黙示録のラッパ

「第一の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、血のまじった雹と火とが地上に降り注ぎ、地の三分の一、木の三分の一、すべての青草が焼けてしまった」


樹海の惑星グ=ラス南半球】


空中に、幾つもの神像が浮かんでいた。

明らかに人とは異なる意匠。怪物を象ったのであろうそやつらの数は、八。それを見上げる者たちは、後に知ることとなった。これが人類製第五世代型神格なのだと。

そのうちの一柱が前に出た。槍と盾で武装した獣神像である。柔らかな黄金色をした一万トンの巨体は、槍を振り上げた。

巨大なエネルギーが集中し、そして槍の穂先から真上に伸び上がっていく。

生じたのは、雷光。それは頂点まで達した時点でと、四方八方に飛んでいった。ほぼ光速で。まるで、得物を探し求める蛇のように。

惑星全土に散らばっていった雷の蛇は、更に細分化しながら獲物を探し、最終的に地上へと降り注ぐ。その先は、空を飛ぶありとあらゆるもの。

神々の軍勢に属するすべての存在に平等に、破壊の力は襲い掛かった。航空機。ドローン。サイボーグ昆虫。巨神。槍が振り上げられた時点で空中にあった、ありとあらゆる物体のうちの三分の一が落雷を受け、破壊されたのである。その機能を停止するのに十分なだけ、過不足なく。被害を免れたのは空中都市のような、軍事と言うより居住が主である施設や軍に属さぬ飛行機械のみ。

それで終わりではない。

次に前に出たのは、紅の光背を備え九本の腕を備えた鬼神像。

彼女は虚空より長大な槍をと、逆手に構えた。そのままそして、勢いのままに投射する。

その初速は、光速の99・98%にも及んだ。

宇宙の果てまで飛んでいくのに十分なだけの運動エネルギーを備えた物体は、しかしそうならなかった。軌道上まで飛び出した時点で無数に分裂。先の雷蛇と同様、分散しながら惑星上を巡り、そしてそれぞれが独立して地上に降り注いでいく。

今度の標的は、地上施設だった。

神々の軍勢に属する設備のちょうど三分の一が、吹き飛んだ。たった一度の攻撃で、正確に。

そしてふたたび、別の獣神像が前に出た。三度振り上げられたのは、盾。

強大なパワーが、惑星全土を伝わっていった。

次の異変は海で起きた。海と言う海で水柱が伸び上がり、海上にいた神々の軍勢の三分の一が破壊し尽くされたのである。

まだまだ終わらない。神像たちはまだあと五柱が残っている。いや。それはここにいる者たちだけの話であり、惑星上にいる神像は総計九十六を数えていた。

神々が最後まで耐えられるかどうかは大いに疑問符がつく。このペースならば九十六も必要ではないだろう。

この時点で神々も、ようやく動き出しつつあった。自らを攻撃する強大な敵へ対処するべく。

最後の反撃が開始された。


  ◇


天より、光の柱が伸びていた。

それは陽光。何千キロメートルという広域に展開された巨大な鏡によって一点に集約されたエネルギーが、そのように見えているのだ。それゆえに、天は暗い。光の柱の光量に反比例するように。

関東平野をたちまちのうちに焼け野原にしてしまえるほどの莫大なエネルギーはしかし、何の異変も起こしていなかった。強靭無比なる構造体によって、そのすべてが遮られていたからである。

それは、まさしく神だった。

戦衣に身を包み、獣相を備え、槍と盾を携え、周囲には幾何学的な模様が幾重にも取り巻き、そこから何対もの翼が伸びている。比較対象のない空中では分かりづらいが、その身長は五十メートルもあった。獣神像。テュポン級である。

その胸元に、光は吸い込まれていた。

にもかかわらず何の異変も起きない。莫大な熱エネルギーがまき散らされることも、獣神像が溶融することもない。まるで悪い冗談であるかのように、獣神像の胸板は光を吸い込み続けている。

凄まじい防御力であった。もしもこれが陽光に限った耐性でないのであれば、この獣神像を滅ぼす方法はごく限られるであろう。

確認する機会は、すぐに訪れた。

降り注ぐ陽光に続いて撃ち込まれたのは極微の点。超高密度、物理的限界を超えたそれは俗に言うマイクロブラックホール。蒸発すれば山麓が根こそぎ消えてなくなるほどの破壊の権化が、遠隔地より撃ち込まれたのである。

