詮無いこと
「しかしそうか。人類製神格と我らの神格。元は同じテクノロジーだというのに、いったいどこでこれほどの差がついたか」
【
「その報告。どう思うかね」
「確度の高い情報かと。今までの傾向を考えれば疑う理由はさほどありません」
ソ・ウルナは、部下の。ジア・ガーの返答に頷いた。手元にあるのは捕虜の尋問記録。内容は要約すればこうだ。"人類は第五世代型神格の実用化に成功した"と。
単に知性強化動物が完成した。と言う話ではない。成長し、成熟し、実際に巨神を運用し、その性能が想定通りの水準に達したという意味だ。一般の捕虜でも知っている公開情報である。聞き取りを多数行い、いずれもほぼ同様の答えを返していた。
「それが、来年には訓練を完了させる。実戦に投入される。ということだ。どの程度の性能と見積もる?」
「はっきりとしたことは申し上げられませんが、参考までに。第一世代から第二世代では性能がおおよそ四倍となりました。これは眷属をやや上回る程度の水準です。第二世代から第三世代ではその七倍から八倍に。そこから第四世代ではさらに五倍から十倍にも膨れ上がっています。ですから、よくて第四世代の五倍。眷属の四百倍程度の戦力は覚悟しておくべきでしょう。来年には戦争は終わるでしょう。我々の敗北、と言う形で。
ただ―――」
「珍しいな。貴公が言いよどむとは」
「はい。私の勘ですが、四百倍程度の代物で済むとはとても思えません。幾つかの高度知性機械は警告しています。神格の理論的な性能限界について。今までの知性強化動物は人類にとってはいわば習作であり、未完成品に過ぎなかったと。必要な技術の試験と実用化が完成した上で作り出されるものは、次元の違う性能を発揮するだろうと。亜光速で動き、恒星表面で活動し、この惑星を数時間とかけずに居住不能にできるだろうというのがその結論です。もちろん、それだけの怪物を作り上げたとしても。人類はこの惑星を破壊し尽くすことはないでしょう。これまでの傾向からもそれははっきりしています。いや。むしろこの星は彼らにとって価値あるものに変わるでしょう。少々手を入れるだけで快適な第二の住処になるのですから。我々を皆殺しにする行動はその価値を棄損する。と言う点を鑑みれば、最悪の状況にだけはなりますまい。最悪から二番目にはなりえるでしょうが。放っておいても我らは二千年後にはここからいなくなっています。それまで存分に働かせることでしょう。我々は人類に隷属して黄昏の時代を生きることになるはずです」
「で、あろうな。しかしそうか。人類製神格と我らの神格。元は同じテクノロジーだというのに、いったいどこでこれほどの差がついたか。
ジア・ガー。貴公はどう思う?」
「そうですな。強いて言うならば―――人類は、自由意思を持ち、自らより遥かに優れた知性を備えた生命体を信じることができた。惑星を滅ぼせるだけの力を任せたのです。この一点に尽きます。彼らの言葉で言うフランケンシュタイン・コンプレックス。これを克服できるかどうかが運命の分かれ道だったのでしょう」
「なるほどな。私も同じ意見だよ。しかし、そのことに気付いたのが遅すぎた。
ジア・ガーよ。知っているかな。性能の理論限界を発揮する水準に達した神格に、どこまでのことができるかを。破壊ではなく、文明再建用の本来の用途において」
「いえ。そこまでは」
「災厄を防ぐことができただろう。超新星爆発の余波から、この星系を守り抜くことができたのだ。いや。ひょっとすれば超新星爆発自体を制御し、その破壊力を限定的なものに低減できたかもしれないそうだ」
「―――それほどのものが」
「もちろん、災厄以前に神格の技術がどこまで到達できたかは分からない。だが、人類は五十年で第五世代にたどり着いた。我らも自らのクローンを用いた限定的な性能の神格ではなく、最初から知性強化動物を開発していれば歴史がどうなっていたか。試み、そして成功していれば、今の苦境にはそもそも陥らなかったのかもしれない。そう思うと、な」
「……」
「詮無いことを言った。許せ」
「は」
「もうよい。下がれ」
忠臣は、命に従った。
ソ・ウルナは椅子ごと体を回転させると、窓の外の様子を眺める。一面の雲海に覆い隠された地上の様子へ目を向けたのである。
もう戦線は崩壊寸前だ。十四年に渡る戦争は地上のありとあらゆる場所を破壊し尽くした。人類に奪われた領域は戻ってくることはあるまい。今残っているものすら、来年にはすべて失われる。
人類は神々を裁くだろう。既に幾つもの戦争犯罪への裁判は始まっていると聞く。彼らの追求は留まるところを知らない。それですら、最悪ではないのだ。人類は少なくとも、体裁を整える程度のことはしているのだから。
亡国の王となることが運命づけられた神王は、祈った。人類に、慈悲があることを。
―――西暦二〇六六年。樹海大戦終結の前年、神々独自の文明が滅亡する千年前の出来事。
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