幼馴染があの手この手で襲わせようとしてくる

マクセ

短編

 暇だ。


 土曜日の昼下がり、いつものように自分の部屋でビデオゲームをする。おそらく高校1年生の休日としては最もメジャーな暇の潰し方だ。


 そして隣の座布団には、一個下の幼馴染の淡井あわいなぎさが座っている。

 彼女は俺の隣の家に住む女の子で、幼い頃から兄妹のように育ってきた由緒正しき幼馴染だ。


「おい渚、復帰にカウンター合わせんの禁止だって言っただろ」


「そんなルールはありませんよ」


「下級生のくせに生意気な」


「年下の女子に負けるしゅんくんが悪いんじゃないですか?」


 こうして2人、並んで対戦ゲームをするのはもはや習慣と化している。


 普通、男女の幼馴染の仲というのはどこかで自然消滅するものだと思うが、俺たちにはゲームという共通の趣味があった。


 だからまあ、いい友人関係を築けているんじゃないかと、個人的にはそう思っている。


 俺らは男と女ではあるが、幼馴染なんて異性としては見れないものだ。


 まさに兄妹のようなもの……小さい頃は自転車のサドルの後ろを掴んでやってたくらいにはお兄ちゃんしてた身。


 渚は超が付くほどの美少女だが、そういういやらしい目で見たことは一度もない。


 ないったらない。



 視界の端で、“たゆん”という音を立てて何かが揺れた。



 いや実際にはそんなSEは鳴っていない。だが、そういう音感を錯覚させる何かがその物体にはあった。

 コントローラーを動かすたび、肘と連動して揺れるその物体。


 たわわな2つの実りである。

 俗に言う、おっぱいである。

 

 ……最近、急激に育ってきたな。


 というか、育ち過ぎでは?


 これって中学生が出していい音なの?


 まあ別に俺には関係ないけどね。


 妹みたいなもんだしね。


 全然、エロい目で見ているとか、そういうことはないからね。


「ちょっと春くん、さすがに弱過ぎじゃないですか」


「あ、やべ」


 俺の操るキャラはいつの間にか撃墜されていた。

 3タテ……完封負けというやつだ。

 ちょっと隙を見せるとこれだ、ゲーマーめ。


「ちゃんと集中してくださいよ」


「そりゃお前のせいだろ」


「は?」


「あ、いやなんでもない」


 危ない危ない……まさか乳に気を取られて手付きが疎かになっていただなんて口が裂けても言えないからな。


「さあ次の試合だ。ハンデとしてお前はキングク◯ールを使うように」


「そこまでして勝ちたいんですか……大人気ない」


「お前も少しは目上の人の立て方を覚えろってこった」


「春くんは目上の人ではありません」


「そこまできっぱり言うか」


「だって幼馴染だもん」


「ふん、かわいいこと言う」


 結局、ハンデを貰っても俺は勝てなかった。大人気ないのはどっちだ、王冠ガン待ちしやがって。


「はー、このゲームも飽きてきたな」


「それは春くんが弱いからでしょ」


「うるさい、ならもうひと勝負だ」


「このゲームも飽きてきましたね」


「おいこの野郎」


「飽きたし、次のゲームは条件付きでやりましょうか」


「条件?」


「負けた方は勝った方の言うことをなんでも聞くとか」


「んなもんイヤに決まってんだろ」


 どうせ負けるのは俺なんだから。勝率2割だぞ。5回に1回しか勝てないんだぞ俺は。そんな分の悪い大博打できるかってんだよ。


「ねえ春くん」


「なんだよ」



「私と一緒にいてムラムラとかしないんですか」



 ……は?


「は?」


 会話の中で唐突に発せられた、その聴き慣れないオノマトペに俺は耳を疑った。


 今なんて言ったんだこいつ。


 ムラムラって言ったのか。


 それはアレか。


 興奮的な意味での、ムラムラか。


 性的な意味でのムラムラなのか。


「む、ムラムラってのはどういう意……」


「要するに、私に欲情しないんですかって話です」


「直球かよ」


 確定か。


 性的な意味で確定か。


 なんなんだ突然下ネタなんか言いやがって。


 こいつそういうキャラだったか?