それは、獣神像の内側にたしかに潜り込んだ。もぐりこみ、蒸発し―――何も、起きない。

マイクロブラックホールの貫通を阻止できる物質は存在しない。しかし、その爆発力を内部から受けても揺るぎもしない強度を発揮する物質は、ここにあった。人類製第五世代型神格を構成する流体、という。

獣神像は、周囲を一瞥した。いや、惑星上全体をその超感覚で俯瞰したのである。

よくぞこれほどの眷属が残っていたものだ。これまでの敗北によってその絶対数が大きく減じられるペースよりも補充され続けてきたが故であろう。と言うほどにたくさんいる。

神々の軍勢だった。ここに集結中のものだけで何千と言う数。惑星全土では何十万と言う数が残っているだろう。

獣神像は、敵勢に自由にさせていた。七柱の同胞と同様に、神々に好き勝手に攻撃させていたのである。力の差を見せつけるために。

槍が叩きつけられ、レーザーが拡張身体を撫でていった。組み付いた都市破壊型神格の音響攻撃でも小動ぎもしない。

しかしもう、いいだろう。眷属は十分な数が出そろっている。

獣神像は口を開くと、この惑星にいる九十六柱の同胞全てに対して命令を下した。

「さあ。全てを終わりにしよう」と。

九十六柱。四十八の"テュポン"と同数の"九頭竜ナインヘッド"が武器を構え直した。時計を同期する。組み付いてきた敵を軽く突き飛して破壊。

時計のカウントが来た段階で、獣神像は無慣性状態へとシフト。亜光速の世界に突入した。


  ◇


樹海の惑星グ=ラス北半球大陸西部 山間部人類居留地】


天が、裂ける。

その様子を、村人たちは不安そうに見つめていた。

山間部の人類居留地である。そこに住まわされた人々のひとり。十五年前、三人の子供たちを南へ送り出した時には既に老境に差し掛かっていた女性は、世界が激変していくさまを目撃していた。

今までも空の戦いの様子が見えることはあったが、今回は桁が違う。一体、何が。

この時、惑星上に囚われたすべての人たちと同じ疑問を抱きながら、老婆は空を見上げていた。それは、戦いが終わるまでの短い間続いた。


  ◇


万物が止まっていた。

実際にはそれらは、気付かないほどの速度でゆっくりゆっくりと動いている。だからそれが止まって見えるのは、見ている側が途方もない速度で世界を受け止めているからだった。

いずもは、光速の99・98%の世界にいた。

拡張身体を操る。刃を振り抜く。たったそれだけで、眷属が真っ二つになった。更に前進。敵の傍を横切るたびに太刀は振り回され、眷属は破壊されていく。それはもはや戦闘ではない。作業だった。

周囲を確認する。他の七柱の仲間の姿が見える。各々が得物をもって、眷属を攻撃している。とはいえ今は亜光速機動中、距離が離れれば離れるほど時差がひどくなっていくことだろう。

大した問題ではない。作業量を公平に分配するための努力にすぎなかった。さほど時間をかけずに終わるだろう。

二柱。四柱。八柱。十六柱。三十六柱。七十二柱。どんどんその数は増えていく。たちまち。場所を移す。そこでもまた、同じことを行う。惑星上を巡っていく。

主観的に何時間もの、実時間にすれば一秒に満たない時間が経過した時。惑星全土で、テュポンと九頭竜によって何十万と言う数の眷属が撃破された時点で。

ようやく、いずもは無慣性状態を解除した。

周囲を見回す。先ほどまで停止しているように見えた眷属どもが、突然バラバラに破壊されていくのが見て取れた。正常な時間の流れに戻ってきた証である。

「―――終わった?」

「うん。終わった。予定していただけの打撃を与えた。後は、神々次第」

いずもが振り返るとそこには、獣相を備えた巨像が浮遊していた。ベルベナであった。

「後は神々次第。彼らがこれでもまだ、戦う気があるというのならそれに応じる。けどそうじゃないなら―――たった一秒の間に眷属を何十万も失ってまだ戦う気があるとは思えないけど―――戦争は、おしまい。

終わるといいよね」

「うん」

破壊された眷属たちへ目をやる。第五世代の力をもってしても、眷属を意のままにすることはできない。破壊できるだけだ。手加減はしたが、相当数は死ぬだろう。それは、眷属の素体とされた人々が助からないということでもある。

だから。

戦争が終わるといい。いずもは心底そう、思った。

神々の降伏受諾が発せられたのは、それから六時間後のことだった。




―――西暦二〇六七年五月。人類が神々に勝利した日。遺伝子戦争開戦から五十一年目の出来事。

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