それぞれの結末と新たなる始まり
「行くのかい」
【イギリス コッツウォルズ地方 捕虜収容所】
コ=ツィオは振り返った。集会所でベンチに座っていたのはこの収容所のリーダー。前の戦争が終わった時からここにいるというドワ=ソグは、人類が鳥に似ていると言う顔をほころばせた。
「ああ。悪いな。あんたらより先に帰れるのはなんか申し訳がない」
「気にしなくていい。十五年もいたんだ。君だって十二分に苦労した」
そう言われてもコ=ツィオにはどこか居心地の悪さがあった。人類は神々の捕虜の送還を始めた。彼らの基準でさほど重い罪を犯していない者を。コ=ツィオ自身取り調べを受け、さほど重大な罪を犯していないと認識されていたらしい。ありていに言えば小物なわけだ。戦争が終わった以上は地球で養うよりさっさと送り返した方がマシ。と言う判断なのだろう。
だが、ベンチに座るこの男は異なる。ドワ=ソグは一生、重犯罪者として囚われの身となる定めだ。ここに元からいた者たちの多くも。全体としては極めて紳士的に進行した今回の大戦とは異なり、遺伝子戦争は人類の七割が死に至るほどの凄惨な戦いだった。互いが互いに対して恐ろしい行いを繰り返した。その責任を背負ったのだ。
「それに、故郷に戻れれば安泰とは限らない。人類は今回の戦争の元を取り返そうとするだろう。莫大な戦費。億近いヒトを社会復帰させるための膨大なコスト。数十万体の眷属の思考制御を解除し、治療させ、受け入れる結果生じるだろう社会不安。それらの多くを我々に負担させようとするだろうな。元々は我々のまいた種だ」
「ここにいた方がマシかもしれないってことか」
「そうならないためにも、君たちが頑張るしかない。人類は手ごわい交渉相手だが、利益を得ようとしている限りは必ず付け入る隙がある。我々が何千年もやってきたことだ。それが絶滅戦争でない限り、敗者もいずれ日の目を見る機会はやってくる。何百年の苦難の道のりがあろうとも」
「その先の未来はないだろうがね」
「構わないさ。千年後には我々は人類とどのみち同化せざるを得ない。人類のマイナーな民族のひとつとなり、やがて最後のひとりが死に絶えたとしても。それは単に我々の種としての遺伝子が絶えたというだけのことだ。同化することで我々のミームすらも受け継いだ人類が存続していけばいい。同じ滅ぶなら、後世により多くのものを残せるのは強者に滅ぼされ、取り込まれた側だからだ。君たち若者の責任は重大だぞ」
「やれやれ。ま、頑張るとするよ」
「期待している。故郷と我が種に栄光あれ」
コ=ツィオは相手に頷くと、今度こそ集会所の外へ。いや、収容所の。地球の外目指して、歩き出した。
◇
【
「おばあちゃん。おばあちゃん」
「……ぅん?」
老女は身を起こした。もうすぐ夜明け。自分を起こしたのは十をいくつか過ぎた男の子である。先日土砂崩れで家を失った一家のひとりであった。幸い死人は出ていないので、こうして村の複数の家で預かっている。
「お空」
「……!」
窓に駆け寄った老婆は、見た。朝日の中を飛んでくる、幾つもの影を。神々?
分からない。家の外に出る。いつも通りの谷間に広がる畑と家屋。既に村人たちも起き出したか、何人も姿を見せていた。
そのうちの一人が駆け寄ってくる。
「神々か?」
「どうだろうね。ラジオではずっと、神々は降伏した。人類は勝った。順番に救助が来る。って言ってたけども」
老婆の家にはまだ動くラジオがある。ここ何十年も騙しだまし動かしてきたそれが、村の貴重な情報源だった。"国連軍"からの放送を受け取る唯一の手段だったのだ。
とは言え実際のところは分からない。神々もここしばらく来ていないのは確かだが。
ラジオの言っていたことが本当ならば、今飛んでくるものが国連軍の救助なのだろうか?
