ひとりぼっちの世界で

「あの子は恐怖しているんだ。たったひとりの自分に」


【硫黄島航空基地】


「いずも?入りますよ?」

扉の外からしたのは、聞き覚えのある声だった。ドアノブに手をかけたのがわかる。開こうとしている。だから扉を

分子運動制御でがっしりと封じた扉はピクリとも動かなかった。

「……開けてくれないかしら?」

無視する。どうせ何を言っても無駄だ。自分が今抱えているものを理解できる人間など地球上にはいない。いや。既知の宇宙にはどこにもいないのだ。

いずもは独りぼっちだった。狂いそうだ。誰もいないというのは。

本当なら自分は、地球上に四十七人いる他の"九頭竜ナインヘッド"たち。そして同じく大勢いるという"テュポン"達と一緒に大人になるはずだったのだ。彼女らが大人になるまでいずもは独りぼっちだった。

それが、恐ろしい。

昔を思い出す。相火に無理に頼んで見せてもらった映像。都市が吹き飛ばされる様子。今でも克明に思い出せる。あんなものの比ではない力が、いずもにはある。地球を一日とかけずに滅ぼせるだけの力が。

恐ろしい。誰にも止められない。そう。誰も、止めてくれる人がいない。そうしてくれるはずの他の第五世代はまだ成熟していない。だからいずもがその気になればもう、人類は滅ぶしかない。だから狂いそうになる。

思えば元旦の日。燈火大叔父は知っていたのだろう。いずもが抱えていたもやもやの正体を。彼はそれを言語化する手助けをした。結果、いずもは直視しないようにしていた問題と真正面から向き合うことになった。

今、人類の命運は自分ひとりの手の内にあると。

もう"九頭竜ナインヘッド"の巨神は操れるようになった。なってしまった。十全と言えないかもしれないが、それで十分だ。性能の1%でも、地球を破壊し尽くすのに何ら問題はない。確信している。

そう、気付いた日からいずもはずっと起きていた。

宇宙航行能力を持つ八咫烏がベースの九頭竜にとって、それは容易いことだ。恐怖がいずもに、安らかな眠りを許さない。

こうして自分で自分を見張るしかなかった。世界を滅ぼさないように。誰か、次の第五世代が成熟するその日まで。後二カ月か。三カ月か。

生まれて二年に満たないいずもにとって永遠にも感じられる時間。

「おとうさん……なんで、いずもを作ったの……?」

呟く。返事はない。部屋には誰もいないのだから当然のことだ。

人類は、自らを滅ぼすかもしれない新たな知性への恐怖に打ち勝ったという。しかし、そんな知性が自らの恐怖に立ち向かう方法は、教えてくれなかった。

いずもは聡明だった。地球上の誰よりも優れた知性として生み出された超生命体は、人類が今まで直面したことのない苦悩を抱えていたのだ。

「……いずも。あけてください。いい加減に……」

外では誰かが話しているが、もう何を言っているか聞き取るのもおっくうだ。毎日のようにいろんな人がやって来て扉を開けようとする。そのたびにいずもが撃退する。その繰り返し。何年でも続けられるだろう。今のいずもは飲食を必要としない体だ。

「……ぶち破ります。許可は取ってきました。いいですね?」「ちょ、ちょっと待ってくだ―――」

扉の向こうからする不穏な会話に、いずもは顔を上げた。

と。

爆発。

一瞬ですべてが様変わりしていた。カーテンを閉め切り真っ暗だった部屋に、光が差し込んでいる。扉が壁ごとれたのである。

それを為したのは、漆黒の巨大な拳。でかい。軽自動車くらいあるのではなかろうか。

流体で構築されたそれは、虚空へと霧散していく。

代わりに入ってきたのは、スーツ姿に尻尾を備えた獣相の女性。"たいほう"であった。

「やーっと、入れました。もう。いずも。酷い恰好ですよ。あなた」

「……」

力づくで入ってきたたいほうをぽかーん。と見上げるいずも。それはそうだ。無茶苦茶な入り方だった。

「相火さんに頼まれてきたんです。自分は追い返されたから。って言ってたわ。

さ。いずも。こんなところにこもってちゃ駄目。戻りましょ。元々簡単な訓練が終わったら帰るはずだったでしょう?数日の予定がこんな籠城するだなんて」

「……やだ」

「いずも」

「やだったらやだ」

「じゃ、しょうがないわね」

たいほうはよっこいしょ。と、いずもの横に腰かけた。彼女が座っていたベッドに。

「話してごらんなさい。あなたが部屋にこもっていた理由」

「……やだ」

「じゃあ、話してくれるまでここにいます」

「……やだあ」

「嫌と言っても駄目ですよ?」

「……言っても、"たいほう"には分かんないもん」

「話してくれなきゃ、分からないかどうかも分からないじゃあない」

「……だって、たいほうは弱いもん」

「そうかしら。これでも何度も実戦を潜り抜けてきたんですよ?今だって、準備期間が終わったらまた戦場です」

「……そんなんじゃないよ。世界が滅んじゃうかもしれないのに」

「あら?どうしてかしら?」

「……いずもが壊しちゃう。壊したくないって思ってるけど、寝て起きたら気が変わってるかもしれない。それが怖いの」

さすがにいずもが何を悩んでいるか、たいほうは理解したようだった。その口を閉ざす。

「たいほうじゃ、いずもは止められない。八咫烏じゃ九頭竜には勝てないもの」

「だから、ここに?」

「そう。いずもを止められるひとが来るまで、いずもはここにいる。いずもは、いずもを見張るの。何か月でも」

いずもは、抱きしめられた。ぎゅーっと。たいほうに。

「いずも。私じゃあ、駄目なのね?」

「うん。これは気持ちの問題じゃないの。いずもと同じくらい強いひとじゃなきゃ駄目なの。いずもを殺せるくらい。

そうじゃなきゃ、いずもは安心できない」

いずもは、たいほうが離れたのを感じとった。相手を見つめる。

「怖かったでしょう。寂しかったでしょう。ごめんなさい。あなたがそんなに思いつめていただなんて」

「……帰って。次は、誰でもいい。大人になった第五世代を連れてきて」

たいほうは頷くと立ち上がった。そのまま部屋の外へ出ていく。

それを見送ったいずもは、たいほうに壊された扉と壁を。そうなるよう行動したのである。

まるで映像が逆回しとなったかのように、破壊された構造が元に戻っていく。これが、第五世代の力。九頭竜ナインヘッドの力なのだ。

数秒で完全に元通りとなった部屋の中で、いずもはただ。待った。




―――西暦二〇六五年二月。いずもとベルナルが出会った年の出来事。

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