空前の雪合戦
「おや、まあ。子供の適応能力は凄いわね。どこでも遊び場に変えてしまう」
【金星軌道上】
朝日が、昇っていた。
金星の向こう側から曙光を輝かせているのは太陽。それは、軌道上を巡っている四隻の宇宙船と、その周囲を巡る幾つもの巨神を優しく照らし出す。
それらの状況を、船の一隻。そのブリッジで、はるなはモニタリングしていた。
彼女はマイクのスイッチを入れると、艦隊全体へ放送を繋ぐ。
「ただいまグリニッジ標準時で0時を迎えた。本日は西暦二〇六六年一月一日。訓練中大きな事故もなく、無事に年を越せたことを諸君に感謝したい。あけましておめでとう」
通信が伝えてきたのは歓声。第五世代型神格の三年目の始まりを祝う声だった。
スイッチを切ると、はるなはシートにもたれ込む。大晦日から三が日にかけては訓練も休みだ。クリスマス前後と同じように。訓練生のテュポンや
初日の出を0時に見れる軌道を取らせたのも最高責任者のちょっとした職権乱用、いや役得だ。今の余裕のある宇宙機ならこの程度の裁量権はある。艦隊の周囲では、初日の出を見ようとする九頭竜たちや物珍しそうにそれに付き合っている巨神の姿が幾つも見られた。金星軌道上は地球や月軌道と違って誰もいないから、この程度は好き勝手が出来る。
「司令。面白いものが見られるわよ。下の方」
「うん?どうしたの」
部下―――古い知り合いの同僚の言葉に、はるなはモニターをチェック。船の下の方を確認した。
そこで行われているのは確かに面白い光景。
宇宙で、雪合戦をやっているとは。
分子運動制御で集め、固体化するまで丸めた金星上層の大気を手で抱え、ぶん投げているのは九頭竜たちの神像。慣性で飛んできたそれをきゃーきゃーと(無線で)叫びながら回避しているのは数名のテュポン級である。
「子供の適応能力は凄いわね。どこでも遊び場に変えてしまう」
「確かにそうね。とんでもないわ。まあ今日くらいは大目に見てあげましょう。あの程度なら危険は少ない。訓練の一環ということで」
「了解」
はるなが見ているうちに、雪合戦の現場ではなんだなんだと巨神たちが集まってきた。教官たちの姿まである。それだけではなく、両陣営に加わり、あるいはどちらにも混ざらずに参加し出す者もあらわれる始末である。
たちまちのうちに牧歌的な、しかし地球軌道上では危なくてできないような大合戦が始まった。まあ巨神は雪玉を喰らった程度ならびくともしないし、雪玉自体も太陽熱であっという間に溶けてなくなるだろうが。とはいえちゃちな宇宙機が喰らえば撃墜間違いなしである。
通常の分子運動制御だけを用いて飛び回っている彼ら彼女らの動きはいきいきとしていて、流体の塊が動いているだけにはとても見えない。その習熟は明らかに思えた。もっとも、亜光速で動き回れるにもかかわらず雪玉に苦戦しているのはご愛敬だが。
第五世代の亜光速機動は質量を限りなく0に近づけた上で無限大に近い加減速を行うことで実現されている。光速の99・98%に達してもまともに機動できるのは無限に近い情報処理能力を備えた巨神あってこそだった。微小な時間でも十分な思考をできるだけの能力が、巨神にはある。一方で生物に過ぎない知性強化動物にはそれは不可能だから、神格の思考の大部分は巨神側が行い肉体は追認する形を取った。今、雪合戦をしている子供たちの巨神を制御しているのは肉体の側だから、反応速度だけならば既存の神格でも対抗できるだろう。必要とあれば巨神側が反射的に亜光速機動を開始するだろうが。
壮大な雪合戦がしばらく続いたあと。
そろそろ状況はぐちゃぐちゃで、どうなっているのかわけのわからないことになってきた。潮時だと判断したはるなは、マイクを手に取る。
「さあ。そろそろお開きにしなさい。船では今年初めての朝食が待っているぞ。日本の雑煮という正月料理だ。軌道を片付けたら帰還せよ」
効果は抜群だった。軌道上の巨神たちは、たちまちのうちに命令を実行したのである。
それを見届けたはるなは、初日の出の方を向くと手を合わせた。良い一年になりますようにと。
―――西暦二〇六六年元旦。人類製第五世代型神格が実戦投入される前年の出来事。
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