答えを知る機会は、すぐにやってきた。
村の上空に飛来したのは、幾つもの獣神像。そのうちのひとつが、ゆっくりと下降してきた。村の中央を流れる川の、河原付近に。
小麦色の巨人だった。五十メートルもあるそれは巨神であろうが、今まで村人たちの見たことがない容姿をしている。
自己組織化によって見事な毛並みまで再現された五十メートルの巨体は、獣相の備わった頭部から角を生やし、冠をつけ、軽装の甲冑をまとい、弓と矢筒で武装し、そして背面には十数本の大剣を翼のように浮遊させた巨体を小麦色に輝かせている見事な像である。
女神像。いや、獣神像であった。
最後に着陸した巨像は、一拍置いて霧散。まるで縮んでいくように、ひとりの少女へと収束していく。
その姿を見た村人たちは息を飲んだ。相手が、明らかに人間でも神々でもない異形だったからである。
それは、獣相を備え、二本の角が下向きに伸び、体中が毛に覆われ、尻尾を備えた小柄な女の子。彼女は、人間のものらしい軍服を着て、村人たちの前まで歩み出る。
「国際連合軍神格部隊所属の人類製神格。フォレッティ級のローザです。皆さんを救助するために地球から来ました。代表者はいますか?」
人間の言葉。英語で、そいつははっきりと話した。
顔を見合わせた村人たちの間から、老婆は前に出る。そうせねばならないと思ったからだった。
「話だったら、私が聞く。今言ったのはほんとうなん?」
「本当。私は志願してこの村に来たの。友達との約束があったから」
「友達?」
獣人は。ローザと言うらしいそいつは頷くと、背負っていたリュックから一葉の写真を取り出した。
そこに写っていたものを見て、老婆は息を飲む。
それは、眼前の獣人と共に笑顔を浮かべた、三人組の姿だったから。
のっぽ。ちびすけ。まんまる。十五年前、この村から送り出した子供たち。
「―――これは」
「十五年前、この村を旅立った子たち。私の命の恩人。戦闘で傷を負い、記憶を失ったわたしを助けてくれた。何千キロも一緒に旅をして、地球まで連れ帰ってくれたの。この子たちと約束をしました。この村の人たちを助けるって。
でも、こんなに遅くなっちゃった。ごめんなさい。神々を打ち負かすのにとても時間がかかったの」
写真の背景はどこかの空港なのだろうか?巨大な滑走路と海が見える。空には巨大な積乱雲も。
周囲を見回す。集まっていた村人の中には子供たちの親族も含まれる。老婆自身も含めて。彼らにもそれを見せる。いや。村人皆が、それを確認しただろう。
「この子たちは―――今どうしてるん?」
「元気だよ。みんな自分の居場所を見つけたの。今は地球で暮らしています。幸せに」
「そっか。よかった。本当に、よかった」
「私たちは先ぶれ。皆さんにいずれ、救助のための本隊がやってくることを知らせに来たの。ここに来るまでに十九の村を回りました。この後もたくさん、回ります。全部で二百五十」
「二百五十……!」
「救助する村がたくさんあるから、この村の人を地球に連れて帰るまではまだ、しばらくかかります。恐らく数か月以上。でももう、神々に脅かされることはありません。彼らは降伏したから。人類にもう危害を加えない、って誓ったの。私たちも巡回するので、困ったことがあったり、神々が悪さをしたら知らせてください。絶対に助けに来るから」
必要な事を語り、村人たちからの質疑に丁寧に答え終えると、ローザは再び河原の中ほどまで戻った。その足元から小麦色の霧が吹きあがるとたちまちのうちに実体化。獣神像を構築していく。
ゆっくりと浮かび上がっていく、
村人たちは、その姿が見えなくなるまでずっと。その場に立ち尽くしていた。
◇
【ルーマニア トランシルヴァニア地方シビウ県 要塞聖堂】
気持ちのよい朝だった。
郵便物を確認していた
その場で開封すると中身をざっと確認する。懐にしまい込み、他の郵便を仕分けてから私室に戻る。
ベッドに腰かけた段階で、アスタロトは改めて手紙を読み始めた。
『親愛なる私の妹。残暑お見舞い申し上げます。
お元気ですか?こちらはみんな元気です。みんな帰還事業の手伝いで、とっても忙しいんですけど。それでも全員で一緒にいる機会はなるべく作っています。家族ですから。この間は、花火大会にも行きました。浴衣姿のクムミさん、とっても奇麗で。これでフランさんやはやしもも帰ってこれたらいいんですけれど、あっちもまだまだ大変みたいです。戦争は終わっても、戦後処理は終わってないですから。神々が異種族に降伏するのはもちろん、はじめてのことですし、人類も異種族を降伏させたのは初めてです。慎重になっています。安定するまで時間がかかるでしょう。恐らく五年、十年。もちろん、私たちはずっとこの事業に関わっていくつもりです。燈火さんの言葉を借りれば、これは僕たちが始めた戦争だから。ってなりますね。
それでも、こんな結末は十五年前。いえ、五十一年前には想像もできませんでした。人類の科学の進歩は凄まじいです。この地球の繁栄ぶりも。人類はやればここまでできたんだと思うと、誇らしく思います。あなたはどうですか。この結末を予想できましたか?