 いや、そういうキャラなのかも。


 渚はいつも飄々としていて、掴みどころのない性格をしている。そもそも学年が違うからクラスでのキャラとか分からないし。


 もしかしてお前は普通に下ネタとかいうキャラだったのか。


 実はこういうシモい言葉に抵抗がなくて、クラスの男子と猥談とかしちゃったりしてんのか。


 もしそうならちょっとショックだぞ。


 お兄ちゃん的な意味で。


「なんで突然そんなこと聞いてくんだよ」


「いや、ちょっと気になったんです」


「なにがだよ」


「よく言うじゃないですか、『幼馴染なんて家族みたいなもんだ』みたいな。あれって本当なのかなあって」


「うっ」


「でも本当はいやらしい目で見てるんじゃないかなあって」


「……」


「春くんはどうなんですか? 私と一緒にゲームしてるとき、変な気持ちになったりしてるんじゃないですか?」


 ぎくっ。


「んなわけ! んなわけないだろ! ぜんっぜん変な目で見てないから! 超家族だわお前なんか!」


「なんか必死じゃないですか?」


「必死じゃねーけど!? 俺のどこが必死なわけ!?」


「でも、私こんなにおっぱい大きくなったし」


 また、たゆんという音が鳴る。


「春くんが健全な男子なら、ムラムラしてるんだろうなあっていう常識的推測です」


「してねーよ、俺不健全だから。不健全中の不健康児だから。たぶん早死にするから」


「……なーんか嘘くさいですね。春くん、やっぱり私のことそういう目で見てるんでしょう」


「見てないって……お前なんて妹みたいなもんだぞ。妹に欲情するバカがどこにいるんだよ」


「でも春くんって妹にも欲情しそうじゃないですか」


「俺のこと普段どんな目で見てんだお前は」


 話がややこしくなってきましたね、と渚は一旦議論を中断させた。

 そして、どこからともなくホワイトボードを持ってきて情報を整理した。両者の意見の食い違いについてまとめる次第だろう。


「つまり、私は《たとえ幼馴染であってもムラムラする派》で」


「俺は《いーや幼馴染は家族同然ムラムラなんてありえない派》だ」


 ここに分かりやすい派閥争いが生まれた。


「ふーん……じゃあゲームではっきり決めましょうか」


 そして、ゲーマー同士の争いはゲームによって諌められるのだ。


「ゲーム? スマ◯ラか?」


「いいえ、もっと面白いゲームです」


「なに言って……うわっ」


 すると、渚はホワイトボードを投げ捨て、倒れ込むようにして俺の腕に抱きついてきた。いや、巻きついてきたって言い方が正しいかもしれない。


 そして当然のことながら、2つの大きなモノも俺の腕に密着することとなる。相当なモノの持ち主である渚にかかれば、俺の右腕全体を包み込むこともたやすい。


 俺は未知の感触に動揺しきっていた。


 よく、マシュマロのような感触だと例えられることがあるが、実際には全然違う。女性の胸とはそんな軽いモノではない……当たり前だ、中に詰まっているのは空気ではなく脂肪なのだから。


 純然たる質量。


 そして密度がすごい。


 なのに羽毛布団のように心地いい……ずっと挟まれていたい。こんな物質が他にありますか? いやないだろう。


 つまり、おっぱいは物理法則を無視しているのだ!


