終焉の時を迎える、その様を

「我々国際連合安全保障理事会及び国際連合構成国の全ては、我々数十億の地球人類を代表して協議の上、あなた方"神々"を自称する勢力に対して戦争を終結する機会を与える事で一致した。我々の兵力は増強を受け、あなた方に対して最後の打撃を与える用意をすでに整えた。この軍事力は、あなた方"神々"の抵抗が完全に止まるまで、あなた方に対する戦争を遂行する一切の連合国の決意により支持され、且つ鼓舞される。あなた方は無分別な打算によって自らの種を滅亡に追い込むか、それとも理性の道を歩むかを選択する時が来たのだ。

我々はここに宣言する。あなた方の抵抗は無意味に終わる」


【地球 太平洋南緯15度 東経150度地点】


良い天気だった。

どこまでも晴れ渡った空の下、ベルナルは空気を思いっきり吸い込んだ。気分だけ。巨神の姿をしていては、外気を吸い込むことはできない。

空中に浮かぶ五十メートルの拡張身体は完全武装。戦衣に身を包み、獣相を備え、細長い円錐を不可思議な構造が織りなす槍と機械のような盾を携えそして、周囲に幾何学的な紋様が幾重にも取り巻いている。その一番外側からは、巨大な三対の翼が広がっていた。

これこそが、ベルナルの本当の姿。二年間の訓練期間を経て完成された、テュポンの戦闘形態なのだ。

左右にはよく似た、しかしそれぞれ装備の形態が異なるテュポンが合計三柱。そして、その前列下方には黒い関節と白い甲殻、紅い光背によって血のように染まった四柱の鬼神がいる。九頭竜ナインヘッドであった。

彼らとベルナルを合わせた八柱が、ここに配置された1戦闘単位なのだった。

その内の一柱。もっとも凶悪なシルエットを備えた鬼神に目をやる。向こうも視線に気づいたか、背面の副腕の一本を軽く持ち上げた。それで意志は通じる。大丈夫だろう。九頭竜のチームを率いるのは彼女。いずもだ。そしてこの戦闘単位全体を率いるのはベルナル。

現在地球上の海上には、同様のチームが後十一、待機している。皆は待っていた。命令が下るのを。神々への最終的な攻撃が開始されるのを。

そうすることでようやく、テュポンと九頭竜。ふたつの人類製第五世代型神格の最初の任務は果たされ、そして神々との戦争は終わるのだから。

永遠にも等しく感じられる、しかし現実にはごくわずかな時間を経た後。

「―――作戦を開始せよ」

通信回線経由で、司令部からの言葉はチーム全体に伝わった。命令は下された。賽は投げられたのだ。

ベルナルは、リーダーとしての責任を果たすべく行動を開始した。

「門を開け!」

九頭竜のひとりが前に出た。彼女が背面の光背を輝かせるのと、空間がのは同時。

直後。

世界間を隔てる壁が、。凄まじい輝きと共に、の景色が露わとなる。

世界間をつなぐ門であった。直径五百メートルにも及ぶ巨大な構造体が、たったひとりの神格によって作り上げられたのである。神々の科学力の結晶である門も、全能たる第五世代にとってはこの程度の仕事に過ぎなかった。

「神々の軍勢を叩く。立ち直れないよう、徹底的に!!

―――前進!」

八柱の神像は音もなく前進すると、門の向こう側へ抜けた。

門がしぼみ、そして消滅する。

たちまちのうちに、人類製神格たちがそこにいた、という痕跡は消え失せた。


  ◇


樹海の惑星グ=ラス 空中都市"ソ"】


「陛下」

秘書の声に、ソ・ウルナは身を起こした。時刻は夜半。寝室でのことである。

「どうした」

「人類よる通達です。極めて重要な内容と判断しました。我々の主だった機関、行政府に対して送られています」

「そうか」

秘書を務める眷属"アールマティ"に頷き、ソ・ウルナは虚空へと手を伸ばした。操作によって端末が起動。空中に文書が投影される。

それに一通り目を通したこの神王は、眉間に皺を寄せた。

「なるほど。確かに極めて重大だな」

「どうされますか。―――お待ちください。ギ=バルミ様より通信です」

「さすがにあちらも動きが早い」

ソ・ウルナは苦笑すると、通信を繋ぐように命じた。

空中に浮かび上がる第二の画面。そこに映し出されたのは、鳥相を備え片目を眼帯で覆った大神の姿である。ソ・ウルナと並ぶ力と権勢を持つ大神、ギ=バルミだった。

「おはよう。そちらはまだ深夜だったか」

「ええ。叩き起こされたばかりですよ。そちらにも届きましたか。人類からの―――降伏要求の最後通牒は」

「ああ。なかなかに力強い文言だった。とはいえ中々に慈悲深い。少なくとも我々の奴隷化や絶滅は望まないと明記してある」

「彼らの要求を受け入れる限りにおいては。ですが。将来的に賠償を取らねばなりませんからね」

「だろうな。しかし、とうとうやってきたか。感慨深いものがあるな。十五年前門が再び開いた時、この日が来るのは決まっていたのかもしれん。あの時点ですでに人類の科学力は我々を上回りつつあった。今ようやく準備が整ったということだろう。我々の心を折るための、な。どのような代物が出てくるのか興味がある。怖いもの見たさと言う奴だろうがね」

