夢魔の試練~褌~

 女神から与えられる力、聖炎。聖炎とはファンタジーで言うところの魔力のようなものである。私達の祖先は聖炎を用いた魔法を開発し、幾度となく侵略者から国土を護ってきた。


 基本である加護魔法『バーニングマッスル』は筋力の強化、治癒力向上、免疫能力の向上、毒耐性、細胞活性化でお肌つやつや……あと精力増強。あまり燃え上がると家も燃えるから気を付けろというのがセンチュリオンジョーク……おっと、乙女の言う台詞じゃなかったね。


 聖炎を打ち出す『フレイムショット』は威力は低いが連射可能で、牽制や敵の武器や防具の破壊なんかに使われる。


 爆発を起こして空中で姿勢を変えたり、瞬間的に加速したりできるようになる『インパルス』、目晦ましに使えるほどの強い光を放つ『ファイアフラッシュ』など、聖炎を得ることで多数の強力な魔法が使えるようになるのだから、他国が羨むのも無理もない。


 そんな便利でありがたい聖炎だけど、一応火の扱いであるため、その会得は物の分別がつく歳になってからとされていて、大体10歳くらいからが望ましい。


 私がこの歳で会得しようというのはお父様の指示だ。ほっとくと勝手にやらかしそうとか、使えるようにしとかないと不安だとか、結構失礼なことを散々言われた。


 聖炎を会得するのに勿論文句なんて無い。ダンスや護身術の訓練の疲労は緩和されるだろうし、剣術や乗馬など私のこの幼い身体でも出来ることが格段に増える。


 ただ、まだ聖炎を手にしていないオーゼルお兄様は悔しがっていた。

 その子供っぽいところを直さない限り……まだ子供なんだから仕方ないけど、危なくてお父様も許可しないだろう。 


「では姫様。服を脱いでください」


 その場で服を脱ぐことを要求された。

 予め聞かされていたし、準備もしていたが、一応ダメ元で聞いてみる。


「……どうしてもですか?」

「はい。どうしてもです」


 ダメだった。


 これも聖炎のため。渋々服を脱いで私は褌一丁になる。


 服を脱ぐのにはちゃんと理由がある。


 聖炎は炎だ。扱いを誤れば己や周囲を燃やしてしまう。

 それで死ぬことは殆ど無いのだが、漏れ出した聖炎で着衣を焼失させて裸になるミスはセンチュリオンの一発芸とか言われてる。


 儀式が屋外なのも、服を脱ぐのも誤って発生した聖炎によって焼かれないため。


 夜間に行うのは人目につかないようにするため。


 春から夏に移り変わろうという時期だから寒くはないけど、流石に昼間外でこんな格好になるのは御免被りたい。

 私が本当に6歳の心を持っていたらそこまで気にしなかったかもしれない。でも私の精神はもう二十歳を過ぎているのだよ。

 大体何故に褌なのよ。前世でもTバックなんて穿いたことなかったぞ。


 股やお尻に食い込む生地の感触がどうも……いえ、なんでもないです。


 儀式に挑むにあたって締めさせられた純白の褌。私の大事な部分を隠すその褌は、聖布と呼ばれる燃えない生地でできている。だから万が一聖炎を暴走させ服を燃やしてしまっても、素っ裸になることだけは免れるという、人の尊厳を守るための実はとても重要なアイテムなのだ。


 普通に生活してる分には必ずしも身に付けている必要はないが、普段から聖炎を頻繁に扱う騎士や兵士にとっては必需品だ。人一倍強力な加護を持つゲームのエリュシアリアも愛用していて、ゲーム中では度々セクシーな姿を披露していた。


 夜風に素肌を晒す。今の私の精神は10代半ばの乙女の羞恥心を持っている。通っていた幼稚園の相撲大会で、男の子に混じって裸で相撲していたリアル幼女の頃とは違うのだ。不安と羞恥で私は小さな身体を抱きしめるように背中を丸め、両腕で胸を覆い隠す。


「堂々と胸を張り、背筋を伸ばしてください。心の弱い者に女神は加護を与えることはありません」


 強い口調で叱責されて、私は言われたとおりに背筋を伸ばした。


「そうです。姫様はとてもお綺麗なのですから、隠すなんてもったいないですよ」


 打って変わって茶目っ気たっぷりのハンナさんにはにかんだ笑みを返す。


 周囲にはハンナさん以外に人の気配はない。騎士団の人には今日この時間に私が訓練場で試練を受けることを通達済なので、近づく者はいないはずだ。


 6歳の子供の裸を見たがる変態はこの国の騎士にはいないだろうけどね。


 そう思った時、光が瞬いたかと思うと、一拍遅れてどーんっと雷の音がした。小さな落雷が物陰に落ちたのだ。なんか悲鳴も聞こえた気がする。その後、雷は何度か続いた。塀の向こう、屋根の上、木の上、茂みの影……


