第2話 いつもの日常①
渡された紙面の内容に愕然とした。
俺に宛てられたのは「7」という数字である。
これが何を意味するのか…簡単に言えば、絶望である。
授業終了のチャイムが鳴り、隣の席の武藤千代子が話し掛けてきた。
「ねぇ、数学何点だった?」
唐突に、絶望の核心を突いてきた。
さすがビターな奴だ。名前負けしてない。
無糖チョコ。
「ほ、ほら、俺ってラッキーな男だろ?それに相応しい点数だよ」
発言内容に偽りはない。
いや、訂正。
得点はラッキーな数だが、断じてラッキーな男ではない。
「えー、ヤマ当たったんだ。いいなぁ。私は逆。理解不十分だった応用問題出ちゃって。数学は得意だから今回は満点狙ってたのに、93点だったよ。あとわずか7点目標届かず」
僅か(わずか)…数量・程度・価値・時間などがほんの少しであるさま(出典:デジタル大辞泉)。
何気ない一言は時に無意識に人を傷つける。
俺は今日この格言を手に入れた。
遅ればせながら自己紹介。
俺の名前は會津一(あいずはじめ)、近所の県立K高校に通う高校生だ。
年齢は15歳、つまり高校1年生である。
お察しの通り、俺は高校1年の2学期中間で既に7点というスコアを叩き出したのである。
先ほど人の傷口に塩を塗り付けてきた女子は、武藤千代子。
小、中、高と全て同じ学校の幼馴染である。
普段何気ない発言で傷つけられることは多いが、割と仲良しだと俺は思っている。そもそも、俺がこのK高校に通えているのは、ひとえに千代子のお陰だ。
それに、高校デビューに壮絶に失敗した俺は友達と呼べるクラスメイトがほとんどいない。
彼女は大変貴重な存在だ。
「さてと、授業も終わったことだし、そろそろ帰ろうかな」
帰り支度をしながら俺は言った。
「はじめちゃん、部活入ってないもんね。今からでもどこか入れば?」
うちの高校の部活動は希望制になっているため、俺のような人間は帰宅部に属すことになる。
先の紹介でも述べた通り、高校生活のスタートに大失敗し痛い奴のレッテルを貼られた俺は、気楽に話しかけることができる級友がほとんどいない。
何となく同級生に引け目を感じているうちに部活に入るタイミングを逸してしまったのである。
「いいよ、今更。特にやりたい事もないし」
と、よくある帰宅部の定型文で返事をした。
実際のところ、やりたい事というか趣味趣向が無いわけではない。
俺の趣味は麻雀(ほぼネット麻雀)である。
K高校には麻雀部というものは存在しないため、俺の唯一の趣味は学校生活において行われる機会がない。
今はネットを介せば対人ゲームを容易に行える時代なので、今日もお気に入りの『天風』というネット麻雀で、どこの誰とも知れないユーザーと頭脳競技に勤しもうと思う。
「お~い、會津君、先生が呼んでるよ」
不意に教室の入り口にいるクラスの女子から名前を呼ばれた。
「え、なんか悪い事したの?」
隣の千代子から少し驚きを含ませた声で問われた。
「うーん、思い当たる事ないなぁ。特に何も悪い事はしてないと思うけど…」
なんだろう?本当に見当がつかない。
俺の両親は基本的に平和主義なので、「人様に迷惑を掛けるような事はするな」と育てられてきた。
俺は可能な限りその教えを遵守してきたつもりだ。
廊下に出ると担任の先生が立っていた。先生は教室の引き戸を閉めると、話を切り出した。
「さっき返した数学のテストに関してだが…」
・・・思い当たる節、キタ━(゚∀゚)━!
先生に言われた事を要約すると以下の通りである。
1.俺の数学のテストはクラスで最下位だった。
2.先生は、俺の担任かつ数学の教科担当であるため責任を感じている。
3.1週間後に追試があるから、勉強しておくように。
先生との話が終わり引き戸を開けると、明らかに聞き耳を立てていた千代子がそこに立っていた。目が合うと、かなりバツの悪い顔をされた。
「えーっと…。ヤマ当たったって言わなかった?」
完全に先生との会話を聞いてやがる。
「そんなこと言ってない」
「でも、ラッキーだった的なこと言ったじゃん」
「それは、点数が…」
「点数???追試じゃないの??」
「ラッキー7」
「???」
千代子は物凄く怪訝そうな表情を浮かべた。
「えーっと、つまり…7点でした」
千代子が事態を察した様子を見せた後、二人の間に沈黙が流れた。
「…プッ、くくく…」
二人の話している傍らから、押し殺した笑い声が聞こえて来た。
「…會津君いいね。マジ受ける。くくっ」
笑い声の主は、さっき先生の呼び出しを教えてくれたクラスメイト、菅成子だった。
「ちょっと、成子聞いてたの?」
千代子が成子に尋ねた。
成子は千代子の友達らしい。
一方の俺は、聞かれた恥ずかしさで挙動不審だった。
「いや~先生に呼び出されてたからちょっと気になってさ。そしたら二人のやり取りが面白くて」
「そう?笑える点数じゃないと思うけど」
…切実に家に帰りたい。
「面白かったって!コンビ組んじゃいなよ」
「えっ?コンビ?」
千代子がチラッとこっちに視線を向けた。
俺は極力話に触れないように明後日の方を向いていた。
「追試を受ける人と一緒はねぇ…」
千代子、もう止めろ。俺のライフは残り僅かだ。
「追試なんてあるんだ!大変だね。會津君頑張って」
「お、おぅ。そろそろ家帰って勉強するわ」
何とか言葉を絞り出し、そそくさと帰り支度を済ませると二人を視界に入れないようにして俺は教室を出た。
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