死の街
「―――おい。何かいるぞ」
【
険しい谷間に作られた、街だった。
地球の基準で言えば村と言われてしまいそうな場所だが、この世界の人類集落としてはかなり規模が大きい。人口千人と言ったところだろうか。切り開かれた地形には畑が広がり、そのすぐ先には樹海が広がっている。家々は窓に硝子がはまり、ところどころで見えるのは電線だろうか。この世界にしてはかなり高度なテクノロジーを保持した集落であることが伺える。
そして、そこかしこから噴出している湯気。
機械によるものではない。恐らく地熱によって加熱された湧き水。すなわち温泉に違いなかった。ここは温泉町なのだ。ひょっとすれば電力も地熱で賄っているのかもしれない。
それらを、アイザックら知性強化動物のチームは見下ろしていた。
「日が暮れる前についてよかった」
「まったくだ」
仲間の斉天大聖たちはアイザックの言に深く同意。何しろ目の前には立派な住居がたくさんある。一夜を屋根の下で過ごしてもバチは当たるまい。何しろ一行にはあそこにいる六歳の幼児を保護するという大義名分がある。ちょっとした役得である。だから急いでやってきたのだ。問題は、件の子供をまず発見せねばならない。ということだったが。最前線より後方と言うことでこの辺は少しばかり緩んでいる。味方が救助活動を行った直後の集落だから危険物もなかろう。用心はするにしても。
「さあて。お嬢ちゃんはどこでちゅか~?」
「微妙に気持ち悪い言葉遣いやめろって」
馬鹿をやりながら村落内を見回す。神格の視力ならば、視線の通っている場所にいればすぐ発見できるだろう。駄目ならば直接探すしかないが。
果たして。
「おい。あの窓。なんか動いたぞ」
一行の視線が民家のひとつに集中する。窓にカーテンがかかり隠されているが、その向こうで何かが動いたのだ。
「早速いた?」
「いや。ちょっとまて。六歳だよな?探してる子ってのは」
「それがどうした」
「あの窓、高すぎないか。六歳の子の身長なら、窓の外から見えないだろう」
それで、皆の緩んでいた気が引き締まった。
「誰かいるってことか?大人が」
「取り残されただけの人間の大人ならいいんだがな。警戒しろ」
「了解だ。ツーマンセルで行くぞ」
チームは、警戒しつつ村落に近づいていった。
◇
「やっぱり失敗だったか……」
デメテルは、頭を抱えていた。
民家の中。隣室で
他にも危険は幾つもあった。ラジオや無線機のある家が何軒かあった。そのスイッチを入れれば、即座に国連軍の宣伝放送が流れていただろう。そんなものを耳にされては、大変なことになっていたはずだ。迂闊にこのような集落を訪れたのはデメテル自身の判断だったが。文句を言う先がない。
しまいには、食料を手に入れたら即座に出ていくはずだったここにまだ、とどまっているという始末。麗華がありすの世話をする。と言い張ったからだった。そんなことをしなくても国連軍が助けに来る、などとは口が裂けても言えないデメテルにとってはリスクでしかなかったが、結局押し切られた。
やがて、部屋の中ではありすがベッドに入った。今夜はもう寝るだろう。
出てくる麗華。その服装はがらりと変わっていた。活動的なシャツやズボン、上着。この集落で見つけたものだった。デメテル自身、同じようなものに着替えている。
「やっと寝てくれたか」
ベッドで眠りに就いたありすの様子に、デメテルは安堵していた。あの子どものおかげでえらい目に遭ったからというのは間違いなくある。
「子供は苦手ですか?」
「苦手———というほどじゃあない。けれど、あれくらいの子供の世話をしていると、妹のことを思い出してね」
「妹?眷属の、ですか」
「あ———そうだな。昔の話。まだ、わたしが人間だったころの話だ。生きていたら58歳になるのかな」
しまった、という顔をしつつも麗華へ応えるデメテル。この辺を深く突っ込まれたらボロが出かねない。
案の定、麗華は続けて質問を投げかけてきた。
「デメテルさん。人間だった時の話、聞いちゃ駄目ですか?」
「駄目じゃない。何から答えたらいいものかな」
「故郷とか、名前とか」
「……ドナ・ハーグ。オーストラリア生まれ……だった」
「ドナ、さん……?」
「やめてくれ。今の私は"デメテル"だ。そう呼んでほしい。……もう人じゃなくなった私に、人間の名で呼んでもらう資格なんてない」
忘れかけていた、デメテルの本名。これからももう、使うことはないだろう名前だった。
「デメテルさん……」
「さ。明日は早い。今日はもう寝よう」
会話を終えると、ふたりは別室のベッドで横になった。
自分たちを監視する者たちの存在にも気付かず。
◇
「クソッタレ。今夜は屋根の下で寝れたはずだってのに」
「しょうがないよ」
相棒の猿人の愚痴に、アイザックは適当な相槌を打った。
そこはまだ、夕日が沈み行く樹海の中。二手に分かれたチームは、問題の民家を監視する位置にいた。どうやら中には人間がいるらしい。子供ひとりと大人が複数人。カーテンで正確なところは読み取れないのが厄介だった。一人は要救助者の子供として、残り二人が村人なのか敵なのか分からない。恐らく人間の姿はしているだろうが。
そこが問題だった。味方ならば普通に出て行って保護すればいいが、敵だったら。眷属だったら最悪だ。故に監視していたのである。
「でも眷属が、人間の子供の世話するかなあ?」
「どうだろうな。そこんとこも分からんから、見張ってるんだろう?」
チームはチャンスを待っていた。あの家から大人たちが出て、子供が一人になる瞬間を。そうなれば安全にことを運べるだろう。子供を保護し、大人たちが人間なのか眷属なのかを確認できる。あまり長引くようであればまた、別の作戦を考えねばならないにしても。
知性強化動物たちは、待った。機会がやってくるのを。
―――西暦二〇六四年四月。麗華が記憶を取り戻す二週間近く前の出来事。
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