王家の人々~お兄様~

 地球とは違う宇宙にある地球によく似た惑星。神様みたいな何かがいて、魔法みたいな何かがある世界。リデルタ。

 センチュリオン王国はリデルタで一番大きな大陸の北西部に位置するそこそこ大きな国だ。

 外敵を退けて発展してきた歴史があるが故か、国民はやや脳筋ぎみだがおおらかで、土地も豊かで住みやすい。


 外は良い天気だった。青く澄み切った空には雲ひとつ無い。


「今日は天気が良くて気持ちがいいですね」

「ん」

「日に焼けないようにこれをかぶりましょうか」

「む……」


 日差しを避けるため白いつばの大きな帽子をぼさりとかぶせられる。


 天気のいい日はシナリィと手をつないで王宮の庭園を散歩するのが日課だ。

 王宮の敷地は広いからぐるりと一周するだけでも結構長い時間歩くことになる。そのためシナリィは水筒やおやつの入ったバスケットも用意していた。


 私が小さくなったからか、世界がとっても大きく広く見える。王宮の広い庭園はさながらダンジョンのようで、シナリィとはぐれたら迷子になりそうだ。


 私に合わせてゆっくりと歩くシナリィ。よちよち、とことこ。裏のテラスから出た私達は王宮を半周して花壇のある広場にまでたどり着く。

 

「姫様、ほら! チューリップが咲いていますよ!」

「ん」


 昨日まで蕾だったチューリップが赤い花を咲かせているのを見て、シナリィが声を上げる。


 もー、可愛いなぁ。これが純真無垢な女の子の反応ってやつですね。

 対してわたしが興味を持ったのは花壇の隅に生えているつくしだった。前世でそこそこ都会に住んでいた私はつくしを実際に見たことはなかった。いや、目にしていたが気が付かなかったのかもしれない。


「姫様? つくしが気に入ったのですか?」

「ん」


 視線が下がったおかげで日々色々な発見がある。つくしもそれだ。前世では気づくことが出来なかった可愛らしい草花を見つけることが出来たことに私は感動していた。


 よく手入れされた花壇にはチューリップの他にも色んな花が咲いている。


 庭の手入れや王宮の掃除は使用人の皆さんがやってくれている。王宮には侍女さん以外にも、頑張って働いてくれている人達が大勢いいる。

 だけど私は彼等に会ったことがない。王宮の中で一般の使用人の皆さんは王族と直接関わってはならないという決まりがあるそうだ。例外なのは料理人くらいかな? 彼等は調理場の王様だからね。


 私がこうして外に出ているうちに、部屋の掃除をしてくれているのだろう。

 今度お礼の手紙を残しておいてみようかな? 一度ハンナさんに相談してみよう。


「姫様! 姫様! ほら! こっちに来てください! お花の冠を作りましょう!」


 何処まで乙女なんだお前は! 人が難しいこと考えているときに!


 いつの間にかシナリィは広場に自生しているシロツメクサで冠を作って遊んでいる。これじゃどっちが引率かわからないよね?


「わんわんとぅ~わんとぅ~とぅ~」


 シナリィは歌いながら器用にシロツメクサの茎を編んでいく。


「わんすりぃ~すりぃ~」


 ナインナインの歌。

 作詞エリュシアリア・ミュウ・センチュリオン。

 作曲シナリィ・ハーモニア。


 物を数えるときに私がうっかり口にした九九にシナリィが適当なメロディをつけたこのナインナインの歌は、覚えると計算が速くなる魔法の歌として現在王宮で絶賛大ブームだ。


 九九は英語では覚えにくいとされているけど、シナリィの作ったメロディのおかげで正しく楽しみながら九九を覚えることが出来る。


 シナリィに合わせて私も歌う。


「ないんえいとせぶんて~とぅ~」


「「ないんないんえいて~~わん!」」


 ナインナインの歌を歌い終わる頃にシナリィの手には立派な冠が出来上がっていた。


「はいできました。女王陛下の戴冠式ですよ~」


 シナリィは私の頭から帽子を取ると、代わりに花の冠をかぶせる。


「ん。くるちうない。おもてをあげよ」

「はは~っ」


 戴冠式ごっこに巻き込まれたので乗ってみました。

 その場に片膝をついて頭を垂れるシナリィ。私はお父様の見様見真似だけど、彼女は本職だからやっぱり様になっている。


「はは~っ」


 なんかいつの間にか家臣がひとり増えていた。鮮やかな金色の髪。それは花も恥じらうような貴公子で……


「おにーたま?」

「で、殿下!」


 私もシナリィがびっくりして礼をする。


 それもそのはず。そこにいたのは私の腹違いの兄でアルフォートお兄様。この国の王太子殿下であらせられる。現在王立修学院に在学中のお兄様は、普段王宮にはいないからめったに会えないレアキャラだ。


「やあ。驚かせてしまったね」


 顔を上げて爽やかな笑顔を浮かべるアルフォートお兄様。


 私より濃い金髪に、目鼻立ちの整ったお顔。王子様に相応しい抜群のルックスだが、この御方は残念ながらゲームの攻略キャラではなかった。運営無能かよ!


