成就した予言
「アスタロトよ。―――殺せ。その男、生かしておけば必ずや我が種族最大の障害となるであろう」
【
どこまでも続く暗闇だった。
ところどころ崩落して地上の光が差し込んでいるここは地下のトンネル。過去には列車が走っていた長距離路線だったらしい。ごくわずかな傾斜故か、左右に設けられた側溝をちょろちょろ。と水が流れていく。放棄されて久しい道を行くのは四柱の獣神と、そして麗華。
「ちょっとした探検よね。今の戦争が始まるまでは、ここを使ってたのは主に人間だったらしいよ」
先頭を進むのはミカエルである。道順を把握しているのか、その歩みには迷いがない。
「人間が……?」
「神々だって人間を完璧に管理してたわけじゃあないからね。知ってると思うけど」
「はい」
膨大な数の人間を管理するには莫大なコストがかかる。それよりは、ある程度人間に好き勝手させる事を神々は選んだ。文明を制限し、そして人口が増加傾向になるよう圧力をかけて。だから人間の移動についても神々は完璧に把握していたわけではない。そもそも多少人間が姿を消したところで何ができるわけでもないから当然であろう。ほんの数世代。後百年も経たず、この世界の人類は地球についての記憶も、神々に支配されていなかった時代も忘れ去っていただろうと想定されていたのだからなおのことだ。その時こそ、眷属の本来の機能。人類の上に君臨する"神々"の尖兵としての演出も完璧になるはずだった。
その油断が、門の再びの開通を招いたのだが。
「こういう放棄された道が、この世界にはたくさんある。神々への反抗を伺っていた人たちはそういったルートを使って世界各地を渡り歩いてたの」
「……都築燈火」
「正解。彼だけじゃあないけど、彼とその仲間たちが最も偉大な成功を収めた。信じられないよね。たった六人で、門を開くだなんて」
それは、門を開いた男の名だった。もはや神々と人類、双方の間でその名を轟かせた大英雄のひとり。かつて神王ソ・トトはこう予言した。「この男、生かしておけば必ずや我が種族最大の障害となるであろう」と。その通りとなった。予言は成就したのだ。
麗華は、その場に居合わせた。都築燈火と戦ったのである。それも二回。いまだにどうして自分が息をしていられるのか分からない。それほどの強敵だった。第一次門攻防戦の際。わけのわからないまま三柱の眷属が無力化され、たった一柱の女神像にたちまち十を超える眷属が砕かれた。残る人類側神格も参戦し、戦いは数時間にも及んだのだ。こちらは四十五柱。対する人類側神格はたったの五柱だったというのに。最終的に都築燈火率いる人類側神格は退けられたが、その時には既に残っていた眷属は、二十を下回っていた。
「……これはどこに向かっているんですか?」
「西へ。大陸を南北に縦断している山脈を越えて、向こう側の海に。現在地だとそっちの方が近いからね。そこで味方の潜水艦にあなたを預けて、お別れ。あなたは地球に帰り、私たちは補給を受け取って任務に戻る」
「……」
麗華は、大陸の形状を思い出していた。南半球にあるこの東大陸は、二つの大陸の先端が繋がりつつある。そのため極端にくびれた細い形状に、押しつぶされてできた山脈が複雑な形状をしているのだった。このトンネルもかつては山岳鉄道に接続していたに違いない。たしかにここを抜け、山越えすれば数日で海まで出られるだろう。神格の足でなら、だが。
「心配しないで。地球はとってもいい所だから」
「今は、どうなってるんですか?」
「変わってるところもあれば変わってないところもある。らしいかな。私は今の姿しか知らないんだけどね。科学は進歩したけど、昔のものもたくさん残ってる。遺伝子戦争を生き残った土地は二十一世紀初頭の姿を今も伝えてるんだって。あ。でも空を見上げたらびっくりするかも
「?何かあるんですか?」
「うーんとね。それは見てのお楽しみにした方がいいかな」
「ミカエルさんがそういうのなら」
その時だった。振動が、遠くから伝わってきたのは。立ち止まる一同。
「思ったより早かったな」「急ぎ、ましょう」「そうね。その方がいいわ」
それぞれ呂布、はやしも、アデレードの発言である。
今の振動は宿営地が攻撃を受けた結果だろう。先手を打って地形ごと破壊してからロボットを送り込み、死体を確認する。というわけだ。もちろん、それを見越して一行は早めに出てきた。
「急ごう。こりゃうかうかしてるとこっちまで探索の手が伸びるかも」
ミカエルの言に、皆が頷いた。
◇
轟音と共に、大地が陥没。古代の遺跡がすり鉢状に沈降していく。それは老朽化していた都市遺跡のそこかしこにひび割れを呼び、破壊していった。
上空からの地中貫入弾による攻撃である。
更に上空から都市遺跡へわらわらとロボットが降下していく。曲線を多用し、グライダーのようになって滑空してくるその姿はどこかユーモラスにも見えた。
それらすべての様子を、デメテルは無感動に見下ろしていた。ライムグリーンをした、五十メートルの拡張身体の中で。
周囲には十数柱もの巨神。大戦力と言えたが、しかし現行の人類製神格が相手ではこれですら十分ではない。先日の四柱と何とか勝負にはなるか?と言った程度だ。眷属と第三世代以降の知性強化動物には、それほどの戦力差がある。
「なんだよー。機嫌悪ぃなあ。やっぱ今度こそブリュンヒルデを始末しろって言われて気が立ってる?」
「……」
「悪かったよぉ。返事してくれよ~」
「……少し黙れ」
「ひぃ」
宝石の女神は、傍らの
それは小うるさいアフリカ系の眷属を黙らせるのに十分な威力を発揮していた。
デメテルは考える。
麗華がまだ逃げ延びている事。彼女に協力者が―――それも明らかに心強い者たちがついてくれた事が喜ばしい。ぜひ逃げ延びて欲しい。
だが、それは彼女に殺してもらえる機会を失う事を意味する。嫌だった。死ぬのは望みだったが、殺されるならば彼女の手でと決めていたからだ。
―――ひょっとするとこれが最後のチャンスかもしれない。
そう思うと、麗華を見つけたくないという想いと、せめて一目なりとも会いたいという想いが絡み合い、思考をグチャグチャにする。
それもこれも、今隣にいるお調子者が前の戦いの際、割って入ったせいなのだが。
とはいえ彼に当たっても仕方あるまい。オニャンコポンは―――いや、この戦場に駆り出された眷属は皆、神々の使い走りに過ぎないのだから。
眷属には自我と呼べるような確固としたものはない。そう見えるだけで、中身は空っぽだ。その証拠は今、隣にいるオニャンポコンからも見出すことができる。自らが所属する基地。あの古城が国連軍の攻勢に晒されている中引っ張り出されてきたというのに、それを気にして焦るふうでもない。主人が死のうが生きようが関係ないのだ、こいつらは。命令を果たす事さえできれば。あのブリュンヒルデのように。
自意識を芽生えさせるほど強固な自我を備えた眷属など、この半世紀でも数えるほどしか出現してはいなかった。それも、確認されたすべてが離反している。
デメテルは空を見上げる。そこに垂れこめ、陽光を遮っているのは灰色のヴェールだった。
雲によって遮られた天上と地上のように分かたれた、ドナと麗華。
二人が再会するときは近づきつつあった。
―――西暦二〇六四年。第一次門攻防戦から十二年目の出来事。
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