「どうしたんですか? そんな放心しちゃって」


「……はっ!」


 あ、危ない危ない……初めての感触に動揺しすぎておっぱい物理学者になってた。


 正気に戻った俺は自分の置かれている状況を再確認し、声を荒げた。


「な、なにしてんだバカっ! 離れろっ!」


「突然甘えたくなりました。赤ちゃん帰りかも」


「ふざけたこと言ってんじゃねーよ! いろいろ当たってるって!」


「もしかしてムラムラしてるんですか? 幼馴染に」


「こ、こんなことされたら誰だって……」


 ……ぐ。


 今ここでそれを認めたら、《幼馴染ムラムラする派》の大勝利だ。


 しない派の代表としてはここで口を割るわけにはいかない。


「ちなみに、私の胸を触ったり、脚を撫で回したり、襲いかかってきたりしたら春くんの負けですよ。だってそれは幼馴染に欲情するってことの証明ですから」


 ふん、なるほど。


 面白いゲームってのはそういうことか。


 渚は俺を誘惑し、俺はそれに打ち勝てるかどうか。意志の強さが勝敗を決するゲームだ。


 見ると、もはや渚は勝ち誇った表情でニヤニヤし始めている。「男なんてクソチョロ〜い。チョロチョロのチョロカス〜」みたいな顔をしている。


 おうそうか、認めてやるよ。


 幼馴染に欲情しないなんて嘘っぱちだ。


 男はクソチョロ生物だし、お前のおっぱいは物理学だ。


 こんなかわいくてグラマラスな女にセンサーが反応しないわけあるか。


 胸も脚もその他もろもろも触りまくりたいのはやまやま。


 ……だが、


 男には、一度張った見栄を、


 最後まで張り続ける義務があるんじゃい!!!


「いや、全然なんてことねーな。やっぱり妹みたいなもんだわ。急に甘えたくなるなんてかわいらしいなあ渚ちゃん」


 俺は半笑いでそう答えた。


 完全に勝ち誇っていた渚が、怪訝そうな目でこちらを睨んでくる。予想外だったか? ビッチ気取りちゃん。


 舐めるなよクソガキ……高1ともなれば性欲のコントロールもある程度効くようになるもんだ。心頭滅却すれば日もまた涼しと言う……時間制限はあるけどな!


「ホントですか? ホントにムラムラしてないんですか? ホントは今すぐにでも襲いかかりたいんじゃないですか?」


「んなわけないだろ、何年一緒にいると思ってんだよ。むしろこのままずーっと頭ナデナデしてやりたいくらいだぜ」


 昔よくそうしてやっていたように、彼女の頭を撫でてやる。これはおさわりしたら負けのゲームだが、頭ナデナデに性的な意味は含まれていないからセーフだろう。


 こうしていると昔のちいちゃいなぎさちゃんを思い出して興奮が薄れてくる。


 そう、俺らは昔、小学校低学年の頃くらいまでは一緒に風呂にまで入っていたのだ。一緒の布団で抱きしめあって寝たり、とにかく兄妹然とした生活を送ってきた。


 一緒にいるのが普通で、くっ付いているのが当たり前……兄代わりになってやろうと最大限こいつを甘やかし、守ってきたつもりなのだ。


 そんな俺が、最近ちょこーっと胸が大きくなってきただけのベイビーちゃんに情欲を弄ばれてたまるか。ここは意地でも譲らんぞ!


 中3の青二才が、先輩を手玉に取れると思ったら大間違いだ。俺は逆に余裕そうな笑顔で意趣返しをしてやった。


 冷静なのは顔だけだけどな!


 だからさっさと離れてくれ!


 そろそろ爆発しそうだ!


 本音はエクスプロージョンなんだ!


 その内なる思いが通じたのか、渚はすごすごと引き下がった。ふう、危ない危ない。


「ふーん……意外と耐えるもんですね」


「た、耐えるってなんだよ……別に全然頑張ってねーし。自然体そのものだし」


「じゃあこんなのはどうですか?」


「あ?」


 渚は着ていたシャツのボタンを外し、胸の谷間を見せつけてきた。両腕で重たそうに胸を持ち上げ、俺の顔の近くまで持ってくる。


「ねえ春くん、見てくださいこれ」


 あ、


 こいつ、こんなところにホクロがあるんだ。


 その小さな黒点を認識した途端、身体の外側から内側まで一気に鳥肌が駆け巡った。心臓の奥がキュッと締まる。明らかにバイタルが上昇しているのを感じる。


 反則だろ……!


 胸の谷間にちっちゃいホクロは、反則だろうが……っ! なんだよその質感っ……! なんでちっちゃいホクロがあるだけでこんな秘め事感が強くなるんだよっ……!