 まあ、腹違いとはいえ血の繋がったお兄ちゃんだもんね。既に婚約者もいるし、ゲーム開始時には結婚していて子供もいた。


 お兄様は私の前で屈み込むと頭を撫でる。いい男に頭をなでられて悪い気はしない。


 約得、約得。


「女王陛下はお散歩の途中かい?」

「ん」

「は、はい!」


 何時から見られてたんだろうね? シナリィの顔がチューリップのように真っ赤になっている。


「君はハーモニア子爵家のご令嬢だったね。いつも妹の面倒を見てくれてありがとう」


 侍女になって間もないシナリィは、お兄様との接点はほとんどなかったはずなのに、お兄樣はどうやら彼女を知っていたようだ。


 歳も近いし目をかけていたのだろうか?


 美貌の皇太子の思わぬお声掛けに、シナリィの顔が更に赤くなる。


「い、いえ! 侍女として務めを果たさせてもらっているだけで……い、いえ、仕事だからというだけでなく、王家への忠誠心だとか、姫様が可愛くて、可愛くて、可愛くて、可愛い! とかそんな次第でございまして!」


 落ち着けシナリィ。王太子殿下の御前である。


「ふふふ、その歳で姫のお世話を任されたのは君が優秀で信頼できる侍女だからだろう? エルドリア義母樣はエリュシアリアを溺愛しているし、なにより仕事に厳しいからね。あの方に認められるなんて凄いことなんだよ……僕が嫉妬しちゃうくらいにね」


 あれ? お兄様ちょっと悪い顔してます?


 うちのお母様に恋慕してるって噂本当だったんですかお兄様……

 侍女さん達、私の前で平気で噂話するからね。どうせ子供だからわからないと思ってるんだろうけど、そうでもないんだな~。

 

 面白いからほっといてるけど。


 お兄様はいつものロイヤルスマイルを貼り付けているが、目は兎を追い詰める狼のようだ。シナリィの顔が今度はリンドウのように青白くなっている。


「めめめめめ、滅相もありません! 私如き新人が任せられたのは、エリュシアリア姫がとても賢くあらせられるからです! 事実決まったときエルドリア様からは一番精神年齢が近そうだからって言われましたし! いえ、私が賢いとかそういうわけではなくてですね!?」


 シナリィが新人でありながら私の専属になったのはそういう事情だったのか。


 流石ですお母様。

 適度にフランクなシナリィのおかげで私は毎日楽しく過ごさせてもらっている。他の侍女だったらこっちの肩がこりそうだ。ナインナインの歌だって誕生しなかっただろう。


 シナリィ見てると忘れそうになるけど。王宮務めの侍女ってのは王立修学院に入るよりずっと高い倍率を勝ち抜いて、教養と忠誠心を王家が認めた淑女の中の淑女なのだ。だからシナリィはもっと自信を持っていい。


 お兄様も毒気を抜かれて破顔している。


「あははは! 確かに遊んでいる君たちは、どっちが引率かわからなかったからね!」

「見ていらっしゃったのですか。お恥ずかしいです」


 あーあ、シナリィがすずらんみたいに項垂れちゃったよ。

 お兄様は私の頭をもう一度撫でる。


「けれどわかるよ。僕もエリュシアリアがたまに年下に思えないときがあるからね」

「殿下もでございますか。私もでございます」


 正解です。私の意識はふたりより少しだけ長く生きてます。精神年齢が高いとは言わないけど。


 立ち上がったお兄様は、シナリィをそばに寄せて私に聞こえないように何かを囁く。


 うわー。傍目には立場を利用して侍女に言い寄る腹黒主の図です。


 元日本人でオタクだった私。ゴージャスなイケメンのお兄様と、純情な褐色少女のシナリィの組み合わせに妄想がはかどってしまうじゃないですか!


(ほら、まるで空気を読んでるかのように黙って様子をみているだろう? ああいうとこなんだよね)

(ええ、私もよく見守られているかのように感じるんですよね)


 ちらりと視線がこっちに向けられる。やばい。いけない妄想を膨らませているのがばれたのか?


 それとも私が子供らしくないことを疑っているのだろうか?


 というか、なんで王宮にいるんだよお兄様? 学院はどうした?


 よし、シナリィを虐めてくれた仕返しをしてやろう。身体は幼女。頭脳は大人なキャラクターの必殺技、とくと見よ!


「あれれ~? おかちーな? おにーたまはにいるはずなのに、なんでいおーきゅーにいるの?」


 私あの漫画大好きだったんだよね。結末を見ることなく転生してしまったのは心残りのひとつだ。 


 ふたりは一瞬ぎょっとした顔で私を見ると、再びひそひそと話し始める。


(ほらほら! 僕が普段学院に通っていることまでしっかり理解しているじゃないか。まだ3才だろう? ちょっと賢すぎやしないかい?)

