支え合うもの

「そうでなければ人類は、第五世代型神格たちにすべてを頼りっきりになってしまう。支え合うのがこれまでだったのに、支えてもらうばっかりになるんだ。それは望ましくない」


【インドニューデリー 第九十三回知性強化生物研究ネットワークシンポジウム直後】


「で、君は今後の展望をどう考えているんだい。マルモラーダ」

相火はスープを飲み込んでから言った。外では日が沈みつつある中のレストランである。

対面に座るのは獣相の女性。マルモラーダと呼ばれた彼女は少しばかり考え込んだ。

「そうね。まあ戦争が終わっても、戦前。二度目の門開通以前の世界に戻るだけじゃないかな。色々新しいものは付け加わるにしても」

「新しいもの。人類が神々に対して勝利した、と言う自信と神話か」

「そ。そうして、人類はより大きくなるけれどその本質はおんなじ。だって、遺伝子戦争の時にはもう、人類は手に入れていたんだもの。新たな世界に踏み出すための手段を」

金属の大皿ターリーに円を描くように、食べ物は並べられている。サラダをほおばる。シャリシャリとした食感とドレッシングの味付けが絶妙だった。

「神々由来のテクノロジーだな」

「ええ。そのおかげで私たちは史上類を見ないほど繁栄している。科学は発達し、貧困と飢えは駆逐されつつある。無尽蔵のエネルギーがある。宇宙にまで資源を掘りに行ける。衛生や法や教育に誰もがアクセスできる。外敵を駆逐できるだけの力も、ある。次の百年を、人類は幸福な時代として過ごすのは間違いない。今の戦争に勝利すればね」

「勝利するだろう。それは間違いない。今年中の話だ。だから、僕はその百年を考えたいと思ってる。それがどういうものになるのかを」

「どうなると思うの?」

「分からない。分からないが……神々の影響を、真に抜け出すにはその百年が必要だ。とは思うよ」

「神々の影響?」

「ああ。人類のテクノロジーの進歩は、良くも悪くも神々の影響が大きい。そもそもが彼らから手に入れたテクノロジーを発展させたものだし、神々に対抗するために進歩してきたというのもある。畸形的なまでに進歩した生命工学と情報熱力学についてもそうだな。神々を超えようという熱意のおかげで、実際に神々を凌駕する水準にまで至った。だが、その進歩の仕方は尋常じゃあない。本来ありえないほどの速度に加速されてきた。だから歪なところも見られると思ってる」

「なるほどね。あなたは何をもって正常だ、と言うの」

「正常と言うのも違うかもしれないがそうだな。例えば現状の、第五世代に他のどんなテクノロジーの産物も太刀打ちできない。と言うのは問題だと思うな。作っておいて何だって話になるけどね。神格の技術は他にフィードバックが難しい。第五世代ほどの水準ともなれば特に。孤峰なんだよ。

だから、今後は他のテクノロジーも第五世代の水準に近づけていかなきゃいけない。バランスよくってわけだ。そうでなければ人類は、第五世代型神格たちにすべてを頼りっきりになってしまう。支え合うのがこれまでだったのに、支えてもらうばっかりになるんだ。それは望ましくない」

「具体的にはどうする?」

「そうだなあ。ま、今の戦争が終わったら何か考えてみるよ。神格関連技術を他に応用して何かやれないか。ってね。一応アイデア未満のものはあるんだが」

「そっか。頑張って」

「そうするとしよう」

「ところで気になってたんだけど。その指輪。結婚したの?」

「ああ。これか……ちょっと押しの強い娘に押し切られた、かな」

相火は指にはめた結婚指輪を見て苦笑。押し付けてきたのは妹のように思っていた知性強化動物の女性だ。一昨年押し切られて入籍だけしたが、仕事がお互い忙しくてあまり一緒に過ごせていない。戦争が終われば、時間も取れるようになるのだろうが。

「そっか。おめでとう」

「ありがとう」

ふたりは、食事に舌鼓を打ちながらも会話を続けていった。




―――西暦二〇六六年。人類のテクノロジー全般が人類製第五世代型神格の水準に到達する前世紀の出来事。

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