 普段見えない場所にホクロがある。その事実はリビドーを増幅させるのに大いに役立った。そして渚は明らかに戦略的にそれを活用している。


 つまり、手玉に取られかけている。


「ふ、ふん……なるほど、なるほどな」


 俺は深く息を吸い込んで平静を保とうとする。


「どうです? さすがにこれは効いたんじゃないですか?」


「いーーーーやぜんっっっっぜん! まったくもってムラムラしてないが!」


「どうです? 触ってみませんか? あったかくて柔らかくて……とっても気持ちいいと思いますよ」


 まさに悪魔の囁き。


 悪魔はさらにボタンを外す。一個、二個と外れていく度に、俺のタガまで外れていくようだ。


 鎮まれ、鎮まりたまえ……! 俺の右手……! 谷間に手を突っ込もうとするな……! 俺は持ち主の意思を無視して暴れ出そうとする自らの右手を必死に押さえつけていた。寄◯獣かよ。


「いいですよ? 触りたいなら触っても。誘ってるのはこっちなんですし」


「う……ぐぬぬ……!」


「まあ、手を出したら負けですけどね」


 負け。


 その言葉が俺を奮い立たせる。


 俺は勝率20%の男だ。


 こいつにゃゲームじゃ負けてばかり。


 だったら、今日くらい勝とうじゃないか。


「……っしゃあああああああああ!!!」


「えっ……? どうしたんですか……?」


「ああああああああああああああ!!!」


 俺は机の引き出しから鋭利な鉛筆を取り出し、それを左手でガッチリ掴むと、勢いよく右手の甲に振り下ろした!


「うぎゃあああああああ!!! いってえええええええええええ!!!」


「えっ……!? ちょ、え……!?」


 思ったより深く刺さってしまい、思わず情けない声を上げてしまう。


「想像以上にいってえ……うう……馬鹿か俺……刺しすぎだろ」


 だが動揺しているのは俺だけでなく、奇行を目の当たりにした渚もだったようだ。いつもはすっとぼけたような顔をしている彼女が目を丸くして慌てている。


「な、なに、なにして、なに考えてるんですかっ!」


「ふ、ふふふ……突然右手に鉛筆を突き立てたくなったんだよ。悪いか」


 俺の右手はもはや意思とは関係なく動き出そうとしていた。だが、強い痛みを与えてしまえば物理的に止められる。ちょっとやりすぎたけど。


 どうだ、渚。


 これが俺の鉄の意思だ。


 矜恃を保つためならば、俺は自らの身体を傷つけることさえ厭わん!


「俺は幼馴染にムラムラなんかしない! ましてや絶対に手など出さん! どうだ! これでしょうめ……あれ」


 渚がいない。


 と思うと、勢いよくドアを開けて帰ってきた。


 息を切らし、両手で医療箱を抱えている。


 どうやら一階まで救急用の医療箱を取りに行ってきたようだ。肩で息をしており、急いで持ってきたことが分かる。


「お、おい渚……?」


「は、はやく……はやく手当てしないと……」


 心配そうに俺を見つめる渚の瞳は、涙で潤み始めていた。



◆◇◆



 深く突き刺さった鉛筆を抜き取っている間、俺はある種の賢者タイムに突入していた。


 それはもちろん、自らの右手に鉛筆を突き刺すなどという愚かな行為を省みてのことでもあった。


 しかし、それ以上に、渚が本気で俺の心配をしているという事実に、心を痛めていた。


 先ほどまでの小悪魔的な雰囲気は露知らず、顔を俯かせて傷口に絆創膏を貼る渚。消毒も念入りに施され、これ以上ないくらいに丁寧な治療の後のことだった。


「……痕にならないといいんですが」


 そう言って不安げに手を撫でてくる。その仕草に先ほどまでの『悪ふざけたエロス』は感じられず、ある種の母性のようなものさえ感じる。


「な、なあ渚……そんな思いつめるようなことでもないだろ? 俺が勝手に頭おかしいことをしただけだし」


「でも、私が調子に乗りすぎたせいです」


 ごめんなさい、と渚は頭を下げた。


 そして肩を震わせて涙を落とし始めた。


 ぽつぽつ、ぽつと俺のベッド上に彼女の涙が落ちる。

 

