序章:白の剣と黒の救世
夜の
村の中央には大きな火柱が立ち上り、村全体を照らしていた。
その周囲には、火柱を取り囲むようにして村人たちが座り込み、声が裏返ってしまうほどに泣き叫んでいる。
「お、お願いです! どうか子供だけは、子供だけはお助けを!」
一人の女性が火柱のすぐ傍に佇む生き物に縋りつくが、早々に振り払われてしまう。彼女が縋ったその生き物は人間と同じように二足歩行はしているものの、その造形は人間とはかけ離れている。
頭髪の類はなく、代わりに両側頭部からは緩く湾曲した角が生えており、肌の色は暗めの灰色。耳は先が尖っていて、人間とは異なる生き物であることを暗に示している。それは『デモニオ』と呼ばれる魔族の一種だった。
デモニオは片手で襟首を掴む子供を高々と掲げると、縋りつく親を嘲笑うかの如く見下ろす。その顔には愉悦が滲み、それを見ていた周囲のデモニオたちも愉快そうに高笑いなぞ上げ始めた。
「駄目だ駄目だ、貴様らはバズズ様への献上品の納期を守れなかったんだ! ならば罰を与えるのは当然だろう!」
「そ、そんな……お許しください、村にはもう食べ物が残っておらず、献上品だなんてとても……」
「ならば死に物狂いで働け! 作業にガキなんぞいても仕方あるまい、コレは俺たちが片付けておいてやるからなァ! 有り難く思えよ!」
デモニオたちがコレと示したのは、自分の逆手にいるまだ五歳ほどの少年だった。逃げられないように襟首を掴み、片腕一本で小さなその身を引っ張り上げれば、少年の口からはけたたましい泣き声が上がる。
その様をふんぞり返りながら眺める猿のような造形の魔族は、ひと際大きな体躯を揺らしながら満足そうに笑う。この猿型の魔族が『バズズ』だ。
「ママぁ!!」
「お、お許しください! わたくしめの命でよければいくらでも差し出しますので、どうか子供だけは!」
――この世界は、約五百年ほど前から『魔族』という種族に支配されている。
魔族たちは突如としてこの世界に現れ、圧倒的な力で世を支配した。
抵抗の
今の状況は、この辺り一帯を支配するバズズへの献上品を用意できなかった咎めなのだ。人間たちで言うところの約半年分の食料を定期的に用意できなければ、このように報復を受ける。
どうにかしてやりたいとは、誰もが思う。けれど、相手は魔族。人間が敵うような相手ではないのだ。
「我々に逆らえばどうなるか、その目でしかと見るがいいわ!」
「やめて……ッやめてえええぇ!」
母の懇願も空しく、少年の身は火柱の前へと投げ出された。
小さい身を恐怖に震わせる少年は、自分ににじり寄ってくるデモニオたちを前にぼろぼろと涙をあふれさせるしかない。
刹那、デモニオたちが手に持つ剣を振り上げた。目の前で震える小さな命を無情にも刈り取るために。
しかし、その剣が振り下ろされることはなかった。
「な……ッ、なに!?」
それよりも先に、光り輝く一閃がデモニオの群れを一撃で斬り伏せてしまったからだ。突如胴体から真っ二つに分かれたデモニオたちは何が起きたのかもわからず、浄化されるかの如く細かな黒い煙になって消えていく。
その様を目の当たりにしたバズズは、大きな棍棒をドスンと地面に叩きつけて怒声を張り上げた。
「何者だ!? ここをこのバズズの支配領域だと知ってのことか!」
人間たちも誰もが皆、辺りを見回した。バズズは憤りを、人間たちは希望をその顔に乗せて。
すると、程なくして彼らの視線は一様にバズズの後方に行き着いたところで止まった。どこにいたのか、どこからやってきたのか――襲撃者は、親玉であるバズズのすぐ真後ろに佇んでいた。
闇夜を照らすほどの強い輝きを放つ剣を、その手に携えて。
――魔族に支配されるこの世に、いつしかひとつの噂が流れるようになった。
それは、絶望に打ちひしがれる人々に希望の火を灯すように、どこからともなくふらりと現れる。
夜の闇に紛れるかの如く黒衣を纏うそれは、力強い輝きを放つ光の剣を手に、次々に魔を祓う。人なのか、はたまた人ならざる“なにか”なのか。その正体は誰も知らない。
ただひとつ明らかとなっているのは、それは魔族に蹂躙される人間たちの元に現れるということ。
「ぐッ、ぎゃああああぁ!!」
刹那、バズズの身は真横に一刀両断、上半身と下半身が光の剣により叩き斬られ、遺体を残すこともなく黒い霧となって消滅した。
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