第二章『加護(エリュシアリア6歳)』

夢魔の試練~序~

 この春に誕生日を迎えて、私、エリュシアリア・ミュウ・センチュリオンは6歳になった。


 王宮の中ならひとりでも自由に歩き回れるようになって、書庫に本も読みに行けるし、厨房にこっそりつまみ食いをしに行くこともできる。けれど、日本でなら小学校に上がる歳であるように、勉強や習い事の時間もがっつり増えた。外国語、礼儀作法、歌、ダンス、芸術、護身術と、それはもう本物の英才教育を受けている。教えてくれる先生も超一流の方ばかりだ。なんといってもプリンセス。要求される水準が高い。まだ始まったばかりだし、先生方も手加減してくれている感じだけど、あれもこれもと目が回りそうだ。


 それでも私、エリュシアリアだから。エリュシアリアに恥はかかせられないから、必死に頑張ってついて行っている。


 そして、今日またひとつ授業が増えた。他だったらもう勘弁してほしいところだけど、私はその授業だけは楽しみで仕方がなかった。何故ならそれは魔法の授業だったからだ。 


 第1回の授業は夜遅く、それも城にある騎士団の訓練場を借りて行われた。

 当直の騎士がたまに見回っているだけで、暗く静かな訓練場にちょっとわくわくしている。夜の学校に忍び込んでるようなそんな気分。


 魔法の授業の先生は侍女長のハンナさんだ。実は彼女は優秀な魔女でもあり、黒のローブと帽子姿で現れたとき、あまりにも似合いすぎていて私は吹き出しそうになった。


「それでは授業を始めましょう」


 訓練場には燭台がいくつも用意されていた。ハンナさんがパチンと指を鳴らす30本くらいある蝋燭に一斉に火が点く。


 手品じゃない。本物の魔法だ! 私は幻想的なその光景に心を奪われる。


「姫様。今私がどうやってろうそくに火を点けたのかはわかりますか?」

「えっと、精霊にお願いした?」


 私が答えるとハンナさんは満足そうに頷いた。


「正解です。私達には見えないだけで、今この場にはたくさんの精霊が存在しています。私はその中の火の精霊にお願いしてろうそくに火を点けてもらいました。これが精霊魔法です」


 精霊の力を借りて発動する魔法。それが精霊魔法だ。


 指パッチンだけで沢山の蝋燭に一度に火を点けたハンナさん。実はこれ相当凄い。


 本来精霊ってのは人に無関心でそうそう力なんて貸してくれない。火をつけるにしても、普通は魔法陣と火の精霊が好むパンや焼き菓子などを用意して、ようやく小さな火種を起こしてくれるという程度。それでもマッチがまだ発明されていない中世の世界なら十分に便利だと思う。火打石でカチカチしたり、木をこすり合わせたりしなくていいんだからね。


 私もこっそり精霊魔法による火おこしを試してみようとしたんだけど、シナリィに見つかってめちゃくちゃ怒られた。


 子供が火遊びするなってさ……


 私は周囲を見回してみる。だけど精霊らしいものは見えないし、気配も感じない。

 その様子を見てハンナさんが笑う。


「姫様。精霊は人の前で姿を見せてはくれませんよ」

「では、誰ならば見ることができるのですか?」

「エルフ様ならばご自身の守護精霊を具現化することができます」

「エルフ様……」


 この世界にはエルフの他にもウェアウルフのような獣人、ヤシャ族と言われる鬼人など多くの亜人種が暮らしている。ゲームでも登場していたしいずれ会うことになるだろう。


「精霊の守護を受けたエルフ様は、我々人では使えないような強力な精霊魔法を使うことができます。私も精霊の守護を受けられないものかと研究しているのですが、残念ながら……」


 この世界の精霊はエルフのみを愛し、守護を与える。精霊はエルフ以外の種族には基本的に無関心で、エルフ以外の種族に対しては、気まぐれや、少し気になる相手にほんの少し力を貸す程度。


 しかし、あきらめが悪いのが人というもの。どんなに塩対応をされても精霊に憧れ、敬うことをやめず、魔法陣や呪文。供物などあの手この手で精霊の気を引きながら、精霊魔法を発展させてきた。ハンナさんのようにほんの少しだけでも気にしてもらえる幸運な人達が、魔法使いとして活躍しているのは、まさに精霊に対する人の執念の結果と言える。


「精霊との付き合い方は、これから追々学んでいきましょう。けれど勝手に火の精霊を呼ぼうとしてはなりませんよ?」

「はい……ごめんなさい」


 私がこっそり火遊びしようとしたことを、当然ハンナさんは知っている。だから念を押したんだろうけど、厳しい口調とは裏腹にその目はとても優しかった。普段は堅い印象のハンナさんだけど、精霊が絡むとどうやらそんな目をするらしい。ちょっとした発見だった。


「では姫様。精霊魔法の他にも魔法には種類がございます。魔法は現在大きく六つの系統にわけられていますがそれを答えることはできますか?」

「精霊魔法、黒魔法、仙術、加護魔法、心霊魔法、奇跡の六つです」

「結構です。よく予習をされていますね」

「ありがとうございます」


 前世で丸暗記するほど設定資料を読みましたからとは言えないが、普段厳しいハンナさんに褒められるとやっぱり嬉しい。


 この世界では物理法則では説明のつかない現象をすべて魔法という言葉で片付けている。だから六つの系統というのも、実は全て原理が違う別物だ。あと、国や民族、信仰する宗教によっては認められていないものもあるし、まだ発見されていないものもあるかもしれない。だから、いま私が答えた6つの系統についても、北西諸国連合内で現在確認されているものでしかない。


