何ら特別でない光景

『第三世代を目の当たりにした段階で、我々は神格の可能性について再度検討しました。現状の第四世代型知性強化動物はまだ不完全です。あれほどの性能を持っていてさえ』


樹海の惑星グ=ラス南半球 海上】


それは、神話の光景だった。

暗雲立ち込め暴風吹き荒れる中、海上に多重の横隊を組んでいるのは四百もの神像。それぞれが一万トンの質量と五十メートルの巨体を誇る神々の眷属は、見る者の畏怖を呼び起こすであろう。

それを企図して作り出された、紛い物の神であるがゆえに。

だが所詮は偽物に過ぎない。いかに外見を取り繕ったとしても、既にその神通力は失われているのだ。西暦2016年4月22日。一人の少女が、神々に対して反旗を翻した時に。

その証拠は、神々の軍勢の正面。そこに展開した、やはり隊列を組む獣神像からなる軍勢である。

国連軍だった。

神々の軍勢にも負けぬ威容を誇る彼らの姿は様々だ。猿神。蛇。六本腕の戦士。全身が機械で出来た巨獣もいれば、豹の頭部を備えた獣人もいる。一見無秩序にも見える、しかしその実計算し尽くされた布陣を取った彼ら彼女らの外見は、そのまま属する世界の多様性を表していた。それは人類の結束の象徴なのだ。

獣神像たち、国連軍の総数はおよそ二百。敵勢の半数に過ぎない。しかしそれでなんの問題もなかった。神々の軍勢が多数の密集した隊形を取る以外の選択肢を持たなかったのに対して、獣神像たちはそれを強制した側だったからである。

人類製第四世代型神格。そう呼ばれる国連軍の超兵器を神々の軍勢が撃破する方法は数少ない。最も確実なのは多数を集中運用する事だったが、それは大きな犠牲を代償とする。

そう。これから始まる殺戮のように。

秒速百メートル近くにまでなりつつある暴風雨は、センサー性能を著しく低下させる。それによって接近を余儀なくされた両陣営は、十キロメートルあまりの距離を隔てて戦いを開始した。

整然と前進を開始した神々の軍勢。それに対抗して、国連軍の陣営から幾つもの巨体が飛び出した。それは遥か後方に待機し、一挙に加速してきた八柱の巨神である。

獣神像たちの隊列の間を抜け、音速の六十倍もの速度で突っ込んで来たそやつらは、白銀の機械昆虫。彼女らは神々の陣列に突入する直前、一挙に電磁流体制御と整流用分子運動制御をカットする。

たったそれだけで、神々の軍勢は訓練不足を露呈した。機械昆虫たち。すなわち八柱の蠅の王ベルゼブブが発生させた衝撃波は、その強烈な爆発力で神々の眷属どもを吹き飛ばしていったからである。恐るべき威力だった。

そこへ、国連軍の隊列が襲い掛かった。神々の軍勢とは異なり矢じりのような隊形を組んだ彼ら。その先陣を切るのは八万トンという規格外の巨体に四本の脚と二本の腕、そして無数の体毛からなる触手を備え、大剣リカッソで武装したキメラたちである。

圧倒的な防御力に守られた彼女らは、その攻撃能力を最大限に振るった。触手が、大剣が、レーザーが繰り出されるたびに眷属は砕け散り、そこに空いた穴へと後続の獣神たちが切り込んでいく。面白いように神々の軍勢は粉砕されていった。

更に状況を悪化させて行ったのは、幾つもの小集団をで構成していた百腕巨人ヘカトンケイルたちだった。ひとりで二十四の体を備えた彼女らは、最後の一体さえ無事ならば幾らでも損害を回復できるという特性を生かし、縦横無尽に暴れまわったのである。強靭な巨躯と優れた敏捷性から繰り出される威力、そして何よりたったから繰り出される連携攻撃は、建造されたばかりの眷属どもをたちまちのうちに破壊していった。

もはや数的優位など何の意味もなかった。神々の軍勢は、半数以下の敵によって徹底的に叩き潰され、引き裂かれ、粉砕され、立ち直れないほどに打ち負かされたのである。

神々にとって最悪なのは、今ここで起きたのがなんら特別な事例ではない。ということであろう。

今日、この惑星上のそこかしこで同様の光景が繰り広げられ、神々の軍勢多数が打ち破られた。

たった二日の戦闘で神々は眷属二万を失い、戦闘艦及び気圏戦闘機、その他の兵器多数が破壊された。神々も多くが犠牲となり、人類が得た捕虜はすさまじい数に上った。捕虜取り扱いの事務処理と管理、移送は国連軍の資源リソースを圧迫し、神々が投入した戦力そのものよりもひょっとすれば多くの負担を人類に与えたかもしれなかった。

国連軍の被害は、ごくわずかなものにとどまった。




―――西暦二〇六四年三月末。数限りなく行われた大攻勢のひとつが失敗した日。樹海大戦終結の三年前の出来事。

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