「正直なところ、私はあまり見たくはありませんね。とはいえ貴重な判断材料です。降伏反対派を黙らせる最後の一打がどれほどのものになるか。見るしかありますまい」

両者の合意が為された時だった。次なる知らせ。待ち続けていた者の来訪を伝えられたのは。

ギ・バルミは手元に表示された資料を一瞥すると苦笑した。

「どうやら、さほど待たずに済むようだな。赤道より南方を一周するように人類のものと思しき神格多数が出現、とある」

「それが彼らの使者ですか。どうやら新型に相当な自信があるようだ。人類は」

「同感だ。ふたりで特等席から眺めるとしよう。我らの文明が終焉の時を迎える、その様を」


  ◇


静かだった。

樹海の中の塹壕で、鳥相の兵士は顔を上げる。

生き物の気配がしない。昆虫の羽音。積もった落ち葉の下を走り回るトカゲ。鳥のさえずり。いつの間にかこの世界にすっかり定着した地球由来の生物たちの発する音が、消え去っていたのである。きれいさっぱりと。まるで、ここしばらく静かだった人類軍の動きのように。

「なあ。静かすぎないか」

「……確かにな」

隣で塹壕に壁にもたれかかっている同僚が体を起こした。手鏡を伸ばして外の様子を探る。見えるのは樹海の木々。地球由来の植物。積もった葉からなる養分たっぷりの土。起伏。そんなものばかりだ。

だとすれば、この異変の源は―――

「おい。あれはなんだ」

言われて、兵士は空を見上げた。枝葉の切れ間、晴れ渡った青空へ視線を向けたのである。

それは、輝きだった。

空間が。かと思えばたちまちのうちに押し広げられ、拡大し、そしてではないか。まるで初めからそこにあったかのように。

途轍もなく巨大な円盤型のそれは、まさか―――

「―――門?」

それで終わりではなかった。門の向こう側から、幾つもの巨体が躍り出たからである。

隊列を保ったまま出現したそいつらは二色。紅とそして、黄金色だろうか。その姿を一言で言い表すのであれば。

巨人だった。

―――神格だ。

兵士は確信した。出現したそいつらは、隊列を保ったまま。ただ風に衣や豊かな髪がいる。

そう思えたのも、わずかな間だけだった。そいつらの一体。紅の光背を備えた、特に凶悪な姿の鬼神がこうべを、こちらに巡らせたから。

全てを見透かすような瞳。いや。ような、ではない。事実、全てを見抜いているのだ。あれは。己の存在の全てをつぶさに観察される感覚。駄目だ。あの瞳からは逃れられない。どこまでも追い立てられる。追いつかれる。勝てない。あれは駄目だ。助からない。殺される。

恐怖はたちまちのうちに膨れ上がり、そして暴発した。

「ああ。あああああ。ああああああああああああああああああああああ!?」

突如狂乱した兵士は、手にしていた銃を無茶苦茶に発砲した。

止めようとする同僚を突き飛ばし、マガジンをたちまち打ち尽くし、そして恐怖より逃れる術にたどり着く。

―――そうだ。死ねばもう、恐ろしくない。

しゃがみ込む。同僚が取り落とした銃を自らの口に突っ込む。引き金を引く。

轟音。

兵士は、死んだ。完膚無きまでに。

崩れ落ちる死体。

同僚は茫然と、それを見ていることしかできぬ。彼は塹壕の仲間が駆け付けてくるまで、ずっとそうしていた。


  ◇


この時、空を見上げていた神々の多くが同じ憂き目にあった。すなわち人類製第五世代型神格"九頭竜ナインヘッド"を。そして"テュポン"を機械を通さず目視し、視線を重ね、そして目を逸らすことに失敗した者の大半は精神に異常をきたして狂死したのである。その戦闘形態を認識することで。

そしてもちろんこれは、ただの先ぶれに過ぎない。神々は、すぐさまそれを思い知ることとなった。




―――西暦二〇六七年五月、人類製第五世代型神格が実戦投入された日。都築博士が亡くなってから四十四年目の出来事。

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