 精霊魔法は前述の通り、精霊の力を借りる事を言う。この世界で最も一般的な魔法であり、多くの恩恵を与えてきた魔法だ。その為、多くの国では精霊は信仰の対象とされている。


 精霊魔法の威力は使い手と精霊との親愛度で変化する。火おこし程度なら誰でも簡単に使えるが、ハンナさんみたいな精霊魔法の使い手になるには、普通より精霊に好かれていることが条件になる。


 黒魔法とは悪魔に対価を支払い、その力を行使する魔法だ。威力は支払う対価によって変化する。かつての戦争では帝国が捕えた捕虜や制圧した街の住人の命を使って、強力な魔法攻撃を連発したことから忌み嫌われており、センチュリオン王国や北西諸国連合の国々では使用が禁止されている。


 仙術は気功とも呼ばれ、気と呼ばれる生命エネルギーを元に超常の力を発揮するというもの。会得には厳しい鍛錬が必要だが、使い手は多い。


 さて、精霊魔法、黒魔法、仙術は大なり小なりあっても人の努力次第で、誰でも使うことができる魔法だ。しかし、魔法の中には人の力だけではどうにもならないものや、全く原理が解明されていないものもある。それが、加護魔法、心霊魔法、奇跡の三つである。


 まず加護魔法だが、これは神様に力を貸してもらうことだ。


 女神タグマニュエル様の加護を受けているセンチュリオン王国をはじめとする北西諸国連合メルベイユにおいて加護魔法はそれほど珍しいものではない。だが、それは北西諸国連合メルベイユがおかしいのであって、他の国からすれば加護は未知の力であり、また、支配者を神格化してる国なんかはそもそも加護というものを認めていない。その最たるのが帝国で、帝国では皇帝は地上の覇者となるべく使わされた神の子とされている。だから他国の神だの加護だなんて認めたら、自分たちが聖戦と言い張って他国を侵略し支配してきた歴史の正当性を失うことになる。帝国が北西諸国連合メルベイユを目の敵にしてるのはそういった事情らしい。


 まったく、しょうがないね。


 心霊魔法は生物の思念をエネルギーにして発現する魔法だ。呪いや超能力もこれに該当する。ただ、不人気であまり研究が進んでいない。まあ、わかる。怖いし。


 そして、定義そのものがあやふやで、発動条件など全く不明なのが奇跡だ。これも説明しようがないんだけど確かに奇跡はある。


 だって私転生者だもん。奇跡の体現者である私が言うんだから間違いないでしょ?


 これから始まる魔法の授業では、主に精霊魔法と加護魔法を学ぶことになる。


 本当は仙術も学びたいんだけどね。だってかめ○め波撃てるようになるかもしれないでしょ? あと、ゲーム開始時のエリュシアリアも加護が無いのを補うために少しだけど使っていた。でも、仙術を身に着ける為の修練は今の幼い身体では危険だから駄目だと言われてしまった。残念。


「さて、姫様。精霊魔法の他に我々になじみ深いのが加護の力です。この国に住む人々が女神タグマニュエル様の加護を受けていることはご存じですね?」

「はい」

「帝国という強大な敵に対抗するために女神は我々に力を与えてくださいました。それが聖炎です」


 ハンナさんは火のついていない燭台を一本用意すると、それににそっと手を触れて火を点けた。

 それは精霊によって点けられた火ではない。神々しい光を放つ金色の灯だった。


「これが聖炎?」

「はい。どうぞ触れてみてください」


 ハンナさんはまず自分の手を聖炎にかざしてみせる。火に手をかざす行為に驚いたが、彼女の手が焼かれることはない。


「タグマニュエル様は人の身体、特に筋肉を愛された女神です。その力が人を直接傷つけることはありません。ですがろうそくには触れないように、あと服も燃やさないように気を付けてください」


 聖炎そのものが人の身体を焼くことは無い。けど、物は普通に燃やすため、溶けたろうや、服が燃えるときの熱などで、間接的にやけどを負ってしまうことはある。


 私は袖をまくって、恐る恐る聖炎に手をかざす。


「温かい……」


 それはまるで温泉にでも浸かっているかのように心地よい感覚だった。だが聖炎はやがて小さくしぼんで消えてしまう。体外に放出された聖炎は長く維持することができないのだ。


「タグマニュエル様から授かった聖炎を身体に宿すことによって、我々は身体能力を強化し、治癒能力を高めることができます。我が国が圧倒的兵力を持つ帝国と互角以上に渡り合えたのはこの加護の力があってのことなのです」


 ハンナさんの手の甲にアルファベットを合わせたような奇妙な文様が現れる。聖炎による魔法を使うときに出現する聖刻タリスだ。


 ハンナさんはポケットからジャガイモをひとつ取り出すと、易々と片手でそれを握りつぶした。


「……」


 ハンナさんの見た目は普通の年配のご婦人です。これが筋肉を愛する女神、タグマニュエル様の加護の力なのです……


「タグマニュエル様の加護を得ることは我が国の貴族の嗜みでございます。その会得には苦痛を伴いますが、お覚悟はよろしいですか?」

「……さー、いえっさー」

「はて? 声が小さいですね?」

「サー! イエッサー!」

「結構。では試練を始めましょう」


 聖炎を得るための試練が今日の授業だ。なんといきなりテストである。

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