昏き海の底で

「今回の戦いでは、あなたの願いは叶うでしょう。将来については残念ながら、私も安請け合いは出来かねますが。そこに私がいる保証がありませんので」


樹海の惑星グ=ラス南半球 海上】


「ほんっとうに、ひでえ天気だな!!おい!」

呂布ルゥブゥは、暴風雨に負けない威力で叫んだ。

悪天候が始まってもはや十時間以上になる。彼の乗るフリゲートはまるで木の葉のように振り回され、その運命は風前の灯火か。と思う有様だった。実際には最新テクノロジーの塊であるフリゲートは、この程度の嵐で沈む心配は不要だったが。むしろ敵から探知される危険が極端に低減するのを鑑みれば、安全になっているとも言えた。

もっとも、乗り心地が最悪なのはどうしようもない。それが例え屈強な肉体を迷彩服で鎧った猿人、といった姿の知性強化動物であっても。

「しょうがないでしょう!他所で気象制御したしわ寄せがこっちに来てるんだから!」

「嵐を横に片づけましたってか!!しょせんは第二種永久機関だからな!!」

自分同様甲板に上がってきた同僚に叫び返すと、天を見上げる呂布。今回の任務は何やら出だしから暗雲に見舞われている。暗雲どころの騒ぎではないが。輸送機に乗るはずが敵の動きが怪しいとかでチーム丸ごと哨戒に出るフリゲートに放り込まれ、あれよあれよという間にこの有様だ。海の遥か彼方、晴れ渡っているであろう海域ではもう、戦端が開かれているはずだった。

「他の連中は!?」

「もう上がってくる!」

見れば、背後のハッチからは二名の同僚の姿。銀色の六角形が鱗のように全身を覆い尽くした"蠅の王ベルゼブブ"とそして、蝙蝠に似た頭部を持つ"竜公ドラクル"が一名ずつだ。これで全員が揃った。

「遅いぞ!ミカエル!!」

「ごめん!ちょっと打ち合わせでね!!ちゃっちゃと行こうか!!」

名を呼ばれたドラクルの少女が、呂布にも負けない大声で叫ぶ。この四人に与えられた任務は敵、眷属群を真正面から受け止める本隊の支援だ。この嵐では戦いはどうしても接近戦になる。取りこぼし、突破を許す場面も増えるだろう。そういった敵を始末せねばならない。

船が大きく中。ミカエルはほとんど垂直に近づいた甲板を駆けあがり、手すりを飛び越え、そして自らの拡張身体を召喚した。

急上昇していく知性強化動物の肉体が膨れ上がっていくように見える。実際にはそれは虚空より実体化する流体の塊であり、自己組織化を経て一万トンの質量が完成。五十メートルの威容は空中でいったん勢いが止まると、水平方向へと加速を開始した。

続いてはやしもが飛び出し、同様に巨神を構築する。それを見届けた呂布は、同僚に一言。

「先、行くぜ」

「ええ」

宙に飛び出した五体を核として、黄金色の巨体が構築されていく。

たちまちのうちに光輝く斉天大聖の姿を顕した呂布は、仲間に続いて加速を開始した。


  ◇


「嫌な天気だ」

デメテルは空を見上げた。

秒速三十メートルを超えてなお、天候は凶暴化していく。巨神の中にいる限り直接的な被害を受けることはないが、それでもこんな天気の時はろくな事にならないものだ。

眼下の海原には勇ましい神々の軍艦。両翼に目をやれば様々な色と姿の勇壮なる神像群の姿がある。されどそれが張子の虎同然であることを、デメテルは知っていた。この十一年間の戦いで人類軍に幾度となく叩き潰された神々の軍勢は再建を繰り返してきた。そのたびに練度の高い兵や神格は失われ、補充兵とまともな訓練も受けていない眷属で数をごまかしてきたのだ。視界内にある兵器群も、その細部を観察すれば作りが粗雑になってきていることがわかるだろう。限界が近いのだ。神々は。

対する人類の勢いは衰えることを知らない。訓練と休養が行き届いた兵士たち。十分な補給。次々と繰り出される新型の神格。

こんな状況下で、今まで生きてこれたことは奇跡だ。デメテルは心底そう思う。このまま終戦まで生き延びることが出来れば、自分は助かるかもしれない。神々の敗北で終われば、己は支配から解放されるかもしれない。

ほんの少しだけ、そんな希望を抱く。だがそれが現実になる日は恐らく来ないだろう。神々が降伏するならば、すべての眷属は磨り潰された後だろうから。

左右に展開する十数の眷属たち。彼らのほとんどは知らない顔だ。以前は何年も肩を並べて戦ってきた者たちもいた。しかし今は違う。数か月から、下手をすると数日と経たないうちに顔ぶれは変わる。皆、死ぬからだ。思えばあの雪の日の戦い。後にキメラ級という名だと知った、あの第四世代との戦いが一つの転機だったかもしれない。ただでさえ悪化していた戦局は、あれ以降目に見える勢いで転落していったからだ。第四世代は一柱倒すだけでも眷属数十の集中運用が必要だった。歩兵が戦車に挑むようなものだ。眷属は、第四世代を撃破するのに必要な最小限の攻撃力はある。だがそれだけ。それ以外のありとあらゆる性能で、第四世代型神格に遠く及ばない。

恐らく次の世代では、そもそも根本的に撃破不可能な代物が出てくるだろう。それがどのような化け物なのかまでは、デメテルにも想像が付かなかったが。

不安になって、隣に視線を向ける。そこを飛行中の相棒。翼を持ち、甲冑と剣で武装した赤い女神像を。

「?どうしましたか」

「いや。これで君の顔も見納めかもしれないと思ってね」

「弱気ですね」

「そりゃあそうだよ。人類は今回の攻勢も退けるだろう。これだけ連戦連敗が続いていて、どうして勝利できると信じられる?いまだにこの惑星が征服されていないのは、単に制圧するにはとてつもなく巨大だからというだけの理由に過ぎない。言い換えれば、彼らは惑星を制圧しきれないからこそ神々の心を折ろうとしているともいえる。絶滅の恐怖と引き換えにしてね」

「大した問題でもないでしょう。勝てるかどうかは。神々の気が済むまで戦うのが我々の役目です。神々を勝たせる、ではありません。私たちは道具ですから。それを考えるのは神々のするべきことであって、私たちの関知する問題ではありません」

「ブリュンヒルデ。いつも思うが君はどうしてそうなんだ?すべてに無関心に見える」

「そうですね。思考停止するのは楽ですから」

「そうだった。君はそういう奴だ」

相変わらずな相棒の物言いに苛立つ。この、親友の脳を奪った機械生命体はいつもこうだ。

「考えても仕方のないことは考えないようにしています。無駄ですから」

「そうか」

「デメテル」

「なんだい?」

「死にたくない。と考えていますか?」

「……そうだな。生き延びたい。そう思っている」

「今回の戦いでは、その願いは叶うでしょう。将来については残念ながら、私も安請け合いは出来かねますが。そこに私がいる保証がありませんので」

「―――」

「集合が終わったようです。さあ。行きましょう」

見れば、確かに軍勢の集合と編成が終わったようだった。各方面より飛来した眷属群や兵器が隊列を組み終えている。間もなく、国連軍の主力と真正面から激突することとなろう。

こうして。もう幾度目か分からない、神々の軍勢による攻勢が始まった。




―――西暦二〇六四年三月末。ブリュンヒルデが討たれる直前、樹海大戦終結の三年前の出来事。 

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