悪役令嬢が倒せない!

 気がついたらHP3割切ってる。

 服も千切れ飛んでいる。


 諦めずにエクストラアタック狙って行くけど。

 溜めに時間かかるよ……


 攻略本があれば他のミニゲームはクリアできるけど。


 何回やっても……

 何回やっても……


 ベルフィーナ様倒せないよーー!!!!


 あの連撃何回やっても避けれない!

 まぐれ当たりで武器蹴り飛ばしても一本背負い決められる。


 メーカー樣に救いを求めてもイージーモードはありません!


 それでもいつか絶対勝つために!

 攻略動画を今日も視聴する……



✤✤✤



 キンキンキンキン!!!!!!


 交錯する金と銀。煌めく剣が残光を残し風を切る。


 鮮烈な音を立てて鋼が鳴り、火花が散る。


 わずかに競り合い、距離を取り、また打ち合う。


 剣を手に刃を打ち合わせるのはふたりの乙女。


 白銀の髪、白磁の肌、魅惑的な身体。彫像のように整った相貌に群青の瞳。月光のように冷たく、触れることを拒むような高貴な雰囲気を纏う少女、ベルフィーナ・ファイ・ガーランド。

 対するはエリュシアリア・ミュウ・センチュリオン。淡い金色のポニーテールを靡かせ、靭やかな動きで踊るように剣を振るう。ベルフィーナが月光ならば彼女は生命力に溢れ、希望を与える温かい春風だろう。


 月光の女神と春風の妖精の闘い。


 魔力を帯びて白く輝く刃がふたりの剣技を美しく彩る。

 距離をとったエリュシアリアの剣に光が収束していく。だが大技を放とうとするエリュシアリアに瞬く間に距離を詰めたベルフィーナが流れるような仕草で連続して斬りかかる。

 下から斜め上に、返す太刀は真一文字に振り下ろされる。

 エリュシアリアは防御するも、銀色の刃は彼女の腕と丈の短いスカートを切り裂いた。


 エリュシアリアの白いドレスは既にあちこちを切り裂かれ、白い肌を晒している。対しベルフィーナはほぼダメージを負っていない。

 春の風は月には届かない。どちらが優勢かは一目瞭然だ。力と技で勝るベルフィーナに追い詰められていくエリュシアリア。


 ベルフィーナがエリュシアリアの心臓めがけて一段と鋭い突きを放つ。

 後がないエリュシアリア。だが彼女は起死回生を狙い、それを剣で受けるのではなく、絶妙のタイミングで蹴り上げたのだ。形の良い脚がしなりベルフィーナの剣の峰を打って弾き飛ばす。


 ベルフィーナの剣が回転しながら宙を舞う。


 剣が地上に落ちるよりもはやく、エリュシアリアはベルフィーナの胸にめがけて一撃を放つ。

 金色のポニーテールがふわりと靡き、エリュシアリアの姿は一筋の閃光のように見えた。


 だが、それもベルフィーナの水色のドレスの胸元をわずかに切り裂いたに過ぎなかった。半身になって躱したベルフィーナはエリュシアリアの腕を取り、その華奢な身体を投げ飛ばす。

 弧を描くように空中を舞い、背中から地面に叩きつけられるエリュシアリア。


 一拍遅れてカランとベルフィーナの剣が地面に落ちる音が響き……決着がついた。



✤✤✤



 KO! YOU LOSE。


「うにょあぁぁぁぁーーーーー!!!!」


 叫び声を上げてコントローラーを放り投げるのは私、桜井あんず。15歳の一応高校生です。

 見た目はそこそこ、勉強も運動もそれなりにこなす優等生……だったけど、高校入学早々に色々有りまして、ここ数ヵ月自宅に引き篭もる生活をしています。


 両親は仕事に忙しく、特に何も言いません。最後に顔を見たのっていつだっけ?


 それで私が毎日どう過ごしているかというと、ネットやゲーム三昧。人間、堕ちるときはあっという間だって15歳にして学んだよ。


 そんな私が今嵌っているのは『剣の国のエリュシアリア』という乙女ゲームだ。


 格闘ゲームではない。乙女ゲームだ。


 ダメージ負ったら服が破れたり、女の子キャラがやたら色っぽい衣装を着てたりするけど、えっちなゲームでもない。

 マップを移動して、選択肢に回答してしイケメンキャラを攻略する、女性向け恋愛シミュレーションゲーム。所謂乙女ゲームなのだ!


