がそう叫ぶと、周囲が一気に騒がしくなる。


「ワロウ?おい、ワロウが来たぞ」

「無事だったのか!おい、ノーマン!ワロウが来たみたいだぞ!」


(おいおい、そんなに叫ばないでもいいだろうよ。...仕方ねえな)


 そもそも式の中心に行こうとは思っていなかったのだが、すでに周囲の人々はワロウのために道を開けてくれていたので、行くしかあるまいと思った。


 人込みの中を進んでゆくとそこには結婚衣装を身にまとったノーマンがいた。近くには新婦の姿も見える。

 新婦の方に軽く頭を下げ、ノーマンに軽く手を挙げながら近づこうとするが、ノーマンはワロウの無事を喜んだほうがいいのか無茶したことを怒った方がいいのかわからなかったようで、何とも言えない表情をした。

 だが、結局怒ることに決めたようでワロウに対して怒りの表情を向けた。


「ワロウ....!心配かけやがって...!無茶すんじゃねえよ!」


 ワロウも自分が心配をかけてしまったことは重々わかっていた。しかも、結婚式当日だ。ずっとワロウのことを気にしながらの結婚式では気が気ではなかっただろう。


「...悪い。心配かけたな。このとおりだ」


 ワロウがノーマンに対して頭を深く下げると、ノーマンの怒りも多少静まったようだ。

 そのまま何があったのか聞いてきたので、ワロウは森狼に追いかけられた話をした。その話を聞くとノーマンは難しい顔をして何かを考え始めた。

 その様子があまりにも先ほどのボルドーにそっくりだったのでワロウはおもわず吹き出してしまった。


「...ッハハハハハ!そんな難しい顔すんじゃねえよ、ノーマン」

「なんだ。失礼な奴だな。人の顔見て急に笑い出しやがって」

「いや、さっきボルドーに話したとき今のお前と全く同じ顔してたからな」

「悪かったな。同じ顔で。...そんなことはどうでもいい。森で厄介事が起こってるかもしれないんだろ?だったら...」

「おっと、そこまでだ」


 ワロウはそこで話を止めた。ノーマンが怪訝そうな顔でこちらを見る。


「お前はもう冒険者じゃないんだ。せっかく結婚したってのにわざわざ危ないことに首つっこむ必要はねえよ」

「危ないこと首突っ込むなって...今のお前だけには言われたくないよ」


 ノーマンがそう突っ込むとワロウは反論できず少しバツの悪そうな顔をした。

 それがおもしろかったのか、ノーマンが笑い始め、それは周囲に広がりその場の人々が笑い始めた。


「おいおい、笑いものは勘弁してくれよ」

「それは自業自得だ。お前が悪い」

「...もう十分に反省してるって...勘弁してくれ。まあ、その代わり死にかけた代償は手に入れたぜ。ほらよ」


 そういうとワロウは無造作に肩にかけていた袋の中に手を突っ込むと一つの花を差し出した。ノーマンの目が懐かしいものを見るかのように細められる。


「...子供の時以来だな。こんな花だったか」

「もうちっと喜べよ。苦労したんだぜ、それ」

「いろいろありすぎて素直に喜べないんだよ...でも...」


 ノーマンは一回そこで言葉を区切り、照れ臭そうに、だがワロウの方をしっかり向いてお礼を言った。


「ありがとよ。最高の贈り物だ」

「...ま、長い付き合いだしな。手ぶらってわけにもいかねえだろ?ほら、早く渡してやれ」


 ワロウもそのお礼の言葉を聞いて照れ臭そうにそっぽを向くと、ノーマンを急かした。

 ノーマンは頷くと新婦の元へと歩み寄り、そのままキール花を手渡した。新婦はそれを受け取りうれしそうに微笑むと、ノーマンと抱き合った。


「二人の新たな門出に盛大な拍手を!」


 ワロウは気づかなかったが、どうやら司会者がいたらしい。

 司会者が拍手を求めると、辺りは一斉に拍手の音に包まれたのであった。

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