 そう言えば、昔もこんなことあったな。


 渚が初めて自転車の練習をする際、サドルの後ろを支えていたのは俺だった。だいぶ自転車乗りにも慣れてきたというところで、調子に乗った渚はスピードを出し過ぎ、バランスを崩してしまった。


 それを見ていた俺は、勝手に手が動いたなんて言ったら格好つけ過ぎかもしれないが、とにかく自分の身の安全などは考えずに右腕を伸ばした。


 結果、渚は軽傷で済んだものの、俺の右腕は自転車の下敷きになって折れてしまった。


 全然大したことないエピソードだ。子ども同士で遊んでいたら怪我をしてしまった、というだけの話。


 でもたしかその時だ。


 その時も渚はこんなふうに泣いていた。


 病室の椅子に座って、ぽつぽつ、ぽつと声も出さず、ただ黙って涙を流していた。


「こ、こんなことで泣くなよ」


「……だって自分のせいで春くんが傷付くの、イヤだから」


 嫌な記憶を思い出させてしまったのだろうか。


 もしそうなら悪いことをした。


 本当に悪いことをした。


 なんて声をかければいいんだ。


 俺の目の前で、自分の行動に責任を感じて泣いている女の子に対して、なんて声を。


「渚」


「……なん、ですか」


「俺はな、お前を見てるとムラムラするぞ」


「……え?」


 俺の発した、このシリアスな状況にそぐわないセリフに、渚はまたも目を丸くする。


 だが、俺自身は至って真面目だった。


「春く……あっ」


 俺は渚を抱き寄せる。

 図体はでかくなってもやっぱり昔と変わらない。

 変わらず俺の一番大事な女の子だ。


「お前はかわいいし、おっぱいでかいし、俺と一緒にゲームしてくれるし、妹でもない。幼馴染を女として見られないだなんて嘘っぱちだ。こんな女の子と一緒にいたらムラムラするに決まってるだろ」


「……だ、だったら、襲ってくれればいいのに。私のこと女として見てくれてるなら」


「だけど、俺だってお前を傷つけたくないんだ」


 本能に従うなら、このまま渚を襲ってしまいたい。

 だがそんなことはできない。


「お前はまだ中学生なんだぜ」


 だから襲わない。

 俺は渚が大事だから。


「こんな遊びみたいなノリで、お前の身体を傷つけたくないんだ。本当は揉みたいし、撫でたいし、もっと最低なことだっていろいろしたいけど……それで渚が傷つくくらいなら、そんなの全部どうでもいい」


 俺はロマンチストだ。

 同時にヘタレでもある。

 だから一番大事な「好き」という気持ちはまだ伝えられない。

 それらしい講釈を垂れ流して、いつまで経っても次の段階に進めないことの言い訳をしているだけだ。

 なんとなく察してくれ、という自分勝手な伝え方で精一杯のザコなんだ。


「だから、その……泣かれると困る」

 

