終戦の予感
「おー。飛んでる、です」
【
はやしもは空に向けて手を振った。そこを横切っていく、小さな影。神格ならではの視力でようやく視認できる、数百メートルもの大きさの人工衛星に対して。
そこは樹海の中であった。硝子の葉を持つ木々が枝を揺らしている中、わずかな隙間からはやしもは天を見上げていたのである。
「どしたの?」
「友達、飛んでる、です」
「友達?あー。ありゃガルーダ?違うな。八咫烏級か。知り合い?」
木々の合間から声をかけて来たのは仲間の知性強化動物。蝙蝠に似た頭部を持つ獣人"ミカエル"は、はやしもが見上げる先を確認すると得心した。
そこを飛翔しているのは翼を広げた鳥にも似たシルエット。太陽光を不規則に反射しているように見える。はやしもの存在に気付き、小刻みに巨体を揺らしているのだろう。
「"たいほう"、です」
「ふうん。どういう意味?」
「大きな
「まんまな名前だあ」
ころころとミカエルは笑う。それが楽しそうで、はやしもも笑みを浮かべた。見慣れない人間には笑みとは認識できないだろうが。
笑っていられるだけの余裕が、今はあった。
「おかーさん、言ってたです。昔は空が怖かった。って」
「空が?」
「神々の人工衛星、ずっと飛んでた、です。おかーさんたち、何十年も隠れてた。です」
「何十年も、神々から?はやしものお母さんって……」
「門を開いた人、です」
「なるほど……」
ミカエルは頷いた。それは恐ろしかったことだろう。この惑星で三十五年に渡り活動していた人々については、かつて敵として相対したという師
そんな彼らは樹海を隠れ進んだというが、この惑星での活動が長いミカエルにはうなずける話だ。人工衛星や宇宙艦艇の多くは高度2000km以下の低軌道にある。ここから見える地上は範囲こそ狭いが、鮮明な画像を撮れるのだ。門開通以前の時代、人類の監視には大きな力を発揮したことだろう。それを避けるには光量の少ない夜間か、あるいは樹海の木々の枝葉の下を進むよりほかはない。
事実自分たちも、樹海の枝葉の下、地面に掘ったふたつの穴からなる
何しろもう、神々の人工衛星はただのひとつも残っていないのだから。
宇宙で身を守るのは困難だ。重装甲・重武装で高い軌道変更能力を備えた艦艇や気圏戦闘機、あるいは神格だけがそれに立ち向かうことができる。地上から双眼鏡で追跡できる非装甲の衛星には同じことはできない。既に
輸送路の遮断も為された。地上にいる神々は既に物資が不足し始めているという。生産設備が皆無というわけではないために即座に枯渇することはないにしても、その積極性はどんどん低下しつつあった。弾薬や兵器の不足で攻勢に出られないのだ。それでも物資をやりくりしての大攻勢にその内出てくるだろうというのが上層部の分析だったが。
だから、ミカエルたちの役目は備えることだった。敵の様子を探り、いざとなれば後方に警戒を促す。はやしもがいるのも以前の太陽活動の活発化のような通信遮断に備えたものだ。いざとなれば最速の伝令を直接飛ばすことができる。
人間の部隊よりコンパクトで、大量の物資を運ぶことができ、高速で、長期間活動でき、強力で、通信能力も高い。神格とはそういう兵器である。このような任務にはうってつけだった。
「飛んで行った、です」
そうこうしているうちに八咫烏の姿は見えなくなった。樹冠に遮られて見えなくなったのである。
「また会えるって。戦争も近いうちに終わるだろうし」
「です」
誰もがそれを信じていた。実際、もとより神々は劣勢だったのだ。制宙権も人類が奪った。三年後には最新鋭の第五世代も実戦投入される。どう考えてもこの戦争は、そう長く続かない。もはやミカエルのような最前線で戦う者たちの興味は、いかに終戦まで生き残るか。に移っていた。
きっと戦後には、素晴らしい時代が来るだろう。人類文明の絶頂期はそうして訪れるのだろう。
ふたりの知性強化動物は、仲間たちの所へ戻っていった。
―――西暦二〇六四年二月。樹海大戦終結の三年前、はやしもがブリュンヒルデを斃す前の月の出来事。
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