最高の一日

「最高の一日になりそうだ」


樹海の惑星グ=ラス 空中都市"ソ" 空港区画】


「―――ここも久しぶりだな……」

グ=ラスは、手で陽光を遮りながら空を見上げた。

そこは空中都市の外周。発着場に着陸した機体から、降り立ったところである。

彼にとってこの場所は始めてではない。二度目の来訪だった。一度目は捕虜として。二度目の今回は、講和の先駆け。調印文書作成の調整のための派遣団の一員として、空中都市"ソ"にやってきたのである。

「その通りだ。本当に久しいな。友よ」

声の方に振り向くと、知った顔がいた。長衣を身にまとった貴神。鳥相を備えた、まだ若い大王はグ=ラスが知っているままの物腰で、そこにいたのである。

神王ソ・ウルナであった。

「生きて再び会えるとは思わなかった」

「僕もです。陛下」

「はは。まあいつまで"陛下"でいられるか分からぬがね。何しろ敗軍の将だ」

グ=ラスは頷いた。ソ・ウルナの立場は非常に危うい。この戦争を主導した重要人物のひとりであり、遺伝子戦争にも大きくかかわっていた。彼の下で、多くの人類が過酷な支配を受け、犠牲となったのだ。

その責任は問われねばならない。神王だけではない。眷属の製造。虐殺に関わった者たち。延命のために、人間の肉体に自己を移植した者たち。遺伝子戦争での略奪や非人道的行為。裁かれねばならない者は多数いる。神々の犯した罪の全てを明らかにするために、人類は神々に降伏を許したのである。

彼らの未来は苛烈なものとなるだろう。だが、神王はそれを甘んじて受けねばならない。それが王たるものの責任であったから。

グ=ラスと力強い握手を交わした神王は、航空機に近づいていった。これから降りてくる使節団の代表を迎えねばならない。

それを見届けたグ=ラスは、自らも定位置についた。


  ◇


【エオリア諸島サリーナ島 ベルッチ家農園】


「お義父さん、大ニュースですよ」

畑仕事の最中だったニコラは振り返った。そこにいたのはアニタ。息子の嫁が、スマートフォン片手に駆けて来たのである。

「おう。どうした」

「モニカが電話をかけてきて、すごい剣幕で。神々が降伏したって。テレビでも流れてるそうですよ」

「何?おお―――そいつはめでてえ。たしかに大ニュースだ」

作業の手を止めたニコラは、微笑んだ。よっこいしょ、とブドウ畑の傾斜に腰かける。115歳の体には農作業がこたえるが、そんな疲れも吹き飛んでしまいそうな興奮が今、ニコラの中を駆けまわっていた。

「モニカはなんて言ってる?」

「ご自分で聞いてくださいな」

差し出されたスマートフォンはハンズフリーになっていた。そこから、聞きなれた声が響いてくる。

『お祖父ちゃん、もう聞いたわよね。勝ったわ。人類が―――神々に』

「おう。お前やリスカムやペレちゃんたちがよおく、働いたおかげだな。何にせよめでたい。お祝いしなきゃあならんな。今度いつ帰ってくる?」

『ごめんなさい、ちょっとわからないわ。今基地でも物凄い大騒ぎだもの。しばらく予定とか全部吹っ飛ぶんじゃないかしら。もちろん、いい意味で、だけど。また予定が立ったら連絡する』

「そうかい。ま、のんびりしてていいんじゃないか。何しろ時間はこれからたっぷりある」

『うん。そうする。じゃあね、おじいちゃん』

「おう。そっちもな。そうそう。ゴールドマンの兄ちゃんに伝えてやってくれ。『やったな』ってな」

『わかった。じゃあ切るね』

そうして、通話は途切れた。スマートフォンをアニタに返す。空を見上げる。いい天気だ。オービタルリングもよく見える。

「お義父さん。今日はこれからどうしましょう」

「そうだな。先に戻っといてくれ。俺も後から行くよ。さすがにびっくらこいた。心臓がバクバク言ってらあ」

頷いたアニタが家に戻っていくのを見送ると、ニコラは水筒を手に取った。ごくごくと中身を飲み干す。そうしながら彼は、過去の出来事に想いを馳せた。

若い頃、一生を普通のブドウ農家で過ごすのだと思っていた。島を出ることなく人生を終えるのだと。それはある意味では正しかったが、ある意味では間違っていた。遺伝子戦争を生き延び、孫は英雄となり、この国で初めての知性強化動物の曾祖父となった。生きているうちに二度目の門の開通が起き、そして今日。とうとう人類は、史上初めて異種族に対して勝利したのだ。面白い人生だった。もう、思い残すこともないほどに。

もちろんまだ、やるべきことはたくさんある。来年も子供たちがケッパー摘みに来るだろう。それ以前に今年の収穫を終え、うまいワインを作らねばならない。それを買い求める人がいるのだから。

とはいえ、もう少しばかり休憩するくらいは許されるだろう。そうして活力を整えたら、明日に向けてまた働くのだ。

「最高の一日になりそうだ」

呟く。

今年もよいブドウが取れるだろう。そのためにも、少しばかり休んでおいた方がいいだろう。興奮しすぎた体を落ち着かせねば。

ゆっくりと瞼を閉じる。ほんの一休み。穏やかに、意識を暗転させる。

そのまま、ニコラは眠りについた。115年を生きた男が、最期の眠りへと。

彼が目覚めることは、なかった。




―――西暦二〇六七年七月。樹海大戦終結直後、ニコラ・ベルッチが老衰で亡くなった日の出来事。

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