子供たちの願い

「神様に、大人になりたくない。ってお願いしたの。人間はずるいよ。子供の時期が二十年もあるもの」


【埼玉県 武蔵一宮氷川神社 参道】


「いずもは、神様に何をお願いした?」

相火は、手をつないだいずもに問いかけた。狐面にも似た顔のこの知性強化動物はだいぶ大きくなった。とは言えまだ一歳にも満たない。まだまだ子供だ。

「うー。大人になりたくない。ってお願いしたの」

「そっか」

周囲では神社に向かう参拝客。あるいは帰路に就く人々の姿が散見される。正月なのでこんなものだろう。太陽は最も高い位置にはまだ届かないが、それでも昼食の時間が近づいていた。

「大人になるの、嫌か」

「うん。子供の方がいいもん。おじいちゃんや叔母さんや燈火おじさんや、みんなが優しくしてくれるもの」

「大人になったって優しくしてくれるさ」

「それでも、やだ。

人間はずるいよ。子供の時期が二十年もあるもの。いずもの十倍」

「そうだなあ。人間の方が、確かに子供の時間は長いなあ」

相火は、父から聞いた話を思い出した。知性強化動物という種が誕生した年。九尾のひとりから、愚痴を聞かされたのだと。人類のために未熟なテクノロジーで生み出され、二歳を超えて生き延びられるかどうかすら分からなかった頃、知性強化動物たちが抱いたという気持ちを。

それから半世紀が経った今も、状況は変わっていないのかもしれない。相火はそう思う。人類の都合で生み出され、戦闘に投入される子供たちの状況を鑑みれば。

「ごめんな、いずも」

相火の言葉に、いずもはびくん。と震えた。

「どうしたの、おとーさん」

「うん。お父さんな。思ったんだ。いずもに色々嫌な思いをさせて、自分はなんて駄目な親なんだ。って。だから、ごめんな」

「おとーさんのせいじゃ、ないもん……」

ふたりはそれからしばらく黙りこくった。そのまわりを、一般の参拝客たちが行き交っていく。子供連れもいればカップルもいる。様々な人の姿が、ここにはあった。楽しそうに親へと話しかけている子供もいれば、深刻な表情の老人も。

いずもが立ち止まったのは、そんな人々の会話。ちょうど前から歩いてきた親子の言葉に興味を惹かれたからだった。

「お母さん。お父さん、無事に帰ってくるかな」

「だいじょうぶ。きっといつもみたいに帰ってくるわ。神様にもお願いしましょ?」

「うん」

すれ違いざまに聞こえたのはそれだけ。だが、それで十分だった。

「ねえおとーさん」

「なんだい、いずも」

「あの子のお父さん、戦争に行ったのかな」

「どうだろうなあ。戦争かもしれないし、そうじゃないけど危険な仕事をしてるのかもしれない。世界中でいろんな人が、いろんな仕事をしてる。安全なものもあれば、危険なものもある。難しいのもあれば簡単なものもある。人によってどれを選ぶかは違う。けれど、そのどれか一つだって世界には欠かしちゃ駄目なんだ」

「うん」

「だから危ない仕事だって誰かが行かないといけないし、心配する人だっているだろう。さっきの子みたいに」

「おとーさんは、いずもが危ない所で仕事したら、心配する?」

「もちろんするよ。とっても」

「おじいちゃんも、叔母さんも、叔父さんも、みんな、心配する?」

「みんなきっと心配する」

「そっか。よかった」

「よかったか」

「うん」

やがて、駐車場までたどり着いた。自動車を見つけ出すと、ふたりは乗り込む。ちなみにレンタカーである。都内暮らしの相火は自前の車を持っていない。

「じゃ、おじいちゃんの家に戻ろうか。お雑煮が待ってるぞ」

「お雑煮ー」

初詣を終えた親子は、帰路についた。




―――西暦二〇六四年元旦。人類製第五世代型神格が実戦投入される三年前の出来事。

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