嵐の次は
「帰ってきたって!」
【イタリア共和国 カンパニア州ナポリ郊外 ナポリ大学理科学部 神格研究棟】
ゴールドマンは、その言葉に振り返った。研究室に入ってきたのはペレ。
アルベルトとの打ち合わせ中のことである。
「おや。もうか。時間が経つのは早いな」
「歳をとったってことだろうさ。俺もお前さんも」
呟きに返してきたアルベルトへ、ゴールドマンは苦笑。たしかにお互い歳を取った。もう老人と言っていい年齢だ。半世紀を神格と知性強化動物の研究に捧げたのだから当然ではあろう。そのせいだろうか。同じだけの時間であっても、若い頃より早く感じるのは。
悪いことではない。ゴールドマンとアルベルト。ふたりの長年の悲願は、成就しつつある。たった今ペレが告げた、金星より帰ってきた者たち。総計四十八名のテュポン級はほとんど完成したと言っていいのだから。
「戻ってきたらまた検査に次ぐ検査だ。大仕事になるな」
「たいへんそう」
「しょうがないさ。第五世代型神格と言ったって結局、人間が作ったもんだ。何か月も満足のいく検査をしてないからな。不具合が発生してないか確認しなくちゃならない。
人間の限界だよ」
テュポンたちが今後受けるであろう検査を思い浮かべ、表情を歪めるペレに男たちは笑った。人類製神格の黎明期から。いや、人類側神格の頃から、神格は検査を受けまくるものと相場は決まっている。技術は進歩してもその分未知の領域は先を行くからしょうがなかった。ましてや相手は人類製第五世代型神格。宇宙で最も複雑な生命体である。これまで以上にトラブルに見舞われることだろう。
テュポンが完成しても、ゴールドマンの仕事が尽きることはない。
面倒を見続けるという責務が、創造主たちにはあった。
「テュポンの次も?」
「テュポンの次か。考えてなかったな。第五世代は原理的には流体の機能をほぼ理論限界まで発揮できる。もちろん細かな改良なんかは続くだろうが、根本的な性能はもう物理的限界に近いんじゃないかな。第六世代があったとして、それがどういう形になるかは僕も想像がつかない。第五世代が、僕とアルベルトの考えていた到達点だからな。
それに、さすがにそろそろ人類製神格の高性能化も鈍化するだろう。第四世代から第五世代までの間で爆発的に性能が上がったから」
「もう、強くならない?」
「そうは言ってない。これからは僕たちみたいな年寄りじゃあなくて、若者が新たに先へ進んでいく時代だ。
まあ、これから作られるものが神格と呼べるものかどうかは僕には分からない。ペレ。君が、第五世代よりも高性能なものと戦ってもその性能の差を理解できると思うかい?」
「むり」
ペレは即答した。第五世代は強いと断言できる。模擬戦で、ペレはなすすべもなく打ち破られたからである。自分の十万倍の速度で動き、山脈を蒸発させる火力を叩きこまれても傷ひとつ付かず、そして、不滅の
生物としての性能が根本的に違う。そう。根本的に。
それより強い存在がいたとして、自分には違いを認識できないだろう。ペレはそう思う。
「それと同じだ。テュポンより後にどんなものが生まれるかは僕も分からない。ひょっとしたら神格の技術は停滞して、それ以外の兵器が第五世代を超える性能を発揮するような未来だってあるかもしれない。今のテクノロジーの進歩は歪だからね。神格だけが突出している」
「わるい?」
「悪くはない。ただ、変なだけだ。技術は本来、ピラミッドのように支える土台を必要とするものだからね。
おっと。話し込んでしまったな。さっさと打ち合わせを終わらせないと」
ゴールドマンの言葉に、アルベルトは苦笑しつつも頷いた。まさしく、戻ってきたテュポンたちの検査に関する打ち合わせだったからである。
「がんばって」
告げると、ペレは研究室から出て行った。
それを見送ったふたりの科学者は、やりかけの仕事に戻った。
―――西暦二〇六六年二月。神格とは異なる技術体系を保有する知的種族に人類が出会う前世紀の出来事。
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