第5話 古代遺跡?

「ぐあっ....イツツ...なんとか....生きてるか」


 森狼に追いかけられ谷に飛び込んだワロウ。一か八かの賭けだったが、こうして命があることを考えると、幸運の女神は彼に微笑んでくれたらしい。


(...大きなケガもないみたいだな。本当に幸運だったぜ...)


 体を見渡すと、落ちてくるときに着いた擦り傷はところどころにあり、あちこちが染みて痛みを発しているが、骨折等の大けがはしていなかった。行動にも支障はなさそうだ。

 一通り自分の体の状況を調べ終わると、ワロウは上のほうを見上げた。月明かりに照らされてぼんやりとではあるが、先ほど飛び降りてきた崖が見える。


(登れなくはなさそうだが...今は暗すぎて無理だな)


 辺りはほぼ暗闇で上からの月明かりが入ってくる程度である。崖にはところどころ登れそうなところがあり、上に戻ることは不可能ではなさそうだったが、今は周りが暗すぎて無理そうだ。

 ここで無理に命がけの崖のぼりを決行する必要もないだろう。そこで、とりあえずワロウは先ほどから気になっている足元の物体を調べることにした。


(さてと...コイツは...なんなんだこの柔らかい物体は?)


 普通、あの高さの崖から飛び降りて骨折もせずに、かすり傷だけで済むはずがない。

 ワロウが大したけがもなく助かったのにはもちろんわけがあった。彼が着地したところはなぜか非常に柔らかかったのである。その柔らかい部分がクッションとなったおかげで彼はほぼ無傷で下へとたどり着くことができたのだ。


(暗くてよく見えんな...何か綿のようなものにも見えるが...)


 ワロウは目を凝らしながら足元を確認しようとしたが如何せん暗いのでその物体が何であるのかは全くわからなかった。とりあえず、このまま謎の物体の上にいたままではどうしようもないと思い、その物体から降りることにしたワロウは足元を軽くけって地面へと飛び降りた。


 地面に降りてからその物体を改めて眺めてみると、かなり巨大なものだということが分かった。細かい部分は暗くて見えないが、どうやら人工物のようだ。ワロウがもっとよく調べてみようと近づいたその瞬間、どこからともなく音が聞こえてきた。


『ウィィィィ.....ン 緊急用電源作動... 人体センサー反応感知』

「うおッ!?な、なんだってんだ!?」

『ゲートを開放します』

「なんだ!?なんだよ!?」


 ワロウが突然の物音にうろたえていると、いきなり物体の一部が開いた。その際になにか言葉のようなものを発していたようにも聞き取れたがワロウには理解できない言語だった。

 もしかしたら攻撃されるかもしれないと思い、慌ててその場所から飛びずさるが、特に何も起こらない。どうやらこちらを攻撃するような意思はないようだ。


 ワロウがおそるおそる開いた場所から中を見ると、その中は火があるわけでもないのに明るかった。また、その明かりが周囲に漏れ出ることにより今まで暗くて見えなかった謎の物体全体がうっすらと見えるようになった。


 その全貌は流水型の形状をしており、ワロウの記憶の中だと船と呼ばれる乗り物に近い見た目だった。また、物体の側面からは中空の棒がいくつも飛び出ている。

 それがなんの役目を果たしているのかはさっぱりだったが、そのごつごつした物々しい見た目からしてこの物体は戦いのための乗り物なのかもしれないと思った。


 ワロウが最初柔らかいと感じていた場所は装甲部分が剥がれ落ちた部分のようで緩衝用の部材であろう黄色い綿のようなものがむき出しとなっている。


 謎の物体の全貌を確認したワロウは、今度は開いたその中を更に確認する。中は真っ白な壁があるばかりで特に危険そうなものはない。

 そしてそのまましばらく様子を見ていたが何も起きないことを確認すると、ワロウは慎重に中を伺いながら剣と小盾を構えてゆっくりと侵入していったのであった。


「なんなんだ...これは...もしかして古代文明ってやつか?」


 中を進んでゆくといくつかの部屋があり、その中には謎の装置や、謎の言語が書かれた紙などが大量にあった。今までの人生で見たことも聞いたこともない光景に、もしかしたらこれは古代文明の遺産ではないかという考えが頭に浮かんだ。