 そう!! 乙女ゲーム!!!!


 大事なことだから3回言ったよ? あれ? 4回かな?


 ストーリーはプレイヤーはセンチュリオン王国の王女エリュシアリアとして貴族の学校に通い生涯のパートナーを見つけるというもの。

 ただこのゲームには途中にいろんなミニゲームが含まれていて、負けると即バッドエンドになるから攻略がめちゃくちゃに難しい。

 ミニゲームはシンプルなものから凝ったものまで様々で、悪役侯爵令嬢ベルフィーナ様との一騎打ちもそのひとつ。

 そりゃ主人公の恋路を邪魔する悪役令嬢との対決はシナリオ的には有りだよ。キャットファイト上等!! 運命をかけての決闘なんて最高に熱いじゃないか。


 けどね……


 なんで乙女ゲームの中に本格3D格闘アクションゲーム入れちゃうかなーー?


 大抵は攻略本があればなんとかなる。

 パズルなら得意だし、カードゲームは運があればそのうち勝てるよね?

 とんとん相撲は連射パッドの力で楽勝だった。

 でも格ゲーは無理よね? ゲーマーとしての腕が無いとどうにもなりませんよ?


 おかげで全然進められないんです!!


 購買層をあまりにも無視した鬼畜仕様に、私は一度メーカー様宛にメールで送って救済策を出してもらえないかとお願いした。


 しかし……


 同様の要望は多数届いておりますが、イージーモードの導入は予定されておりません。頑張って攻略して下さい。


 という無慈悲なお返事が帰ってきた。


 まったく。ネットでこのゲームが何故か間違って乙女ゲームとして生まれてしまった傑作とレヴューされていたがほんと納得ですよ!!


 モニターには敗れたエリュシアリアが、ベルフィーナに剣を突きつけられたスチルが映し出されている。


『わたくしの勝ちですわ、エリュシアリア様。約束通り、兄と結婚してもらいます』


 敗者は勝者に従う。その覚悟を決めての決闘である。

 恋を諦め、望まない相手と結婚することになってもエリュシアリアは逃げたり足掻いたりしない。暁色の瞳に涙を堪えて唇を噛み締めるだけ。それも剣士として勝負に敗れた悔しさからによるものだ。


 私が不甲斐ないばかりに、ごめんねエリュシアリア……でもそんな姿もかっこいいよ!


 場面が変わりエンディングが映し出される。


 ウエディングドレス姿のエリュシアリアが伏し目がちの表情で祝福を受けるシーン。


 何度も見たエンディングだが、スキップせずに見届ける。分身であるエリュシアリアの行末を見届けるのは義務だと思ってるからだ。


 憂いを帯びた表情のエリュシアリアのセピア色のスチルは哀愁漂いまくってるが嫌いじゃないし。


 バッドエンドだけどやっぱりエリュシアリアは可愛い……ああ、可愛いよエリュ……


 私はゲームに登場するイケメンキャラよりも、主人公のエリュシアリアを気に入っている。


 可愛くてスタイル良くて、強くて明るくてとっても優しいちょっとお転婆なお姫様。


 家に引き篭もっている私とは大違い。そりゃ、作られたキャラなんだろうけどね?


 私は惚れたんだよ。彼女の芯の強さにさ……


 エリュシアリアが幸せになる。そのシナリオが見たい……トゥルーエンドを私は見たい。


 剣の国のエリュシアリアの攻略キャラは5人。


 メインヒーローである若き剣聖。普段は地味だけど磨けば光るなろう系主人公タイプのイケメン。シグー・エグザス


 クーデレキャラの公爵家子息。貴族テンプレなイケメン。ルー・ルート・エンフィールド 


 エリュシアリアの護衛騎士。栗毛で特徴が無いのが特徴なエロゲ主人公系イケメン。アレックス・トンプソン


 遠い東の国からの留学生。天然入ってる男の娘。ヒオウ・アサヒナ


 鬼畜マッドサイエンティスト。胡散臭い系イケメン。ヴィクター・アーセナル


 こんな男子で大丈夫か? そんなネタにされることもしばしばだが、大丈夫。『剣の国のエリュシアリア』はちゃんと乙女ゲームだよ! パッケージは主人公のエリュシアリアが大きくどーんと出てたから、店員さんも間違えたみたいで、男子向けの女の子がたくさん出てくるゲームの棚に混じっていたけどね!


