同航戦

「……何とか生き延びはした、か」


樹海の惑星グ=ラス 軌道上】


ロド=ハウは損害を再確認した。十二隻中六隻の喪失。自身の座乗する旗艦は無事だが、船体下面に保持していた艦全体にも匹敵するサイズの氷の塊のかなりを失っている。元々が予備の推進剤兼冷却材であるが、先の攻撃では船首をやや上向きにして盾とした恰好だ。まあ長距離航行するわけではない。惑星軌道上に戻り、敵艦隊を撃滅できれば良い。

そう。戻る。もうこちらにミサイルはない。一撃離脱するほどの余剰推進剤もない。軌道上にとどまり、敵艦隊と真正面から殴り合うのみ。元々巡航艦が得手とする戦い方だった。先ほどは不覚を取ったが、近距離での砲撃戦ではこちらに分がある。減速時に十分な冷却ができるだろう。推進剤に熱を移してから噴射すればよいだけだ。次に過熱が限界に達すれば、今度は放射冷却に頼るほかはない。放熱板を最大限に展開しても冷却に百時間以上を要するだろうが、その頃には決着がついているはずだった。

幕僚や戦術AIと言葉を交わし、自らの意向を具体化する。命令を下す。撃破された艦の救助を残す。無事だった艦載機と神格を確認する。軌道交差戦では出番のなかったこれらも軌道上では貴重な戦力となる。

「準備完了しました」

「よろしい。反転するぞ。減速を終了し次第、衛星軌道上に降下。戦闘に加わる」


  ◇


軌道上は、まるで昔のSF映画のような激戦だった。

ほぼ同等の速度で並走している艦艇同士がビームを撃ちあっているかと思えば、あちらでは気圏戦闘機がドッグファイトを行っているし、またこちらを見れば小爆発を繰り返した駆逐艦がゆっくりと軌道速度を失い、落下していく様子が見て取れる。

そこに減速しながら戻ってきた"たいほう"らの分艦隊は、急速に軌道へ乗ろうとしていた。

『前方を注視せよ。あの駆逐艦隊のケツに喰らいつくぞ。遅れるな』

旗艦よりの通達に、分艦隊は目標を定めた。"たいほう"も気を引き締める。軌道上での戦い方は近宇宙戦に分類される。先の軌道交差戦とは大違いだ。特に彼我の速度差がほとんどない―――同航戦の場合は。

惑星間速度でのすれ違いでも命中の期待できる宇宙兵器にとって、軌道上の対象など止まっているようなものだ。

ターゲットとなった神々の駆逐艦。逃げ回る国連軍の艦を追いかけていた七隻の敵艦は、こちらに気付いたかその動きを変えた。回避機動を取り始めたのである。更には最後尾の二隻が反転しようとしている。駆逐艦の装甲は前面が分厚い。

もちろん、何百メートルもある巨体が軽快に動けるはずもない。だから彼らは、背後に円筒形の物体を複数投射した。それはすぐに破裂し、内部に封入されていた物質をまき散らす。たちまちのうちに広がったのは、煙幕。それも高エネルギーを吸収して蒸発あるいは反射・散乱させるエネルギー攪乱幕であった。レーザーやビーム兵器に対する防御壁を作り出したのだ。これらの兵器の欠点は慣性と重力のままに流されていくということだったが、足を止めての殴り合いを覚悟した衛星軌道上の戦闘では有用だ。

更に。

攪乱幕の向こうより飛び出してきたのは幾つもの神像。小回りの利く眷属に死角を補わせる算段であろう。

そこまでを判断した分艦隊側は、だから容赦しなかった。幾つもの組に分かれた"八咫烏"や"ガルーダ"らは、一斉に攻撃を開始したのである。

八咫烏がプラズマ火球を投射し、旗艦はレーザーとコイルガンを、ガルーダは亜光速の荷電粒子ビームを放つ。凄まじい破壊力は近づこうとした眷属を破壊し、攪乱幕をたちまちのうちにスカスカにしていった。

もちろん、神々の軍勢も黙ってやられてはいなかった。殿しんがりの二隻は攪乱幕ごしにコイルガンと小型の対宙・対神格ミサイルを放ったのである。更には残る五隻も同様に、ありったけの武装での反撃を開始する。

既に大型の対艦ミサイルを使い切っていた両陣営の戦いは血みどろの。と言っていい様相を見せた。

八咫烏の巨体にミサイルが炸裂し、コイルガンの電磁気力によって射出された砲弾はガルーダの緑の外殻に深い傷跡を残した。プラズマ火球を受けた駆逐艦が被弾したブロックを投棄し、荷電粒子ビームが貫通した艦体は弾薬が誘爆しつつも立て直そうとしている。虚空に響き渡るのは断末魔の電磁波であり、閃光がきらめくたびにその中で生命が失われていく。一撃が致命傷にならないが故の凄惨な戦いであった。

それでも、最後に戦いを制したのは人類だった。数で勝っていたからであり、背後から攻め立てたからでもあり、そして。極めて強靭な防御力を与えられた八咫烏を前衛に押し立てていたからである。

損害は、先の戦いよりは軽微だった。旗艦のダメージが無視できない水準であることを除けば。

『―――本艦はこれ以上の戦闘続行が不可能となった。遺憾ながら、これより艦を放棄する。"たいほう"は脱出する乗員を保護し、安全な領域まで退避せよ。

指揮は準旗艦が引き継げ。後は任せる』

それが、分艦隊旗艦の最後の命令となった。損傷の深刻な"たいほう"よりもさらに重大なダメージを受けた旗艦は各所に破孔がのぞき、エンジンは失われ、船体が高熱を帯びている有様なのだ。もはや通信機能が生きていることが奇跡と言ってよかった。

間を置いて、残っていた脱出ポッドが幾つも射出される。それを分子運動制御で優しく受け止めた"たいほう"は、命令通りに安全な大気圏突入ルートを確認した。門か、あるいは人類の支配している領域まで降下せねばならなかったから。

次なる敵を求めて軌道を巡っていく味方艦隊と別れ、"たいほう"は減速。大気圏突入を開始する。

こうして、たいほうにとっての艦隊決戦は終わった。




―――西暦二〇六二年。宇宙での艦隊決戦の最中の出来事。

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