高潔な種族

「知性強化動物は高潔な種族だよ。この十二年間戦ってきた、私の感想だ」


樹海の惑星グ=ラス南半球 樹海】


幾つもの飛行機雲が、飛び去っていった。

それを見上げているのは戦闘服に身を包んだ金髪と黒髪、ふたりの女性。

デメテルと麗華である。

常人には豆粒のように見えたであろう飛翔体も、二人にははっきりと見えていた。

頭部と前脚を備えた円盤。それは、飛翔する亀だった。

玄武級。人類製神格としては第二世代にあたるそれは、高い飛行性能とプラズマ火球投射能力を備え、眷属と同等以上の戦闘力を持った厄介な相手だ。戦えば勝てる可能性はゼロと言うわけではないが、こちらがやられる危険も十分にあるし何より、手こずっていればどんどん他の敵がやってくることだろう。第四世代の数が揃いつつある今、第二世代は補助的な戦力として国連軍の裏方に回りつつある。ここは前線より後方なのだ。それも人類の側に。

もちろん、デメテルは不要な危険を冒すつもりなどさらさらなかった。隠れていた岩陰から出てきたのは、敵が十分に離れたのを見届けた後である。

隣では麗華も安堵のため息をついていた。

「行きましたね……」

「ああ」

「あれも神格……ということは、私たちとおんなじなんですか?」

「基本的な原理は同じだな。ただ、連中は人間の姿をしていない。知性化された生物。遺伝子操作と外科手術で生み出された怪物どもだよ」

「怪物……」

「優れた知能と高い身体能力を持っている。生身でも油断ならない相手だ。奴らとは言葉を交わしてはいけない。人間を騙すだけの狡猾さがあるからだ。今の君では簡単に言いくるめられかねない」

麗華に忠告しつつもデメテルは、かつて言葉を交わしたことのある知性強化動物を思い出していた。黄金の龍人。黄龍級だったか。同胞を思いやる慈悲深さと、邪悪に対する苛烈なまでの怒り。そして高潔な心を持っていた。彼女と比べれば、己は何と薄汚く哀れな存在なのだろう。そう思わざるを得ない。人類が作り出した戦闘用人造生命の方が、ただの人間として生まれた自分より高貴な存在だとは。恐らく知性強化動物は皆、多かれ少なかれあのような性質を持っているに違いない。十二年に渡り戦ってきたデメテルにはそれが分かった。

水を汲む。小川から離れ、木々の密集する下へ行く。分子運動制御で穴を二つ掘ってつなげる。そこにやはり、分子運動制御で集めた小枝を詰め込み、流体を使って点火。

たちまちのうちに、即席のかまどに火が付いた。

そこに水の入った缶を置けば、後は湯が沸くまで待つだけだ。

そうしている間にも麗華が次々と疑問を浮かべてはデメテルが答える。と言うやり取りを繰り返している。樹海では食料調達できないこと。それどころかこの惑星の生態系は死滅しかかっていること。神格のアスペクトと呼ばれる固有能力について。これからのルート。色々と質問はあった。

やがて。

「じゃあ、どうします?あと2週間でしたっけ。このままだと食料、もちませんよ」

「補充の宛がある。なんとかなる。……と思う」

麗華の問いにデメテルが思い出していたのは、地図。しばらく北上し、そして内陸に踏み込んだあたりに小さな人間の集落があるのだった。そこまで行けば食料は手に入るだろう。とは言え一つ問題がある。そこは先日までは神々の勢力圏にあったが、現在は恐らく人類の手に渡っているだろう。と言うことだ。何しろこんなところの上空を玄武級が飛んでいるのだから。

だが現在は無人になっている可能性が高い。国連軍の仕事の速さは有名だ。勢力圏になったばかりの集落でもたちどころに住人を救助してしまう。そうして出来上がった無人の集落は、そのまま国連軍に使われることもあれば放棄されることもあった。

こうして見ると仮定ばかりだが、危険を冒すだけの価値はあるだろう。徒歩で樹海を渡るならばそうするより他はない。

「さ。休憩が終わったらもう少し歩こう。距離を稼いでおきたい」

ふたりは、湧いた湯で喉を潤した。


  ◇


「ふみゃあ……」

アイザックは猫である。正確には猫をベースにした知性強化動物。と言うことだが。

人類製第三世代型神格"チェシャ猫"の青年は、ふーふーとコッヘルの中身を吹いていた。彼は猫舌なのだ。猫だけに。

木々に囲まれた野営地でのことである。周囲には同僚の猿人たち。樹海に合わせた森林迷彩服を着込んだ彼らは"斉天大聖"級だ。このメンバーでひとつの戦闘単位だった。今は昼食の時間なのだ。

斉天大聖たちと一緒のチームに慣れたのは幸運だ。とアイザックは思う。中華圏の神格である彼らは温食文化が根付いている。よほどのことがない限り必ずあたたかい食事を作るのだ。おいしい。彼らの手にかかれば保存食と乾燥食品から素晴らしい料理を作り出せる。これで仕事が楽ならもっといいのに。

そうもいかないのが戦場だった。地上部隊の要請に応じて戦力をデリバリーするのが自分たちの仕事だ。戦場の女王は今でも砲兵部隊だが、眷属が出れば自分たちが必要になる。敵が追い詰められ、樹海を根城に抵抗を続けている今。このような小規模なチームはそこかしこにいるのだった。

と。

「仕事だ」

無線機をいじっていた仲間からの知らせに、アイザックは中華スープの残りを一気に呑み込んだ。熱いが仕方ない。むせる。

「ここから西に少し行った先に小さな集落がある。そこで救助に取りこぼしが出たらしい。小さな女の子が取り残されてる可能性があるそうだ。ちょっと様子を見て来いとよ」

「女の子?戦闘はなし?」

「たぶんな。どうせ近くを通る予定だった。ついでの用事が増えただけだ」

「わかったよ」

アイザックは頷いた。それなら確かに大した用事ではない。元々このようなチームは敵に位置を悟られぬよう頻繁に位置を変える。

そそくさと背嚢にコッヘルを括り付ける。レーザー銃を担ぎ立ち上がる。仲間たちも同様、携帯コンロや食器を仕舞う。

たちまちのうちに準備を整えたチームは、移動を開始した。




―――西暦二〇六四年四月初旬。デメテルらと国連軍が交戦する少し前、黄龍級が実戦投入されてから四年目の出来事。

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