次なる試練

「じゃあ、次は夏に来るよ。その時に、戦勝報告ができたらいいね」


【静岡県 墓苑】


線香の煙が、たゆたっていた。

規則正しく敷かれているプレートはステンレス製の墓碑。かつて赤茶けた大地だった個々は緑に覆われ、生命溢れる空間となっている。

そんな墓地の一角で、かつて少年だった老人は手を合わせた。

「父さん。今年中には戦争が終わる。人類が勝つよ。志織さんはそう言ってた。信じていいんじゃないかな」

父が亡くなってもう半世紀近い。遺伝子戦争の時十一歳だった刀祢は、六十二歳になった。今も教職を続け、子供たちは孫をもうけた。生きている間に曾孫の顔も見れるだろう。生存率が三割の時代を生き抜いた、それが結果だった。

「相火が作った新型の子たち。みんな順調に育った。いい子たちだよ。今でも九尾とおんなじように育てるんだ。細かいとこは違うにしても。

父さん。人類は二百万年先まで大丈夫だよ。何十億年も経って、太陽が燃え尽きたって生き延びているはずだ。僕は後五十年もすれば父さんの所に行くだろうけど、その先にもたくさんの子供たちが進んでいくだろう。今の時代がいずれ、歴史書の一ページになるような時代がやってくるはずだ。その頃には人類は、宇宙の果てまでたどり着いているかもしれない」

天を見上げる。南にかかるのはオービタルリングであり、そこに係留されている船は十分に大きなものであれば肉眼で見ることもできる。

多数の商船。軍船。調査船。戦争が終われば、太陽系外進出のための超光速船も建造される。この宇宙だけでも、手を広げるには大きすぎる。

人類は高みの神々を引きずりおろし、自らがより高みへと昇り始めたのだ。今世紀は、その最初の時代として後世に記憶されることになるだろう。

そして。

その時代を生きた者が何世紀。いや、何千年、何万年も先の未来にも生き残っているかもしれない、最初の時代でもある。

「九尾たちは元気だ。十二人全員ね。"ちょうかい"は相変わらず暇があったら絵を描いてるし、"あたご"はもう何度艦隊司令官をやったか分からないくらいだってさ。まあはるなから聞いたんだけどね。忙しくて大変だって愚痴ってたよ。戦争が終わったら休みを取るぞって。勝った後も忙しそうだけどね」

神々に勝利しても、そこからが本番だろう。神々の処遇。あちらに残された人々の帰還。

そして、神々が粗製乱造した大量の眷属。

恐らく一筋縄ではいかないはずだ。この戦争で保護された人類側神格は現時点では100に満たないが、神々が降伏すれば大変な数の眷属が問題になるだろう。単体で都市を破壊できるほどの力を持つ何十万という数の個人を治療し、社会復帰させねばならない。

それは、下手をすると戦争そのものよりも大変な事業かもしれなかった。

だが、それでもやり遂げねばならなかった。

今ある問題が片付いても、それで問題が無くなることは決してない。その事実を刀祢は知っていた。

「じゃあ、次は夏に来るよ。その時に、戦勝報告ができたらいいね」

刀祢は立ち上がるともう一度だけ手を合わす。

ややあって、かつて少年だった老人は、帰路についた。




―――西暦二〇六七年三月。人類が神々に対して完全な勝利を収める二カ月前、大銀河時代を迎える前世紀の出来事。

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