王家の人々~王宮の華~
私は地獄に堕ちたのかもしれない。
何もしなければ待っているのは悲惨な未来。
しかし、トゥルーエンドは必ず存在し、その鍵は私の人生の中にある。
そのかすかな希望の糸を掴めるかはこの先の私の行動次第。
もし神様が本当にいるのなら、私に何を期待しているのだろう?
✤✤✤
楽園がそこにあった。
庭園の先にある離宮。そこは退位した国王と王妃が、静かに隠居生活を営むために建てられた。白亜の王宮と違い落ち着いたレンガ造りで、建物自体もそれほど大きくはない。
既に先王は亡くなられているため、今は王太后であるクランシェラお祖母様が僅かな侍女と共に住んでいる。
お母様を見送った後、気まぐれに離宮の側を通ったのが運の尽き。丁度、お祖母様が義母様方を招いてお茶をしていたところだった。私とシナリィは早速その方々に捕まる事になる
ほんの一瞬嫌そうな顔をしたシナリィ。まぁ、ベテラン侍女でもできれば避けたい場所だよね。私だって逃げたい。この場いるのはある意味王国最強の面子だし……
「まあ! エリュシアリア! よく来ましたね!」
「おばーたま! ごきげんよう」
「あらあら! いい挨拶ね! ごきげんよう」
お祖母様はもうすぐ60歳になられるが、まだ40代でも通用しそうなくらい若々しくてお綺麗だ。私の姿を見ると年齢による衰えを感じさせない足取りで近づいてきて出迎えてくれた。お婆ちゃんというのは、どの世界でもやはり孫に会えると嬉しいらしい。
「あら? シナリィ、エルドリアは一緒ではないの? 誘おうと思ったのに見つからなかったのよ」
鮮やかな金色の髪を揺らした美しい女性がシナリィに声をかける。第1王妃のソフィアお義母様だ。友好国の王家の生まれで、生まれる前からお父様との結婚が決まっていた生粋の王妃である。既に三十路の半ばを過ぎているが、まだ20代でも通じそうなくらい肌の張りも良く、漲る生命力が内から溢れ出るかのような気配を放っている。
どうやらお母様が既にハーベル法国へ出立されたことを知らなかったようだ。シナリィから事情を聞いたソフィアお義母様はそれはそれは驚いた顔をされた。
「そんな! エルドリアは帰ったばかりでしょう!? せっかく今日は皆揃ってお茶ができると思ってましたのに!」
3人のお母様方は意外なことに結構仲がいい。たったひとりの国王を支えるために、3人の王妃はそれぞれの得意分野で役割を分担し、結束しているのだ。
ソフィアお義母様は内政と社交界を。
ネリスお義母様は母親として。
エルドリアお母様は外交で手腕を発揮する。
「もう、可愛そうなエリュ……まだ小さいのにいつもお留守番させられて!」
私に駆け寄って抱き上げるソフィアお義母様。お母様はあまり会えないし、ネリスお義母様も自分の子供がまだ小さくて手がかかる。そこでソフィアお義母様がよくこうして私のことを可愛がってくれるのだ。
ソフィアお義母様は、高い尖塔が特徴的なセンチュリオン城を睨みつける。
「陛下はエルドリアに頼りすぎよ! 私ちょっといってきますわ!」
「私も参りましょう」
私をシナリィに任せ、お父様のいる城へと向かおうとするソフィアお義母様。それにお祖母様も参戦を表明する。
さてはお父様。怒られるとわかっていてわざと報告をさせなかったな?
