Princess Gather way! ~滅亡に向かう世界で転生王女は金色の守護神になりました~

ぽにみゅら

第一章『転生(エリュシアリア3歳)』

プロローグ

 戦に敗れ全てが奪われた。


 千年の歴史。剣の国としての誇り。


 陥落した王都では帝国兵が欲望のままに奪い、壊し、殺す。

 石畳に響く軍靴の音。聞こえてくる悲鳴。


 国の象徴だった城は焼け落ち、友人も家族も皆殺された。


 私と彼女は溝鼠のように人目を忍んで屍の散乱する王都を駆け抜ける。


 不意に頭上に影が差す。見上げると金色の相貌と目があった。


 冥界の竜。


 抗う気すら起らぬ程の巨躯を持つ、漆黒の竜だ。


 まるで無価値とでも言うように、竜の目に敵意は無い。竜にとって人など暇つぶしに眺める程度なのだろう。


 冥界の竜はあらゆる魔法や加護を無力化する力を持っている。


 英雄と謳われた戦士も、賢者と称えられた魔導士も、竜の前ではただの人。圧倒的な巨躯の前になすすべ無く立ち尽くすしかない。だが、命を奪われないだけ人はまだましな方だ。精霊や魔獣、亜人種といったこの世の理から外れた存在は、その場で消滅するか、灰になってしまうのだから。


 予期せぬ竜の来訪。それは、女神に与えられた加護によって国を護ってきた剣の国、センチュリオン王国の終焉の始まりとなった。


 かねてよりセンチュリオンを目の敵にしていたイグレス帝国は、竜が現れたことを好機とみて侵攻を開始。圧倒的な兵力を持つ帝国に対し、竜の力で加護を失ったセンチュリオン軍は敗退。ついに王都を堕とされた。


 悔しさを嚙みしめて私は竜を見上げるが、ただじっとこちらを見つめている竜が不気味で、私は視線を逸らした。


「早く……今なら広場まで抜けられます」


 同行していた彼女に呼ばれて、私は再び路地裏を走る。


 遠くで女性の悲鳴と子供の泣き声が聞こえた。思わず飛び出そうとする私を彼女が止める。


「いけません」

「でも……」

「無駄です。助けることはできません」


 彼女に諫められ、私は耳を塞いでその場を走り去る。

 

 細い路地を抜けると破壊された城門が見えた。しかし、城門前は広場になっていて身を隠す場所は無い。出ていけばたちまち見つかってしまうだろう。


 構わない。そこが私の目的地なのだから。


「くっ……」


 私は叫び出しそうになるのをぐっと堪える。


 城門前の広場には討ち取られた王族の骸が晒されている。男は首を切り落とされ、女は全裸で磔にされ野鳥が群がりその肉を啄んでいた。


 お父様……お兄様……


 お義母様……お姉様……ウェンディ……


 厳しかったお父様。でも本当は優しい目で見守ってくれていたことに私は知っている。優しさや甘さを隠そうとする、そんな不器用な愛情しか見せれなかったお父様に代わって、良き理解者になってくれたお兄様。幼い甥っ子とお義姉様。我が娘のように可愛がってくれたお義母様。よく遊んでくれたお姉様。私を慕って後ろをついてきた可愛い妹。


 大切な家族の無残な姿に胸が張り裂けそうになる。


 見ていてください。私も今そちらに参ります。


 どうせ死ぬのならせめて家族の元で。ただそれだけのために私はここへ来た。


 彼女が、連れてきてくれた。


「覚悟はよろしいですか?」

「もちろん。ここまで連れてきてくれてありがとう」

「勿体なきお言葉です」

 

 私に残された最後の騎士。


 私と彼女はしばし見つめ合い、口付けを交わす。


 深く、お互いの存在を魂に刻みこむように……


 やがて唇が離れると、名残惜しむ心を振り払うように私は剣を抜いた。


「行くわ」

「お供します」


 私は家族の元へと走り出す。彼女もそれに続く。


 すぐに発見され、帝国兵が現れる。私はぼろぼろのマントを脱ぎ棄てて叫んだ。


「私はセンチュリオン王国第4王女エリュシアリア・ミュウ・センチュリオン! 国と民と家族の仇、今ここで討たせてもらう」


 その瞬間、私の死が確定した。加護を失った今の私では到底勝ち目のない人数。私の命は持ってあと数分。


 その後、私の躯も姉妹と共にあそこに並べられるだろう。


 武器を捨てて投降すれば一晩くらいは生かされるだろうか?


 にやけた顔で舐めるような視線を向けてくる帝国兵に一瞬そんな考えが浮かんだ。けれど、すぐに振り払う。 


 命がけでここまで連れてきてくれた彼女の為にも。私も握った剣を捨てることは出来ない。死ぬときは一緒と決めたから。


 死んでいった家族や多くの仲間、民達の為にも。今ここで、無様な姿を晒せるものか!


「ごめんね。つき合わせて」


 背中を護る彼女に謝る。


「あなたとなら何処までも」


 いつもと変わらない澄んだ口調で彼女は答える。だからわたしもいつも通り笑うことが出来た。


「いつだって変わらないね」


 彼女はいつだって、誰よりも気高く、美しかった。


 そんな彼女に、私は惹かれ、憧れた。


 一緒に戦ってきた仲間も残っているのはもう彼女ひとり。私の心は今も恐怖で震えているけれど、彼女のおかげで背中だけは温かい。


「行きましょう。皆が待っています」

「そうだね。行こう。皆のところへ!」


 家族と竜が見守る前で私は剣を振るう。数多の刃が身体を貫き、血潮が涸れ果てたとしても、愛する人達の前で恥ずかしくない死を迎えるために、私は彼女と共に最後まで剣を振るい続けた。


 帝国が侵攻を開始してから僅か1年。その日、最後に残された王女の死によって、剣の国と呼ばれたセンチュリオン王国は滅亡する。


 それは剣と魔法の国の物語。その結末のひとつである。

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