 さて、攻略本によると最初のプレイで見れるのはノーマルエンドのみ。ノーマルエンドクリア後、シグー以外の4人ルートが開放されて、彼等のエンディングを見た後にトゥルーエンドに繋がる真のシナリオが追加されるようだ。


 私は一度だけ兄に頼んでベルフィーナ樣の攻略を行い、ノーマルエンドをクリアした。


 その内容に私は大泣きした。


 学園生活をエンジョイするエリュシアリア。しかし、戦争が始まりエリュシアリア達は学徒兵として戦場に赴くことになる。


 激化する戦い。侵略される国土。不利な状況の中で家族や大切な人々が犠牲となり、仲間達も若い命を散らしていく……


 やがて滅亡するセンチュリオン王国。エリュシアリアはベルフィーナ様と背中合わせで剣を構え、敵に囲まれたシーンで終わる。


 酷いラストだった。 


 一晩泣いて私は誓った。絶対に幸せになるエンディングを見るんだと。

 私は次の日から開放されたルートの攻略を始めたのだが……


 どのルートに行ってもベルフィーナ様との決闘は避けられない。どうやらトゥルーエンドを見るためには後5回ベルフィーナ樣を倒さなければならないらしい。


 まじかーー!!


 また兄に頼めばいいんじゃない? と思うかもしれない。

 確かにうちの兄はゲーマーで、アクションゲームも得意だ。ベルフィーナ様も1時間ほどで倒してくれた。

 初見では流石に無理だったが、すぐにコツを掴み、途中から服をわざと斬り飛ばさせたり、スカートの中を見ようとすることに夢中になっていたりもしたが、とにかく倒してくれた。


 だが奴はその後言ってはならんことを言ったのだ。


「このゲーム作った奴馬鹿だろう?」


 それは褒め言葉だったのかもしれない。けれど私はこのゲームを作り出したメーカー様への暴言を許せなかった。


 二度と頼まん!!


 背中を蹴っ飛ばして部屋から追い出して以来、兄とは口をきいていない。



✤✤✤



「うーーん。もう朝か……」


 カーテンを少し開けると空は白み始め、雀の鳴き声が聞こえる。

 何度も挑戦するがやっぱり倒せない。


 攻略本を読んでは試し……

 攻略動画を見ては試し……

 ムック本を眺め世界観に浸って試し……


 気がついたら外が明るくなり始めていた。


 時計を見ると午前5時を過ぎたところ。


 よし! 今日も行くかな!


 私はジャージの上からパーカーを羽織ると、背中まである髪の毛をポニーテールにする。

 ポニーテールはエリュシアリアのトレードマーク。真似するだけで力を分けてもらえる気分になる。


 それから家族を起こさないようにそっと家を出た。


 早朝の町をとてとてと走る。


 朝のジョギングは剣の国のエリュシアリアをプレイするようになってから始めた。

 剣を振るって戦うことは出来ないけれど、魔法も使うことも出来ないけれど……

 学校にも行けないくらい弱い私だけど……少しでもエリュシアリアに近づきたい。


 そう思って始めた早朝のジョギングもそろそろ一ヶ月になる。

 町内をぐるりと一周。約3キロを走り切る。


「はぁ、ふぅ……」


 元々運動は苦手じゃない。最近は体力も戻ってきたのか少し物足りなく感じるくらいだ。


 スマホで時間を確認するとまだ6時前で、人気も殆ど無い。

 スマホの待ち受けは勿論エリュシアリアだ。


 少し遠回りしようかな?


 それから追加で1キロほど走る。流石に身体が重くなってきたがこれくらいが気持ちがいい。


 ふらふらと自宅への帰路へ就く。高架の下を通ったそのときだった。


 甲高いブレーキ音が聞こえてきた。


 驚きはしたが、それだけだ。音は頭上を走る高速道路からだったから。


 早く帰って寝よう……それからまたベルフィーナ様に挑戦だ。


 興味を失った次の瞬間。フェンスを突き破り、トラックが降ってきた。

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