生き残る可能性

「生き残ったのも、ひょっとしたら絶滅するかも。だって人間がやってきたもの」


【金星 ラクシュミー高原マクスウェル山 国際金星観測基地】


のっしのっし。とまん丸い物体が歩いていた。

球体から半球状の手足が生えたようなずんぐりむっくりした構造は重装甲の宇宙服である。1トンを超える質量は、パワーアシストがなければたちまちのうちにひっくり返ってしまうだろう。内部機構は強力はクーラーとバッテリー、生命維持機構、耐圧・対腐食構造の外殻からなっている。金星仕様の宇宙服だ。

人間・知性強化動物が共に(体形が根本的に異なる第二世代は除くが)着用可能なの装甲宇宙服の数は六。それが陽光を雲に遮られた暗闇の荒野を進んでいるのである。一寸先は闇。といったところか。

彼らはすぐに、目的地へと辿り着いた。やはり半球の機械構造が地面からにょきっと生えているのだった。後方を振り返れば滑走路らしきものもある。彼らはそこに着地したシャトルから、ここへやってきたのだった。

『開けるぞ』

先頭の宇宙服が告げると、地面から生えた半球の表面にある丸いハッチが、開いた。

一行は順番に、そこへと入っていった。


  ◇


「あ。中は涼しい」

宇宙服のヘルメットを脱いだベルナルは、周囲を見回した。そこは金星の地表に設けられた国際基地の内部。地表に突き出た半球部分はその入り口である。施設の大部分は地中にあるのだった。空調が効いているのか快適だ。

周囲では同期たちや人間の教官も同様に宇宙服を脱いでいる。壁に設けられたアームに引っかけてから解除するのだ。

「よっこい……しょ」

なんとか宇宙服を脱ぎ終えるベルナル。必要とは言えこんなものを着て動き回るのはしんどい。人間は外ではこれなしでは即死する環境だからしょうがないとはいえ。

「たいへんー」

「休憩できるから頑張って」

「はーい」

隣でしおしおになっているのはいずもである。翼のような耳をパタパタとさせている。

全員が宇宙服を脱ぎ終わった時点で教官が点呼。

「全員いるな?改めて説明するが、今日のミッションはこの施設の点検だ。ふたり一組でチェックリストを確認しながら内部を回れ。少しでも異常があればその都度連絡する事。わずかな油断も命取りになるぞ。

質問はあるか?―――よし。解散。作業にかかれ」

それで、訓練生たちは点検に取り掛かった。いずもとベルナルのコンビは左側から。

「だれもいないね」

「私たちの訓練期間中は人員を引き上げてるんだって。万一のことがあったら大変だから」

「ふうん」

「この施設ができたのって戦前なんだって。知ってた?」

「聞いたかもしれないけど、覚えてないや」

「気圧が低くて涼しい高地に前線基地として作ったんだって。けどすぐ戦争がはじまっちゃったから、金星の調査ってそこで止まっちゃったの。

あ。そこのパネル大丈夫?」

「へいきみたい。

それでどうなったの?」

「そのまんま。けど、神格の訓練に使われるようになったおかげでまた注目されつつあるんだって」

「使い道があってよかったね」

「そうかも。それに、将来は訓練以外の使い道だって見つかるかも。惑星改造のヒントを見つけるとか」

「ヒント?」

「うん。金星はもともと地球と似てたの。けど、地殻変動でこんな姿になった。地球とどう違うのかを調べれば、将来どこかの星を開拓するとききっと役立つもの」

「うっかり金星みたいになったら、生き物みんな死んじゃうしなあ」

「みんなじゃないかもしれない。もし今も生き延びてる生物がいたとすれば、金星がまだ地球みたいな水の惑星だったころの生き残りに違いないわ」

「どうやって生き残ったんだろう」

「さあ。まだ見つけてないもの。けれど、いるとすればもともと極限環境で生きていたような微生物じゃないかな。それが、凄い環境適応能力を発揮して生き延びた」

「寒冷化したら南下して、温暖化したら北上するかんじ?氷河期の大型哺乳類みたいに」

「そう。環境が変化したと言っても一瞬じゃあないもの。移動して拡散できるチャンスはきっとあった。適応出来た者だけが生き延びて、そうでないものは絶滅した」

「生き残ったのも、ひょっとしたら絶滅するかも?」

「どうして?」

問われたいずもは、即座に答えを返した。

「だって人間がやってきたもの。人間が強くなるのに合わせて準備する暇のなかった金星の生き物は今度こそ全滅しちゃう。それこそ、人類と一緒に進化できたアフリカの種を除いた大型哺乳類が、あっという間に狩られちゃったみたいに」

「どうかな。人間は四万年前とは違う。自分たちの破壊的な影響力を知ってる。他の生き物を滅ぼしたくないって思ってる。きっと金星にいるかもしれない生き物は、生き残る。私はそう思う」

会話が途切れ、点検が続けられた。

数時間後、施設の無事が確かめられ、一行は軌道上へと戻っていった。




―――西暦二〇六五年十一月。金星に恒久施設が完成してから十四年、大型哺乳類の大量絶滅が始まってから一万年ほど経った時代の出来事。

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