偵察者

「ねえ。これを作ったはどうなったと思う?」


【神々の世界 惑星間軌道上】


細長い天体だった。

で飛翔するその物体は、岩石を主成分とする小惑星。まるで宇宙船のような形態の全長は、四百メートルもある。珍しい物体ではあるが不思議。というほどではない。小天体の挙動は様々だ。星系内を楕円軌道で巡っているものが多いが、たまにこうして星系の外から飛んでくるものもある。ちょうど公転面上を移動してくる、となるとなかなか確率は低くなるが、それとて珍しいだけだ。

だから。星系内をパトロールしていた人類の分艦隊がそれに興味を引かれたのは、単に合流ランデブーが可能だから。というだけの理由に過ぎない。遺伝子戦争中似たような天体が太陽系でも観測されているが、同様のチャンスが巡ってきたから調査しているというだけのことだった。

そのはずだったが。

「なんだこりゃあ……とんでもないぞ」

呟きが宇宙服の中で反響し、外に出る事なく消えて行った。

そこはライトで照らされた暗闇の中。わずかな視界の中には様々な金属の構造物が目に入り、全体としては通路のようにも見えている。それも上下にどこまでも伸びていくような。宇宙機の中だ。と、知識のある者は思うだろう。

実際、今この空間にいる国連軍の工兵たちが持つ感想も同様のものだった。だがこれがまともな宇宙機のはずがない。神々の世界。その恒星系外より飛来した物体が。

「おい。これは―――神々の文字じゃないのか」

「本当だ。だがかなり古いな。遺跡か?」

「星系外からか?確かに神々は恒星間に進出していたから可能性はあるが……これが半光年かあるいは数光年先で作られたものだとして、今飛んできたのが偶然なんてことがありえるのか?こんな、樹海の惑星グ=ラスを観測するのに最適な軌道で?」

「分からん。だが調べるだけの価値はある」

工兵たちは奥へと進む。それは意外と早く、行きどまりへと辿り着いた。恐らく作業のためのスペース。とは言えこの天体は居住できるようには作られていないように見える。これは内部を仕上げるために用いた空間なのだろう。

そこまでを推測した工兵たちは、詳細な調査を開始した。


  ◇


「―――全体としては金属質小惑星をくりぬいた構造です。制御系は非常に微細な真空管と、AIは推測しています」

「真空管?」

"あたご"は眉をひそめた。恒星間速度で飛翔する人工物に似つかわしくない単語を聞いたためである。

そこは宇宙戦艦のブリッジ。人類艦艇に付き物の狭苦しいスペースに人員が詰め込まれている。僚艦は宇宙戦艦1,艦艇型神格2。合計4隻からなる小艦隊だった。

その指揮官である九尾級"あたご"は、問題の小天体の調査の中間報告を受けているところだった。

「真空管。と言っても極めて微細なものです。集積度は極めて高く、十分に恒星間航行能力が可能な水準のコンピュータとして機能します。発泡構造ですね。与圧された環境下に置くことを考えていないのでしょう。純粋な宇宙空間での運用を想定しているかと」

「なるほど。続けて」

「はい。動力は原子力電池。化学推進系。核融合炉も確認できます。かなり古い機械ですね。機能はまだ生きています。外部に残っている痕跡からレーザー帆やブースターが投棄されたらしいことがわかっています。これは内部を調査中の工兵のコメントですが、非常に高度な技術を持った何者かが、可能な限り低コストかつ緊急に恒星間探査機をでっちあげればこうなる。といった印象だそうです。内部に刻印されていた文字から、四百年ほど前に建造されたものと判明しました」

「四百……超新星爆発の直後?」

「はい。付け加えるならば、今回飛来した方向は超新星爆発とちょうど反対方向です」

「つまり―――超新星爆発を察知し、星系外移民を試みた神々の一派が道中で作ったもの。というわけ?滅んだかもしれない故郷の安否を確認するために?」

「可能性はあります。探査機は現地からレーザー帆で送り出され、何らかの手段で減速し、惑星を観測できる速度に達した時点で我々に発見された。と考えれば辻褄はあいます。四百年の歳月を経て」

「そしてたどり着いたのがよりによって今年。というわけか……運命の皮肉を感じるわね。神々の命運が尽きつつある今、人類の艦隊に抑えられるだなんて」

「同感です。それでどうされますか?」

「調査の続行とそして、曳航の準備を。持ち帰るわ。この小天体にはそれだけの価値がある。人類にとっても。そして、神々にとっても」

「はっ」

報告を終え、新たな指示を実行するべくコンソールに向き直った参謀副官へ、あたごは思い出したように付け加えた。

「ねえ。これを作ったはどうなったと思う?」

「正直、分かりません。四百年前のことですから」

「そうね。とっくに滅んでいても不思議じゃないものね」

災厄時。超新星爆発の前、神々の移民船団が送り出されたことは人類の間でも知られている。だがそれがどのような規模であり、目的を達成できたかどうかは不明であった。神々自身の間でも、全滅しただろうというのが主流の説のはずだ。

だとすればこの小天体は、もはやいない主人のために活動を続けていたことになる。四百年もの歳月をかけて。

遠き時の彼方へと、あたごは思いを馳せた。

小天体の創造主たちは想像もしていなかっただろう。故郷に残った同胞たちが生き延び、こうして異世界の勢力と死闘を繰り広げていることなど。

運命の皮肉を感じながら、あたごは必要な指示を下し始めた。





―――西暦二〇六三年末。超新星爆発から四世紀、樹海大戦終結の四年前の出来事。

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