街中にいるおばけ

「おばけ!おばけ!!こわい!」


【東京都新宿区 公園】


"いずも"は、周囲をきょろきょろと見回した。お化けがいるという声に反応した結果であるが、それらしきものは見当たらない。代わりに見えるのは公園の遊具。広場を行き交う人々。周囲に林立する大きなビル。都市の喧騒。数メートル先には他の知性強化動物や大人たちの姿もある。更に周囲を見回して。

「ひっ!」

何やら、幼い子供が尻もちをついている。こっちの方を見ながら。なのでいずもは背後を確認して、何もいないことを確認してから子供へと向き直ると問いかけた。

「ねえ。お化けって、どこ?」

びくっ。と震える子供。小学校に行くか行かないかくらいだろうか。ごく普通の服装をした男の子である。

いずもと同じように。

何気ない知性強化動物の行動は、致命的なまでの効果を発揮した。子供の表情が歪むと、たちまちのうちに泣き出したのである。それも号泣であった。

わけのわからないことを喚きながら泣き始めた子供に、半ばパニックになりつつも。いずもは前へと進み出た。

いや。そうしようとして、子供が持っていた品物が飛んできたのを、まともに顔面に喰らった。

ぺたん。と地面に座り込むいずも。こんな激しい拒絶を受けたのも初めてならば、ものを投げつけられるという直接的な暴力も初めてだった。幸いそれはプラスティックの塊。おまけなどでよくある玩具の類であったから、大したダメージではなかったものの。

騒ぎを聞きつけた大人たちがたちまち駆け付けた。ひっくり返ったいずもを抱き上げると、泣いている子供と引き離していく。

あれよあれよという間に、男の子の姿は見えなくなった。


  ◇


「帰還者、ですか」

休憩スペースで腰かけながら、相火は報告を聞いていた。相手は知性強化動物の警護スタッフである。

「ええ。件の子供はすぐに保護者に引き渡しました。申し訳なさそうにしていましたよ。上品な感じの老婦人でしてね。聞いた話では、あの子は向こう側から救出された帰還者だそうです。血縁者だと判明して引き取ったばかりだとか。まあそれだけならばなんら問題はなかったんですがね。初めて間近で見る知性強化動物と鉢合わせしたんですな」

「それでお化け、か……」

「ええ。知性強化動物を見てパニックを起こしたんでしょう。事件性はないので聴取が終わった段階ですぐにお帰りいただきました」

「僕たちは慣れてるから気にしてませんでしたが、やっぱり異物なんですね。知性強化動物がいない世界で育った人にとっては」

「我々も油断していた部分があります。向こうの世界では同じような報告が多数ありますが、相対するのは大人の知性強化動物です。分別が付き、文明から隔絶された人間から怪物呼ばわりされる可能性についての覚悟が出来ている」

スタッフの言葉に、相火はため息をついた。いずもだけの問題ではない。一緒にいた知性強化動物たち皆が大なり小なり心に傷を負ったはずだ。人間から怪物扱いされ、拒絶されたのだから。

「とりあえず今日はどうするか聞いてますか?」

「知性強化動物は、ひとまず家に連れ帰って今晩は過ごして欲しい、だそうで。詳しいことは直接聞いてきてもらったほうがいいでしょう」

「分かりました」

相火は相手に頷くと、その場を後にした。いずもを家に連れ帰らなければならなかったから。




―――西暦二〇六三年。知性強化動物が人類の一員とされてから四十二年目の出来事。人類製第五世代型神格が実戦投入される四年前の出来事。

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