第4話 友のために
「そういや...キール花、さっき森で採取してる時に見たかもしれねえ」
「なに?」
「ホ、ホントですか! 」
キール花は昼は花が咲いていないので、非常に地味な見た目をしており普通の草とごとんど区別がつかない。だが、ワロウは長年薬草を採取し続けており、薬草を見つける目には自信があった。
そんな彼の今日の採取の記憶の中にキール花の姿があったことを思い出したのだ。
「まあ、ダメでもともとだ。あったらラッキーくらいで取りに行ってみるぜ」
「夜は森狼が出るぞ。危険すぎる」
「いや、あの辺は奴らの縄張りじゃない。あの辺は昔から夜の採集に使ってるが、一回も出くわしたことはないぜ。行ってこっそり戻ってくるくらいなら問題ないだろう」
ワロウのその言葉を聞いてサーシャは目を輝かせた。依頼が達成できる可能性が出てきたためだろう。その一方でボルドーは眉間にしわを寄せ、深いため息を吐いた。
「...やれやれ、だから依頼に気づかれたくなかったんだ。お前ならそうやって無茶するかもしれんと思ったからな」
「別に無茶じゃないさ。オレがキール花を見かけた場所は森狼の縄張りじゃないって言っただろ?そもそもオレにその依頼に気づかれたくないならこっそり裏にでも隠しておけよ」
「それはできん。正式な依頼だからな」
ボルドーはいかつい見た目とはうって変わって、非常に真面目な男なのだ。ボルドー個人としてはワロウに目を付けられたくなかったようだが、ギルドとしては正式な依頼を誰かの目につかないように隠すわけにはいかないというのは正しい。
それにしても、もう夜だから何も贈り物を用意できないと思っていたところで、夜にしか取れないキール花の採取依頼をノーマンが出しているというのは何とも都合の良いことだった。
というわけで、ワロウは早速その依頼を受けようとするが、その前にボルドーに釘をさされる。
「...ちなみに言っておくがこの依頼はお前に受注資格がないからな」
「なんだと?」
「当たり前だろう。夜の森だぞ。危険なのは森狼だけじゃあない。他の魔物だっているかもしれん。最低でも受注資格はCランク4人以上だ」
冒険者にはランクがあるが、それは個人の強さの目安である。普通、依頼を受けるときはパーティ単位で受けることが多いのだが、パーティの強さというのは個人の冒険者ランクも重要だが人数というのも重要である。例えば今回はCランクの冒険者が少なくとも4人必要といったことになる。
森狼の強さ自体はDランク相当であり、普通の討伐依頼であればDランク4人以上といったところであるが、今回の依頼は護衛が必要になるということで難易度が跳ね上がっている。
「おいおい、正気かよ。この町で受注資格あるやついるのか?」
元々冒険者はDランクで一人前と言われている。Cランク以上ともなるとある程度大きな町にならないといないことも多い。小さな田舎町のディントンにはCランクの冒険者は存在していなかった。
「そもそも今ここにいる冒険者にやらせようとしたわけじゃあない。ノーマンも運良く高ランクパーティがいれば...ってことで依頼をしたんだ」
確かにディントンの町のギルドに高ランク冒険者は所属していないが、高ランク冒険者が町に来ることはある。それは、護衛依頼であったり、帰郷のためであったり、羽を伸ばしに来たり...理由は様々ではあるがノーマンはそのような冒険者たちをを狙って依頼をしていたのだろう。
「わかった、わかった。仕方ねえな。受注はあきらめるよ」
「うう...やっぱりだめかぁ...ノーマンさん喜ぶと思ったのにぃ...」
「サーシャ、お前は止める側だからな?わかってるのか?」
がっかりした様子のサーシャに対してボルドーがそれを諌める。それを横目にワロウはもうこれ以上は用はないと言わんばかりに、持ってきた薬草袋をまたかついでさっさとギルドから出て行ってしまった。その後ろ姿を見ながらボルドーは渋い顔をしていた。
「ったく...結局ばれちまったか。まあ、あいつなら大丈夫だとは思うが...」
「え?なにがですか?ワロウさん、依頼受けてないからもう関係ないじゃないですか。大丈夫ってどういうことですか?」
「“依頼”が受けられないだけで、勝手に採ってくるのは止められんからな」
「あっ、確かに! だったらワロウさん、採取に行ったのかも! 」
「“かも”じゃない。間違いなくあいつは採取に向かっている。全く、だからノーマンの依頼だとばらしたくなかったんだ。サーシャ、余計な事を話しやがって....」
「いてて!すみません!すみませんってばー!!」
ワロウはギルドから出た後、持っていた荷物を家に預け、森へ向かう準備をした。当然丸腰で行くわけにはいかないので武器も携帯する。
準備が終わって森に行こうと町の門まで来ると、辺りはすでに暗くなり始めていた。
ディントンの町には門が二つある。一つは草原へそしてもう一つの門は森へと通じている。今回は森に採取に行くので、森に続く門へと来ていた。
今から外に出ようとするものもいないようで、門の前はほとんど誰もおらず、二人の門番だけが何か異常はないかと見張りをしている。その二人の門番の名はジョーとダンといった。ワロウは薬草を取りによく森へ潜っているので、森の方の門の門番の彼らとは旧知の仲だった。
「ようワロウ、こんな時間に森へお散歩か?」
門番のうちの片方のジョーが話しかけてきた。彼は陽気な性格でよくこうやって門を通る冒険者に話しかけていた。
一方でもう一人の門番ダンはまじめで寡黙な性格で、あまり自分から話すことは無い。彼が口を開くのは知り合いが来たときか、ふらふらとどこかへ行きそうになるジョーのことを叱るときのどちらかである。
「ああ、ちょっと森の空気を吸いたくてな」
「おお、予想的中したぜ...ってそんな装備整えて散歩に行くやつがいるわけないだろ!」
ワロウがジョーの冗談に乗っかると、彼は見事なノリ突っ込みを披露してくれた。こういうところが彼の人柄をよく表していると言えるだろう。
「 ...結局、ノーマンのやつばれちまったみたいだな」
「なんだ、お前も知ってたのか。ノーマンの依頼のこと」
「ノーマンがワロウに知られると無茶しそうだから秘密にしとけって言ってたんだ」
ジョーと話しているとそれまで黙っていたダンも話しかけてきた。彼は普段はあまり話しかけてくることはないのだが、夜の森に行くというワロウに声をかけておきたかったようだ。
「...夜の森は危険だ」
「おいおい、俺より森に詳しい奴はいないぜ?当然そんなことはわかってるさ」
「ノーマンも気にしていた。お前が無茶しないかとな。今更止めはしないが危険だと思ったらすぐに戻れよ」
「了解了解。危なかったらしっぽ巻いて逃げる予定だから心配すんな」
そういうと、ワロウは二人の門番にひらひら手を振ると森の中へと進んでいった。
二人の門番はその後ろ姿を少し心配しながら見送ったのであった。
この後、結局ワロウはキール花を見つけることはできたのだが、それを持って帰ろうというときに森狼に見つかってしまい追いかけられる羽目になってしまった。なぜ、彼は縄張り内ではなく、今まで森狼と遭遇したことがない場所で森狼にあってしまったのだろうか。
そして、森狼から逃げるために自ら谷へと飛びこんだワロウ。その決断が彼のこれからの人生に非常に大きな影響を及ぼすことになるとは彼自身も思っていなかったのである。
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