「あそこだ!」

「不審者確保!」

「見つかった! 逃げるぞオーゼル!」

「待ってください兄上!」

「待て、俺はクリーシー伯爵家の……」

「事情は詰所で聞きましょう」

「お前ら何故ここにいる? 今夜の警備は一班だったはずだが?」

「はっ! 妙な胸騒ぎがしたため自主的に警備に参加しておりました!」

「同じく!」

「同じく!」

「そうか。ならばお前らには外周警備を命ずる! 朝まで駆け足!」


 演習場の向こうから怒鳴り声や、悲鳴と言った声が聞こえてくる。


 なんか知ってる声も聞こえてきたような……


「あら、随分多いわね」


 ハンナさんが呟く。


「ハンナさん。今のは?」

「精霊の悪戯でしょう。姫様は何も気にすることはありません」

「……いえっさー」


 微笑むハンナさん。私も気にしないことにする。


 何も見てない。何も聞いてない……


 再び静寂が訪れるまでそう時間はかからなかった。ハンナさんが中断していた儀式の説明を再開する。


「聖炎は本来急いで手にするようなものではありません。それを忘れず、気負うことなく試験に臨んでください」

「はい」


 タグマニュエル様の加護を受けた聖炎を得る方法はシンプルだ。それは、心の底から力を求めること。


 どうにもならない時、それでも立ち上がらなければならない時に女神は応える。だけど、人生においてそんな状況がそうそうあるわけない。あっても軍人か冒険者。もしくは余程運の無い人くらいだろう。本当なら聖炎が必要な状況など無い方がいいのだ。


 貴族の男子には兵役の義務があるため、そこで揉まれて聖炎を得ることが多い。

 女子については出産のときに聖炎を得ることが多いようだ。だから急ぐ必要は無いし、むしろ子供で聖炎なんて持っていたら親の教育を疑われる。


 けれど王族や貴族はそうも言っていられない。身を守るため、民を衛るため、責務を果たすためにどんな無茶もしなければならないし、ときには戦場にも出る。


 そこで貴族の子女が聖炎を得るための試練の方法が幾つか考えられた。

 

 そのひとつが夢を用いた手段だ。夢の中で恐怖を疑似体験し、それを打ち破ることで加護を得る。それが夢魔の試練と呼ばれる手段だ。


 私はこれからハンナさんの魔法で眠らされ、強制的に悪夢を見せられる。

 

 夢魔の試練は身体に負担がかからないというメリットがあるが、精神的なトラウマを抱える恐れがあるため、そのケアができる環境が求められる。またハンナさんのような優秀な精霊魔法使いの助けが必要なため、夢魔の試練は誰でも受けられるわけではない。王族か、上級貴族のごく一部の子女が、必要と判断されて行われる試練なのだ。


 夢魔の試練で加護を得られた者はこれまでのところ1割程度と、成功率も高くないらしい。


 この話が来たとき、私は夢魔の試練を断って騎士団で鍛えてもらうことを望んだ。できるだけ早く剣を学びたかったからだ。

 私には将来倒さなければならない相手がいる。前世からの宿敵。悪役令嬢ベルフィーナ・ファイ・ガーランド。ゲームのエリュシアリア以上の力を付けなければ彼女には勝てない。


 私が剣を教わりたいから騎士団で鍛えてもらいたい。手加減無しで上等。という意思をお父様に相談したところ、剣術を学ぶことについては賛成してくれた。剣の国と呼ばれるだけあって女子でも剣を嗜むのは珍しくはない。でも、騎士団で訓練するなら、身体がある程度できあがる10歳まで待てと言われてしまった。


 確かにその通りで、焦って無理して体を壊しては元も子もない。戦うという選択肢すら与えられずバッドエンドを迎えるのは絶対に嫌だ。


 私は夢魔の試練を受け入れた。まあ、本来断る方が贅沢って話。ゲームでエリュシアリアが加護を得たのは15歳だ。はっきり言ってダメ元である。


 地面に描かれた魔法陣の中心で横になる。星が奇麗だった。ハンナさんの魔法だろうか? 地面も程よく温かくてすぐにでも眠れそうなくらい気持ちが良い。


 魔法陣は特定の精霊を呼集めるためのもの。供物は私。

 私はこれから魔法陣によって呼び出された眠りの精霊の玩具になる。精霊が遊ぶことで私は眠りに落ちて悪夢を見る。


「それでは眠りの精霊を呼びます。目を閉じて、心を静かに、何も心配することはありません」


 夢魔の試練が始まる。私は目を閉じた。


 零れる星の精霊よ、退屈な風の精霊よ、これから私と遊戯をしよう。

 さあ、よっておいで。

 生贄の娘は用意した。

 大切に育てられたお姫様さ。極上の乙女だよ。


 無口な月の精霊よ、静かな森の精霊よ、これから私と賭けをしよう。

 さあ、聞いておくれ。

 勝負の舞台は用意した。

 悪戯好きの精霊と、人間の娘。どっちが勝つかさあ賭けよう。


 精霊を呼ぶ唄だろうか?

 生贄ってわたしか? なんだかちょっと怖いな。


 唄の意味を考えていた私だったが、思考がだんだん鈍くなるのを感じていた。

 恐怖を感じることもなく、委ねられるままに、私の意識は落ちていった。

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