(ええ、私もその通りに思います。どうして不思議に思わなかったのでしょう?)

(だろ? 普段から目にしていると気が付かないんだろうな)

(はい。それで学院はどうされたんですか? 殿下?)


「え!? そっちかい!? いててて!!」


 急にお兄様が声を上げる。見るとシナリィがお兄様の手を捻りあげて拘束している。シナリィ強い。


「勿論です。姫様が賢いのは今更ですから。エルドリア様の御子でございますしそれも不思議とは思いません。それで殿下はどうしてここに? 私共は今日殿下がお戻りになるとは聞かされておりませんが?」

「あはは、それはだね……」


 一転してシナリィ優勢。王太子殿下を完全に不審者扱いです。ヒナギクのような清廉とした顔で問い詰められてお兄様もたじたじだ。


 確かにお兄様が帰ってくる予定があれば、侍女のシナリィが聞かされてないはずがない。


 今朝、突然現れた王妃様がいらっしゃいましたけど。


「あー、その……エルドリア義母樣に会いに来たんだ。義母樣の話は講義を聞くよりずっとためになるからね。帰って来てるって聞いて飛んできたんだ。だからお願いだ。ここは見逃してくれないかな?」


 潔く白状するお兄様。確かに外交で辣腕を振るうお母様の話は価値があるだろうけど、王太子の身で講義をサボタージュするのはどうかな?


 王立修学院って名前の通り王立。つまりうちが経営してるんだよね。だからお兄様が好き勝手すると他の生徒に示しがつかないし、学院の評判どころか王家の評判まで落ちてしまう。


 不登校を前世で経験してる私が言うことじゃないけど。


 お兄様は自分より年下のシナリィなら言いくるめられるとでも思ったのだろうか? しかし甘いですお兄様。悪いものは悪いとはっきりと意見して時に主を導き補佐する。それが侍女の役割だ。シナリィも例外ではない。


 私だってトマト残すの絶対許してもらえないもんね!


「だーめーでーす! 殿下! 早く学院にお戻りください。どの道陛下には報告しなければなりませんけれど、今叱られますか? それとも後日たっぷり叱られますか?」


 ぴしゃりと王太子のお兄様にノーを突き付けて首を横に振るシナリィ。お兄様を拘束する手を放そうとはせず、恐らく警備の騎士に不法侵入者として突き出すつもりでいるのだろう。お兄様がこってり叱られることになるのは間違いない。


「そこをなんとか! エルドリア義母様にほんの少し会えればいいんだからさ」


 侍女に懇願する王太子殿下。しかしシナリィは強かった。


「なーりーまーせーん! 第一、エルドリア奥様は今ハーベルへ向かうための準備で姫様のお相手も出来ないほどお忙しい身です」

「言われてみればそうだな。あの方なら例え疲れていてもエリュと一緒にいるはずだ。ハーベルで何かあったのかい?」


 ふと気がついた顔をするお兄様。シナリィはお母様が倒れた大司教様のお見舞いのためハーベル法国へ行くことになったことを告げる。


「そんな!? はぁ……また当分会えそうにないな」


 ロイヤルスマイルもすっかり剥がれ落ちて、お兄様は肩を落とす。そこまでお母様と話がしたかったのだろうか? 


「はぁ……あの人が義母でなければ……」


 4年前にお母様が18歳で嫁いで来たとき、お兄様は11歳。多感な時期だし、身近に現れた綺麗なお姉さんに淡い想いを持ってしまうのも無理は無いのかもしれない。


 でもね。お兄様にはもう婚約者いるんですからそういうこと口にしないでください。外国の王女様でまだ会ったこともないらしいけど。


「エリュシアリアも妹で無ければ」


 やめれ。その発言は国家の威信に関わる。


「ん」


 そんなしょうがないお兄様のすそをちょいちょいと引っ張って、私は王宮の正門を指差した。

 正門前には王家の紋章が描かれた馬車が停まっていて、丁度お母様と、見送りに来た国王陛下……お父様が姿を見せたところだった。


「あれは!? いかん! 私もお見送りに行かねば!」

「あ!? 殿下!?」


 シナリィの手を振り払って正門へと走っていくお兄様。


「もう……姫様。私達も行きましょうか」

「ん」


 シナリィに手を引かれて私達も見送りのために正門へと向かう。

 

 そして……案の定お兄様はお父様に捕まっていた。


「アルフォート何故お前がここにいる?」

「い、いやそれは……エルドリア義母様が帰ってると聞きまして、是非お話を伺いたいと……」

「ほう。それで学院を抜けだしてきたというのか?」

「は、はあ……まあ……」

「馬っ鹿もーーーーん!!!!」


 国中に響き渡るようなお父様の声が聞こえてきて、私とシナリィは顔お見合わせて笑った。

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