世界はこれからもどんどん良くなっていくでしょう。私たちは百年後も、千年後も。ひょっとしたら一万年後も、この世界で生きているでしょう。その時何を思うのでしょうね。
私たちが姉妹となったのは神王の気まぐれ故ですが、それでもこの縁を大事にしていきたいと思います。壊れた神格に過ぎないわたしを、人間のあなたがそれでも姉妹と思ってくれるのであれば。
書き連ねたいことはまだまだありますが、そろそろ紙面がなくなってきました。続きは次に会った時にでも、お話ししましょう。
親愛なる私の妹へ』
差出人の名は、
あの銀髪の人類側神格は、今もあの穏やかな笑みを浮かべているのだろう。彼女と和解できたことが、アスタロトの人生にとっては最良の出来事だったと、今では思えるようになってきた。
同封されていた幾つかの写真を取り出す。様々な場所でのスナップショット。料理をしている
引き出しを開ける。残りの写真と手紙を大切にしまい込む。中には他にも、大事な手紙が幾つかあった。教え子たちからのもの。今や親友ともいえる関係になったサラ・チェンからのもの。以前受け取った、姉からのもの。様々だ。
引き出しを閉めると、アスタロトは立ち上がった。今日も忙しくなる。また子供たちが、近いうちに独り立ちをする。戦争が終わっても知性強化動物は作られ続けるだろう。彼らは人類の発展に欠くことのできないパートナーだ。これから先、人類は宇宙にも広がっていくだろう。神々の轍を踏まぬよう、超新星のような災害をかわして拡散するのだ。難しいがやり遂げられるに違いない。人類は神々にすら打ち勝ったのだから。
アスタロトは、部屋を後にした。
◇
【
「あ。その写真はもうちょっと右に飾って。そう。そんな感じ」
リスカムは、壁に飾られた額縁の位置に満足した。収まった写真は神々との艦隊決戦以前に撮影した集合写真である。第四世代型の艦艇型神格たちや、同期の指揮官たちと共に撮ったものだった。
室内を見渡す。狭いが機能的な空間である。人類の宇宙艦隊の司令部としてはちょっと手狭だが、こんなものだろう。神々より接収した軌道上ステーションの一室だった。
「ありがとうね、たいほう。手伝ってくれて助かったわ」
リスカムは礼を告げた。どうしても写真の位置がうまくいかず、通りすがったたいほうをつかまえて手伝わせたのである。ふたりであーでもないこーでもないといじった結果がこれだった。
「それにしても。懐かしい写真ですね」
「そういえば、貴女もこの時いたんだね」
「はい。たくさんいた中のひとりでしたから」
「じゃあ、決戦も?」
「ええ。負傷して、えらい目に遭いました。生き残れたからいいですけど」
「そっか。ご苦労様。よく生き残ったね。もう大丈夫。これから先、平和が続くから。旦那さんと一緒に過ごす時間も取れるよ」
リスカムに結婚指輪を指摘されたたいほうは、深く頷いた。
「ではリスカム司令。私はこの辺で」
「うん」
たいほうが退室すると、リスカムは席に腰かけた。神々の椅子の座り心地はそれほど悪くはない。尻尾の存在を考えていないのが玉に瑕だが。
では仕事にとりかかろうとしたところで、通信機が鳴った。
とりあえず、通信に出る。
相手は旧知の仲だった。
『やほーい。お久しぶり』
「久しぶりね
『うん。それがね。ほら。ずっと前にあたごが拾ってきた探査機あるでしょ。神々の移民船団が送り出してきたって奴』
「ええ。あったわね。何か発見でも?」
『それ。ずっと解析に回されてたんだけど、こないだやっとプロテクトが外せてね。情報がごっそり出てきたの。それでとりあえずリスカムには知らせとこう。って思って』
「…それで?」
黄蓉の言に何やら不穏なものを感じながらも、リスカムは問い返した。
『うーんとね。件の移民船団、従来考えられていたものよりだいぶ大規模だったみたい。装備も人員もかなり充実してたって。高度知能機械の試算だと、かなり長距離も踏破できそう。意外と生き延びてどこかで文明を再建してる可能性は結構、ある』
「うわあ……やだなあ。今はともかく何百年かしたら遭遇するかもしれないじゃない」
『だからとりあえず第一報まで。ってね。まあすぐにどうこうってわけじゃあないから。移民船団の末裔が神々の現状を知ってるとは思えないし』
「確かにそうだけど」
『ま、この話はこれでおしまい。んじゃあ仕事に戻るわ』
「ありがとう。じゃあまた今度」
そうして通信は途切れた。リスカムはため息をひとつ。
「はあ、一難去ってまた一難。かあ……」
写真を見上げる。そうだ。自分ひとりでは心もとなくても、仲間は大勢いる。彼らと協力すれば何とかなるに違いない。きっと。
自分を納得させたリスカムは、仕事を再開した。
―――西暦二〇六七年八月。人類が神々に対して勝利をおさめた年。神々を名乗る種族がいなくなる、千年ほど前の出来事。
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