「ネリス。そういうわけだから私は城まで行ってくるわ! 申し訳ないけれどこの場をお願いできるかしら?」
「畏まりました」
宰相様と外務大臣もまとめて締め上げましょう! と物騒なことを話しながらソフィアお義母様はお祖母様を連れて城へと出陣していった。
国の行政庁舎であるセンチュリオン城は国の象徴であり、難攻不落の城塞である。過去500年に渡って帝国の侵攻から国と王家を守り抜いてきたが、恐らく今日、ついに王を堕とされることになるだろう。
ふたりを見送るネリスお義母様は今年23歳。ソフィアお義母様が、第1王女セラフィナお姉様と、王太子アルフォートお兄様を生んで何年か経ってから輿入れされた第2王妃だ。なんと13歳で輿入れしたらしい。
親父ぃ……
3人の王妃の中で最も子宝に恵まれていて、既に4人を出産されていてる。最初の第2王子モブール兄様を生んだときは14歳だったとか。
親父ぃ……
小柄で年齢よりもだいぶ幼く見える可愛らしい方だ。その見た目を、現代日本風に言うならば合法ロリ巨乳。
親父ぃ……
ネリスお義母様は椅子に座ったまま私に微笑みかける。ミントグリーンのドレスの上からショールを羽織っていて分かりづらいが、ネリスお義母様のお腹がやや丸く膨らんでいる。5人目がいるのだ。
親父ぃ……
「エリュよく来たわね。クリス、アリス。エリュをお願い」
「「はい、お母様」」
可愛らしい声がユニゾンする。
「エリュシアリア」
「こっちにいらっしゃい」
ネリスお義母様は第2王女のクリスティンお姉樣と第3王女のアリスティンお姉樣を連れてきていた。ネリスお義母様をそのまま小さくしたような可愛らしい双子のお姫様は、たちまちシナリィから私を奪い取る。
美幼女に挟まれる私。約得、約得。
王家のふたつ星と呼ばれるお姉様たちだけど、勿論ゲームでは攻略対象外だった。運営無能すぎ。
お姉様達は私のふたつ上の5歳だ。同じふたりともミルクティー色の髪をツインテールにしていて顔も同じだから、ふたりをひと目で見分けることができるのはお母様達と、普段から接している侍女さんくらいだろう。
けれど私には私なりの見分け方がある。実はクリスティン姉様は左利きでアリスティン姉様は右利きなのだ。ふたりとも利き手で私の手を握るから、挟まれたとき右側に来るのがクリスティン姉様、左側に来るのがアリスティン姉様と見分けることができるのである。
「クリスティンおねーたま、アリスティンおねーたま、ごきげんよう」
私がそれぞれお姉様に挨拶するとふたりは驚いた顔をする。
「どうしてエリュシアリアは私達がわかるの?」
「お兄様はいつも間違えるのに」
「んー、なんとなく?」
バレたら悪戯されそうなので私はそれをはぐらかす。
両側をお姉樣に挟まれてテーブルに付くと、離宮付きの侍女さんがお菓子を盛った皿を用意してくれる。
「よろしかったらこちらもどうぞ」
シナリィも持ってきていたバスケットから、クッキーを取り出す。
「まぁ嬉しいわ! ここのお菓子はお義母様の好みに合わせて甘さが控えめだから物足りなかったのよ」
早速クッキーを嬉しそうに頬張るネリスお義母様。可愛い……
私は離宮で用意されたクッキーを一口かじってみるが、子供の舌に優しい味わいでとても美味しかった。お姉様達も喜んで食べているから、ネリスお義母様が特別甘党なのだろう。シナリィが持ってきたクッキーはたちまちネリスお義母様のお腹の中へと消えていった。
「この子が欲しがるのよ」
王妃らしからぬ食いしん坊ぶりに呆気にとられる視線に気がついたのか、ネリスお義母様照れ隠しのように膨らんだお腹を撫でる。
「エリュももうすぐお姉さんになるのよ? 生まれてくるのは弟かしら? 妹かしら? エリュはしっかりしてるからきっと良いお姉さんになるわね」
私はネリスお義母様のお腹をじっとみつめる。
ゲーム通りであるならば、生まれてくるのは妹でウェンデリーナと名付けられる筈だ。『剣の国のエリュシアリア』ではエリュシアリアの学院での生活がメインであるため、家族についてはあまり語られていない。
お父様や、アルフォートお兄様のような重要人物はビジュアルも存在していたが、殆どはエリュシアリアの回想の中で語られるか、設定資料集に僅かに書かれている程度だった。
だけど末娘のウェンデリーナについては、エリュシアリアに憧れる妹として登場し、ちょくちょくシナリオにも絡んできた。
お父様譲りの赤みの強い栗色の髪に、目はソフィアお義母様と同じ緑色。体型は母親や他の姉妹に似ずスレンダー。
肉が好きでよく食べる。
運動は苦手だが、エリュシアリアの真似をしてすっ転ぶ。
それでも明るく笑っているような可愛い妹は、やがてエリュシアリアのクラスメイトの貴族の少年に恋をする。だが、その恋は叶うこと無く戦争で少年は戦死し、自身も無残な最期を遂げる……
ノーマルエンドのラストにはお姉様達と共に磔にされた凄惨な様子が描かれていた。それを見た前世の私は発狂しかけたんだっけ……
「エリュ? まぁ!どうしたの?」
ネリスお義母様の声に我に返る。
頬に涙がつたう感触に気がつく。私、泣いてた。
シナリィが慌ててハンカチを取り出す。
「姫様?」
「大丈夫?」
「お腹痛いの?」
シナリィとお姉様達が心配そうに声を掛けてくる。皆優しい。
十数年後、戦争でこの国は滅びる。皆殺されてしまう……
私は皆を助けたい。でもどうすればいいの? こんなの重すぎるよ……
無力な私はハンカチで顔を隠すことしか出来なかった。
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