美女と野獣

「むー」


【東京都新宿区 官舎 都築相火宅】


"いずも"はうなり声を出した。

夕食が終わった後のことである。官舎の一室、相火の自宅で、テレビをにらみつけている最中だった。体ごと抱き着いているのは囚人服を着た大きなウサギのぬいぐるみである。何やら目がぐるぐるしていて狂気を感じないでもない。

トイレから戻ってきた相火は、そんないずもの様子に首を傾げた。

「どうしたんだい?いずも」

「何でこれ、喜んでるの」

テレビでやっていたのはもう過去何度映画化されたか分からない古典的名作だ。題名を"美女と野獣"。1740年にフランスで書かれた異類婚姻譚である。呪いによって野獣へと姿を変えられた青年が真実の愛によって元の姿を取り戻すというストーリーだった。

いずもが疑問に思っているのもそこだろう。ちょうど映画はクライマックス。野獣が青年へと姿を戻すところだった。

「そうだな。元の姿に戻れたからじゃないかな」

「人間の姿じゃないと、いや?」

「うーん。この人はもともと人間の姿で生まれ育ったからな。おんなじ姿でいたいっていうのはおかしなことかい」

「よくわかんない。いずも、どんな姿になっても気にしないよ」

「そうかい?」

「うん。"G"のお兄ちゃんたちは強そう。"九尾"のおばあちゃんたちはもふもふだし、"蠅の王"みたいに体中蟲にもなってみたい」

「なるほどなあ。でも、慣れない姿だとちょっと困るかもしれないよ?」

「こまる?」

「例えば四本足で歩くひともいるけど、いずもはできるかい?」

「できないや」

「僕だっていずもみたいな格好になったら困るな。尻尾がついてないし、耳も自由に動かしたことがないから」

「いずもがおしえてあげる!!」

「はは。いずもは優しいなあ」

よっこいしょ。と相火はいずもの横に座ると、その頭を優しく撫でた。

「でも、このひとはちがうみたい」

いずもは、画面の中で喜んでいるヒロインを指さして言った。野獣が人間の姿に戻って最も喜んでいるように見えるのは彼女である。

「それは野獣が死なずに助かったからじゃないのかな。元の姿に戻ったからじゃなくて」

「どうだろう。むずかしいや。でもひょっとしたら、元の姿に戻ったから喜んでるのかも?」

「気になる?」

「うん。だっておかしいよ。世界にはいろんな姿のひとがいるのに、人間の姿でなくたっていいじゃない」

「それはそうだなあ」

いずもの横顔を、相火は眺めた。狐面を思わせる薄い毛に覆われた顔。腰から伸びた尻尾。人間と似ているところもあるが、似ていない部分も同じくらいある生き物を。

「まあ、この話が書かれたころは人の姿っていうのは一種類しかなかったんだ」

「そうなの?」

「そうなんだよ。何十年も前に神々がやってくるまではね。人の姿がたくさん増えるようになったのはそのあとだ。だから、昔はたった一種類の姿から外れてることが恐れられたんだ。だって他の姿があっていいだなんて、みんな知らなかったから」

「ふうん」

「つまりあれだ。時代遅れなんだな」

「時代遅れ!時代遅れ!!」

いずもはきゃっきゃと笑う。気に入ったらしい。

「そう。時代遅れだ。でも勉強になるだろう?昔の人はこう考えてたんだって」

「うん!」

そうこうしているうちに、映画はエンディングに突入。やがて、終わった。

「さ。そろそろ布団を敷こう。寝る時間だよ」

「敷く!いずも、布団敷くよ!!」

「元気でよろしい。じゃ、テレビを消して」

「はーい」

テレビが消され、布団が敷かれ、ふたりは横になった。寝入りは速やかだった。




―――西暦二〇六三年。知性強化動物が誕生してから四十三年

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