 かつて古代文明がありその遺産が各所に眠っている...という話は冒険者なら誰しもが知っていることである。実際にいくつもの遺産が見つかっており、それを発見した冒険者たちは巨万の富を得ていた。


 ワロウももしかしたらそのうちの一人になれるかもしれない。そう思うと興奮と緊張とで自然と歩く足にも力が入る。しかし、いくつか部屋に入って中を漁ってみても、光る謎の物体や謎の機械が大量にあるだけで役立ちそうなものや金目のものがありそうな様子は全くなかった。


 この時ワロウは知らなかったが、古代文明の遺産というもの自体は実は結構見つかっている。ただ、ほとんどはガラクタや今の技術では活用できないものばかりで実際に価値がある遺産というものはかなり少ない。

 遺産で大儲けをした一握りの冒険者がいる一方で、その裏では大した価値のない遺産でがっかりする冒険者が大勢いるのだ。


 もちろん、学者等であれば、そのガラクタからも歴史的な価値を見出せるのかもしれないが、あいにくワロウはそういうものに関しては全くの素人だった。


 だんだん目当てのものがないと気づき始めたワロウはどんどんやる気が下がっていった。そもそも、ここへたどり着くまでずっと森狼に追われていたので体力の限界でもあっため、思わずその場で眠りたくなる誘惑に襲われた。


 だが、まだ見ていない部屋が一つだけ残っていた。その中を見るまでは寝るにも寝れないと思ったワロウは最後の気力を振り絞りその部屋へとたどり着いた。

 最後の部屋にかすかな期待を抱きながらその部屋の扉を開けると、そこには残念ながら今までの部屋とほとんど変わらずよくわからない機械が並んでいるだけのようだった。


(結局、こんなに何かありそうなところに来たってのに何にもねえのかよ...)

(全く持って今日は災難だぜ....ん?あれは...)


 半分諦めかけていたワロウであったが、部屋の奥に新たな扉があるのに気がついた。おそるおそるその扉に近づいてみるとどうやら今までの扉とはだいぶ様子が異なっているようだった。


「これは...?手の形をしているみたいだが...」


 その扉の横の壁には手の形に模様が書いてあった。何かが起こるのかと思いその手の形に添って自分の手を置いてみるが特に反応はない。


 しばらく、ワロウはその扉周りを調べてみたがそれ以外の気になる点はなかった。逆に言うと扉を開く手掛かりになりそうなものはその手の形の模様しかなかったのである。多少強引にでも開けられないかと試しに扉を剣で切りつけてみたが、はじかれるだけで傷つく様子は一切ない。


(どうしようもなさそうだな...やたらと硬いが...何の素材なんだ?)


 辺りの壁や扉などはいずれもつるつるとしていて平らな表面となっていた。

 普通の家に用いられているのは木材か土の壁で表面はつるつるしていないし、硬くもない。

ワロウは今までこのような素材を見たことがなかった。


 しばらくどうにかできないか試行錯誤してみたが、その扉はピクリともしなかった。

 どうやら、何か仕掛けを解除しないと開かないようだが、ワロウにはその仕掛けがどのようなものか検討もつかなかった。


(一回あきらめるしかねえか...そろそろ休まねえとぶっ倒れそうだしな)

(ここなら外よりも安全だろう)


 ここまで気合で動いてきたワロウだが既にいつ倒れてもおかしくないくらい体力の限界に近づいていた。体が限界なせいで頭もうまく回らない。ここは一回休んでからもう一度その扉に挑戦するべきだろうと考えた。


 そうときまればワロウの行動は早かった。おもむろに荷物を枕代わりにして床に倒れこむようにして横になると、限界だったワロウはそれから幾許もしないうちに眠りへと誘われたのであった。


『ウィィィィ....ン』


 ワロウが眠りについてからしばらくした後、周りの機械がうなりを上げ始めた。

しかし、極度の疲労から深い眠りについていた彼が目を覚ます様子はない。


『メイン電源復旧完了...』

『操作開始シテクダサイ...操作開始シテクダサイ...』


 ワロウが眠っている今、その言葉に反応するものはいない。

 部屋には無機質な合成音声が響き渡るのみであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る