 だが、今優先するべき最重要課題である、「渚を笑顔にする」という項目については、なんとか達成できたようだった。


「……結局、手出してるじゃないですか。こんな情熱的に抱きしめちゃって」


「バーカ。泣いてるガキをよしよししてやってるだけだっつーの」


「ふーん……じゃ、いっぱい甘えちゃうけど、いい?」


 そう言うと、渚はごろんとベッドに横たわった。渚を抱きしめたままの俺も一緒に横になる。猫みたいに頭を擦り付けてくる渚は、世界で一番愛らしい生物だ。


「久々に一緒に昼寝するか」


「ふふふ、我慢できるんですか?」


「余裕だ余裕」


 だってなんだか眠くなってきた。


 きっとこいつの体温のせいだ。


 いつだって、渚のそばにいる時が、俺は一番安心するんだから。


 これじゃどっちが甘えているんだか分からない。そう思いながら渚の頭を撫でていると、いつの間にか俺は眠っていた。



◆◇◆



 起きるともう夕方だった。

 赤い光が窓辺から差し込んでいる。カラスもカァカァ鳴いている。


 渚は平然とした顔でゲームをしていた。


 そして俺は、先程の一連の流れを思い返して気まずい思いをしていた。


 ……俺、めちゃくちゃ恥ずかしいこと言ってた気がするな。「お前を傷つけたくないんだ!」みたいな。うわ、寝て起きたら突然恥ずかしくなってきた。


「あ、やっと起きたんですか」


 そんな俺の心中とは裏腹に、渚はあまりにも平然と話しかけてくる。お前だって結構恥ずかしいムーブしてたような気するけどな。なんでそんな普通にできんの。

 

「お、おお……おはようございます渚さん」


「なんで敬語?」


「いや、なんとなく……」


 気まずさ全開の俺を渚は無表情に見つめる。

 そして、思い立ったようにこんなことを語り出した。


「勝負は私の負けでいいですよ」


「え」


「結局、春くんが私に襲いかかってくることはなかったわけですし」


「しょ、勝負って?」


「忘れたんですか? 私たちはゲームで勝負をしていたじゃないですか」


 あ、そうだった。

 途中から忘れていたが、そもそも俺らはゲームをしていたのだ。

 幼馴染ムラムラする派と、幼馴染ムラムラしない派の対立ゲーム……俺は渚の誘惑に打ち勝ったから勝ち、ってことでいいのか? 思いっきり「幼馴染にもムラムラします!」って宣言してたような気もするが。


 渚は口元に手を当て、半ば不本意そうに言った。


「それにしても、女の涙という強技を使ったのに勝てなかったのは驚きですね。普通あのまま『俺が慰めてやるよ……』コース一直線だと思うんですけど」


 ……ん?


 なんだその言い方。


 まるであの涙が、意図的なものだったかのようなニュアンスに聞こえるんだけど。


「お、お前もしかして……」


 渚はニコッと笑って言った。


「はい、そういう戦略です」


 いや、あのトラウマ涙ムーブ演技かよ!


 ゲームの戦略のうちのひとつだったんかい!


「はあああ!? おまっ……マジかよ!? はあ〜……それじゃ俺すげえ馬鹿みたいじゃ〜ん……」


 そう頭を抱える俺を、クスクス笑って見ている渚。こ、このメスガキ……俺がどんな思いでお前を抱きしめたと思ってんだ! マジで襲うぞ!


「はあ……確かに、よく考えてみたらお前があの程度のことでマジ泣きするわけないよな。この演技派女優がよ〜……」


「………………ほーんと、騙されやすいんだから」


 渚は何やら含みを持たせてそう笑った。

 意味はよく分からないが、とにかくバカにされていることは確かだろう。


「うるせー、単純で悪かったな」


「でもそこが春くんのいいところじゃないですか。怪しい壺でも簡単に買ってくれそうというか」


「詐欺師目線で人のいいところを語るな」


 でもまあ、いいか。

 最終的にゲームは俺の勝ちだったわけだし。

 試合に勝って勝負に負けた感はあるが、勝ちは勝ちだ。


「ということで、勝者特典です」


「勝者特典?」


「本当に何も覚えてないんですね……ほら、はじめの方で言ったじゃないですか。『次のゲームで負けた方は、勝った方の言うことをなんでも聞く』って」


「あー……そう言えばそんなことも言ってたような気がするな」


「なので、いいんですよ? なんでも命令してもらって」


 すると、渚は持っていた携帯ゲーム機を放り投げ、またも俺に密着してきた。


「いっ……!? な、渚っ……!?」


「もちろんえっちなのでもいいですけど、どうします?」


 そう言って小悪魔的に笑う渚は、やっぱり顔が美少女で、


 そして何より胸がデカい!


 ……俺はこいつを襲わずにいられるだろうか。そう自分の理性と相談しながら、とりあえず彼女の頭を撫でる今日この頃だった。

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幼馴染があの手この手で襲わせようとしてくる マクセ @maku-se

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